第199話 逆しまに降る銀の煌きの中で
天に向かって砲撃を行った“救世の光神”の操縦席内で、少年ジョン=ドゥは機体へと逆流して降り掛かり、装甲を透過し通り抜けていく銀色の量子機械粒子の奔流に打たれた。
元々“救世の光神”の放った量子機械粒子だ、機体に満ちた量子機械粒子に攻撃性を緩和され、少年の身体を通り抜けていくがその身に痛みは無く、熱感すら感じない、ただ何が起こったのかという困惑と混乱とで、空に右腕を向けたままの恰好で固まる機体を、操作する事さえ忘れ、一瞬呆然としてしまう。
『ご主人様、地表面に熱崩壊現象発生、この場からの退避を提案します』
足元で膨れ上がった破壊力に簡易神王機構が警告を発するが、少年の操作は遅きに失していた。
機体そのもの、そして内部の操縦者に対する影響は無いとしても、機体の周囲に降り注いだ粒子光の奔流はその光熱を破壊力を減衰されたわけではなく、僅かな間、止まる事無く続いた粒子光の照射は、“救世の光神”の立つ周囲の地面そのものを熔解し、土砂を沸騰させ赤熱するマグマを造り出す、ついには熔解面に膨らんだ気泡が破裂、弾けた欠片は空中で針状に凝固し弾丸となって地上から隻腕の機体へと襲い掛かった。
「なんだ……、あれは……。ああ、あ、ああああああああ!」
《最優先殲滅目標を確認、量子誘因反応炉超過駆動》
今もって正体不明な機械音声が、少年の耳に響く。指示を受けた機体は反応炉を臨界を超えて稼働させようとするが、既に“救世の光神”の機体はそれが可能な状態になく、指示は無効となり、失効した。
視界にとらえた姿に量子機械により植え込まれた記録を刺激され、ジョンは自身すら訳も分からず目を見開き声を上げる。少年のの意識とは裏腹に、機体制御システムから警告を受けたその身体は無意識のままに機体を操作、その場から機体を離脱させようとした。しかし、機体直下という至近距離での炸裂から完全に逃れる事は出来ず、足元に転がっていた雪白の騎士騎の残骸をも巻き込んで赤熱化した針状の弾丸に撃たれ、撃ち抜かれた雪白の騎士騎の反応炉が内部に貯留した分子機械粒子を急激に放出、外気に触れて残骸そのものを崩壊させ始め、隻腕のSFは足元で起こった地面の爆発に翻弄され、その体勢を大きく崩す。
隻腕のSFの頭上に形成されていた銀環は五基の自律機動攻撃兵器に分離し、掌盾形態で機体の周囲に舞い戻り、機体各部の装甲として接続、自律機動攻撃兵器は自身の持つ飛行能力を用いて体勢を崩した機体の姿勢制御を補助しようとした。“救世の光神”が自律機動攻撃兵器の力を借り、体勢を立て直そうとした矢先、足元で動きを止めていた腹部に大穴の空いた雪白の騎士騎の残骸が内部での反応炉からの粒子放出に耐え切れなくなり幾つもの欠片を撒き散らし爆発を起こした。
地面と反応炉、元々内包するエネルギーの総量に差があるためか、SFの残骸は下手な爆発物よりも強大な破壊力を発揮する。先の爆発に続いた二度目の爆発は例え、量子機械により構成素材そのものから強化されている“救世の光神”の装甲といえど、粒子防御膜の展開できない現状では耐えられるものではなかった。
絶望的な状況にジョンは声を漏らす間もなく、ただ息を呑む。それ故に、次いで自身の身体に、機体へと掛かった横へ流れていく慣性の感覚に、危地を救われた実感を抱くよりも先にその胸中に巻き起こったのはさらなる困惑だった。
†
四翼を拡げ空を行く飛行形態となった“聖母の盾舟”の中で、急くばかりの気持ちを抑え込み、ジェーン=ドゥは操縦桿を握り締めた。
“聖母の盾舟”、それは07改めジェーン=ドゥ専用の可変人型機動兵器だ。原型となった素体がSFとは技術体系そのものから異なる為、古代遺跡由来の分子機械反応炉を内蔵した人型機体骨格を調整し装甲を施した機体である。基礎となる人型機体骨格には元々、分子機械反応炉から生成した分子機械粒子を物質化し、機体骨格に装甲や武装を形成して纏う機能を持っていたが、機体破損時等の緊急の場合以外は武装形成にのみ使用するよう現在は制限が掛けられている。
目的地、“帝城”を視認し、ジェーンは空中で“聖母の盾舟”に人型へと変形させる。
人型となった“聖母の盾舟”の形状は、上半身は機体骨格に軽装甲を施し、頭部は二つ目にマスクを着けた容貌を持ち、後頭部から後方に向かって直線的な烏帽子状の構造体が長く伸びていた。
胸部は中央部が突出し、それを挟み込むように吸気口状のスリットが刻まれた装甲が装着されているが、腹部に関しては申し訳程度に装甲化されている程度でしかない。腕部はほぼ機体骨格がそのまま露出、掌には五指を持ち、前腕部外側に方形の小型装甲が取り付けられている。両肩部には側面が縦に長い六角形の板状装甲となっており、それを前後から頂点を腕部の付け根へと向けた三角形の装甲が挟み込んでいた。上半身の装甲は比較的簡素なものとなっているが、下半身はそれに反し、見る者に堅固な印象を与える重装甲に覆われている。
腰部ではその左右から一対の推進器を内蔵した|可動式姿勢制御翼状装甲が斜め後方に向かって伸び、腰部後方では、背部バックパックから斜め下方に伸び、先端に大型推進器を持つテールバインダーの中央に接続された二枚の可動式安定翼が腰部左右の姿勢制御翼状装甲に干渉しない角度で斜め上方に伸びていた。
“聖母の盾舟”の足先は、ハイヒールを履いたように常につま先立ちとなっており、そのヒール部となっているのは遺跡に残されていた遺失技術により設計された高出力推進器だ。脚部装甲は側面が下腿部に向かって膨らんだ曲面と直線を組み合わせた形状をしており、膝部を覆うように曲面の装甲が装着されている。
ジェーンの見る前で銀色の粒子が空を大きく覆うと、空から流星雨が降り注ぎ、それを銀の天蓋が防ぎ切ったかと思うと、空の上に高出力反応が出現、それを撃ち抜こうとしたのか天と地を繋ぐ銀色の柱が空へ伸びた。しかし、何が起こったのか空へと上がる銀色の粒子が途絶え、天空に出現した高出力反応が搔き消え、天に向かって放たれた筈の銀色の粒子光が、来た道を逆さに辿り放たれた元へと戻されていく。その起点に“救世の光神”の姿を見たジェーンは“聖母の盾舟”を最大戦速で急降下させ、周囲に巻き起こる爆発の中で機体同士が衝突することを厭わずに隻腕のSFを抱え、その場から退避した。




