第205話 暁に微笑みを
“救世の光神”は変異した“簒奪者”に向かって再接続された“銀色の左腕”を五尖槍に変形させ右手に掴み構える。
“救世の光神”の周囲の浮遊する五基の自律機動攻撃兵器量子刃形成騎剣は槍を構える右腕の周囲に等速運動で円陣を形成し、その金属の指先から五尖槍の解き放たれる瞬間を待っていた。
「量子誘因開始、量子空間転移座標連続登録、転移対象を“貫キ徹スモノ”に設定。――往け」
まるで空中に足場があるかのように、隻腕のSFは自らの左腕が変形した長槍を安定したフォームで投げ放つ。指先から槍が離れた瞬間、自律機動攻撃兵器量子刃形成騎剣は五芒星形に円陣を組み、その中心点を五尖槍が通り過ぎた瞬間、超加速した“貫キ徹スモノ”が“簒奪者”の存在する空間を抉り裂いた。膨れ上がったエネルギーは空間の許容可能な限界を超え、“貫キ徹スモノ”の纏う力場の余波が空間を歪ませ、上空から降下を開始していた“簒奪者”へと襲い掛かる。
“簒奪者”は着弾の寸前に更に背部に残った巨腕を振り回し、飛竜の頭部と化していたSFの機体をその陰に落とし込み、SF本体とほぼ同じ質量の、巨腕の指を形成する量子機械を分解、“救世の光神”の放った“貫キ徹スモノ”を欺瞞し得る“簒奪者”本体そのものと見分けのつかない分体を生み出すと本体を巨腕から分離、生み出したばかりの分体を巨腕に融合させ巨大なデコイとし、金黒の騎士騎は蹴り付けた勢いで弾けるように跳び退った。飛竜の胴体を成していた巨腕が内包していた量子機械粒子の大部分は金黒の騎士騎の機体の内に限界まで圧縮充填し、装甲各部の分割線から赤黒い粒子光が抑えきれず漏れ出している。
“救世の光神”の放った“貫キ徹スモノ”は虚数力場を纏い、残された巨大な“簒奪者”のデコイを削り砕きながら圧壊させ、また遥か宇宙の彼方へと一直線に突き進み消えていった。
窮地を脱した“簒奪者”は、左腕の装甲を分割線から解放、機体内に危険濃度まで圧縮充填された量子機械粒子を一気に噴出させ、物体化しないまでも粒子光の刃と化して、槍を投げ放った“救世の光神”目掛け振り下ろそうとする。
直後、“簒奪者”本体周囲の空間に幾つもの円形の歪みが発生、そこから突き抜けていく“貫キ徹スモノ”に機体を幾重にも貫かれ、遂には振り下ろそうとした光刃を含め、金黒の騎士騎は量子一単位すら残さず、完全に世界から消滅させられていた。
役目を終えた銀色の五尖槍は五基の量子刃形成騎剣の作る円陣の中央から再度、転移出現、“銀色の左腕”に変形し“救世の光神”の左肩へと再接続される。
「“救世の光神”通常モードに移行、“銀色の左腕”解除」
少年の声が銀色のSFのコクピットに静かに響き、再接続されたばかりの“銀色の左腕”が外れ、隻腕となった“救世の光神”の背後で銀色の金属帯によって編まれた球体を成し、未だに形成されたままであった転移空間へ沈み込んでいった。五基の量子刃形成騎剣は掌盾状の自律機動攻撃兵器へと変形し、隻腕のSFの各部に舞い戻っていく。機体の変貌が終わり、自らの身に起きた色彩の変化すら痕跡も無く元に戻った少年は、暁光の中、ゆっくりと地面に向かって降下を始めた機体の中で一人呟いた。
「……僕は、こんな空虚な想いを感じる為に……」
地上にこちらへと近寄って来る車両の明かりが見える。地上から離れたこの場所から観測できる以上、それはとても大きな車両であることは間違い無く、その後部懸架整備台の上に立ち、手を振っているSFは少年のよく見知った狩猟団の機体、エリステラ・ミランダ=ガードナーの専用機、“妖精の姫君”に見えた。
「いや、そうでもないか。ね、“簡易神王機構”?」
『その通りです、ご主人様。降下地点障害物クリア、進路このまま、量子誘因開始、ヒッグス場偏向、降下速度減速を開始します』
隻腕のSFは近付いてくる車両とその後部懸架整備台の上に在るSFへ残る右手を大きく振り返す。
昇り始めた朝日に照らされる銀色の機体の中、少年の口角は自然と緩み、あどけない笑顔となっていた。
†
その惑星の静止衛星軌道に幾つも浮かぶ岩塊に擬装された播種航宙艦の内の一隻、01とも黄金とも呼ばれた存在の研究室の存在する艦の中、中枢制御システムの置かれた区画の更に奥、立てたまま据えられた人型の何かを納めた円筒形のガラスに似た透明な調整槽の中で大きな気泡が一つ、ゆっくりと浮き上がった。
調整槽の周囲に配された機械群に光が灯り、調整槽内部に満たされた液体、医療用分子機械が強制排出される。
圧搾空気が抜ける音が響き、ガラスに似た透明な調整槽の前面半分が跳ね上がり、内部から、人の手が調整槽の縁に掛けられた。
「複製予備体の私が覚醒、か。つまり旧型の俺は滅ばされたのだな。08、あれがなかなか良い仕上がりなのか、それとも旧型の私が不甲斐無いのか、現状では判断が付きかねるが。まあいい、俺は私の目的のため、動くのみ。とはいえ記憶の同期が何よりか」
起き上がった痩身の人影は男性の様にも女性のようにも見えず、さりとて、その両性の特徴を備えているようにも見えなかった。唯一つ言えるとしたならば、その人物は目覚める時とほぼ時を同じくして滅ぼされた存在にその姿はよく似ているように見えた。
一糸纏わぬ人影は薄暗い室内を、勝手知ったる風情で出入り口に向かい歩き出す。その背後で、跳ね上がっていた調整槽の前面が独りでに閉じ、気泡を挙げながら、医療用分子機械の液体が充填され、歩き出した人影と同じ背格好、同じ容姿の複製予備体が高速で製造され始めていた。
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