第200話 金黒の騎士、その真なる名
“帝城”から目と鼻の先で巻き起こった粒子光の爆発、それにより発生した爆風は金属の外殻といえる街壁に当たり、“帝城”という都市そのものを大きく揺るがせた。
都市北側の門前には、“円卓”雪白に促される形で一時的に後退した、隻腕のSFに翻弄されながらも全滅を免れた帝室近衛所属SFの軍勢が展開している。しかし、僅かな間に全ての機体が速やかな後退が出来る筈も無く、不安定な体勢で浴びせかけられた爆風に抗えたSFの数はあまり多くは無かった。
より強大な攻撃である天空の巨刃は、黒と銀に色分けられた隻腕の機体、“魔眼王”が右腕に生成した粒子刃での斬撃で斬り払われ、千々に砕かれ墜ちてくるも、最早その威力はまともに振り下ろされた際の片鱗すらも残っていないものとなっている。だが、銀が天を払う序でとばかりに戯れに地上へと返した“救世の光神”の粒子砲撃は威力を減ずることなく返されており、それ故に、地上への着弾時の威力は保たれたままであり、“救世の光神”が機体に残る総てを振り絞った一撃は多大なる破壊をもたらす結果となった。
銀の爆発を突き破り、ネミディア連邦のある北の方角へと高速で飛び去っていく一塊の機影がある。かつて07《ゼロセヴン》と名乗っていた少女、ジェーン=ドゥが自らの為に作り上げた古代兵器の改造機、“聖母の盾舟”と、その両腕に抱えられている隻腕のSF“救世の光神”だ。
「ジョン、生きてますの? 声が出せるなら返事をなさいませ」
『…………ジェ……ンさん、か。はぁ、――助かった。……ありがとう……い…す』
ジェーンは機体同士の接触回線を通じて“救世の光神”の操縦席内に存在する少年へと語り掛けているが、ジョンからの返答は芳しいものではなく、億劫そうなその口振りからは強く疲弊した様子が伺える。
「御礼など良いですわ。少しばかりGが掛かりますが我慢できまして? このままエリステラ達との合流を、と考えていましたが、あの娘達は今頃、“境界都市”に入場しただろうと思います。ジョン、貴方、今“境界都市”へ赴くのは拙いのでしょう? “境界都市”の北、出来たばかりの衛星都市の跡へ向かいます」
『……えっ!? …………あそこへ……』
映像の中、そう漏らして片手で顔を覆うジョンの姿に、ジェーンは確信をもって静かに言葉を紡いだ。
「あの場所で、貴方に何かがあったのだろうとは、私も察しています。私だけではなく、勿論、エリステラも。ですが、だからこそ、貴方にこんな風にネミディア出国までさせる出来事のあったその場所で、貴方の口から何があったのか、事のあらましを聞かせて欲しいのです。それに、あの場所でしたら“境界都市”方面から引き返してくる狩猟団の一行との合流もしやすいですし」
『…………分かったよ。僕の中でも、まだ整理がついているわけじゃないけど、それでも良いのなら……』
自分の中の葛藤を振り払うように頭を振った少年が顔を上げてそう答えると、年嵩の少女は自然な笑みを浮かべ、ジョンへと頷いて返した。
「そう、分かりました。ではその話はまたあとで、私たちはこれから一旦、大樹林の内側に降下します。このまま真直ぐと行きたいところではありますが、私のこの機体は、以前の機体とは違ってフォモールへの飛翔時隠蔽機能の効果はあまり高くありませんので」
ジェーンはジョンからの同意を得る事無く、大樹林の木々の内側へ飛び込む急角度で“聖母の盾舟”と、その両腕に抱えられている“救世の光神”の飛行高度を下げ始めた。
『――自律機動攻撃兵器!! “銀腕光輝”積層展開!!』
そして、大樹林の巨木にぶつかる事無く、その隙間に突入しようとしたその時、“救世の光神”を操る少年は叫びを上げ、二機の背後、それも高高度から放たれた赤黒い粒子光が二機の目隠しとなる筈だった巨木を、その周囲の木々ごと消し飛ばす。ジョンのとっさの命令に瞬時に起動した五基の自律機動攻撃兵器はそれぞれが一層の粒子防御膜を展開、“救世の光神”自体の発生させたものを含め、六重に展開された粒子防御膜が赤黒い粒子光の威力を遮り、二機の機体を守り切った。それと引き換えに僅かながら復活し始めていた“救世の光神”の出力が急速に低下、五基の自律機動攻撃兵器は粒子光をやり過ごしたのを確認すらせず、粒子充填の為に機体各部の接続部へと舞い戻っている。
「ああ、そうですね。ジョン、貴方の戦闘は、まだ終わってはいなかったのですね。満身創痍でしょうに、ありがとうございます」
『だって、……ジェーンさんも、今は仲間だから。でも、ごめん“救世者《セイヴァ―》”はまだ戦闘は無理みたいだ』
二機の機体を覆う粒子防御膜は既に“救世の光神”のみが展開する一層のみ、少年は隻腕のSFの右腕を持ち上げると簡単に動作確認を行った。
「兎に角、一度、降下します。“聖母の盾舟”は飛行形態へ変形することも出来ますが、貴方の機体を抱えたままではそれも適いません。“救世の光神”が僅かでも動作できるまで回復されれば飛行形態となった“聖母の盾舟”で、上から来る敵機を振り切り、この場から退避することも出来るでしょう」
ジェーンの言葉に少年は頷きを返し、機体の頭部を巡らせて砲撃の放たれた方向、空の高見へと視線を向ける。そこには大型飛翔種の背から身を乗り出し、大剣の変形した砲を構える金黒の騎士騎の姿があった。
『何処へ行こうというのだ、08。ふむ、なんと、そちらの機体に搭乗しているのは07か、貴様に関しては廃棄した筈だが、何故まだ生き恥を晒しているのだ?』
傲慢さの滲む声音が、二機の機体に向かって天から降り掛かる。ジェーンは少年と同様に機体のセンサーを上方へ向け、その声の主を視認した。
「ああ、その機体、多少の差異は在ろうと私が見間違えるはずも無い、それは、その機体銘は“簒奪者”それを扱うことが出来る存在は唯一人、01貴方のみです!!」
ジェーンは“聖母の盾舟”が抱える“救世の光神”の存在を忘れてしまったかのように空中で腕の中から解放、“聖母の盾舟”の分子機械反応炉を急速全開させ、胸部装甲のスリットの前に機械腕を翳し、放出させた分子機械粒子を物質化、粒子結晶の薙刀を形成し機体各部の推進器を全開に下から上へと斬り上げる。
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