第198話 隻腕の機影
“救世の光神”の操縦席内に高熱源感知の警報が鳴り響ている。少年ジョン=ドゥはその次の瞬間、身体に衝撃を受けるまで、天上から放たれる一撃こそが鳴り響く警報の原因であると、他の攻撃を受ける事になるなど疑うことすら無かった。
天に向かって真っすぐに掲げた“救世の光神”の右腕の先が打ち上げられた衝撃に大きく横に流れる。ジョンがその攻撃を認知したその時、既に地上では半身のみとなったSFの残骸が自身に残された最後の力を振り絞った攻性防盾による一撃を放った直後だった為だ。
雪白の騎士騎の残骸は、攻性防盾を突き出したまま動きを止めている。それが放った攻撃も、量子機械により材質から改変された“救世の光神”の装甲を打ち破る事までは出来なかったが、それにより体勢を崩されたというその事実は、敵国の首都“帝城”までを護ろうとしていた少年の行いを無為とするには十分過ぎたものだった。
ジョンは機体の体勢を整えようとするも、既に粒子防御膜を維持するためのラインが途絶え、天から赤黒い量子機械粒子を纏った長大な斬撃が銀色の天幕の上へと振り下ろされる。“救世の光神”からの粒子供給が途絶えても、その寸前までの過度といえるほどの粒子供給により強度を増していた粒子防御膜は極短い時間だが、天上からの斬撃に耐え地上の者達に僅かながら時間を与えた。
「……またなのか!? 僕は、また……!! ――いや、まだだ!! 来い、量子刃形成騎剣!!」
天空に展開した粒子防御膜が破られる寸前に、ジョンは空に散らばった量子刃形成騎剣達を量子空間転移により手元へと出現させる。機体腹部の量子誘因反応炉は既に限界を迎えており、操縦席内に危険警報が響き始めていた。
「ふり絞れ、救世者!! 簡易神王機構、収束決戦砲撃機構展開!」
『了解しました。しかし、ご主人様、現在の機体状態では疑似銀腕の生成は不可能、収束決戦砲撃機構の砲撃出力は最大値の1%未満と予測されますが』
「構わない、あの都市への直撃だけはさせなければいい」
少年は機体制御システムに静かにそう返し、迅速に五基の量子刃形成騎剣を銀環形態に変形させ、機体腰背部から長距離狙撃銃を握り取る。視線を空に向ければ、天幕は斬撃に斬り裂かれ、赤黒い粒子光の刃はその斬撃線上に金黒の騎士騎にとっての自国の首都である“帝城”を捉えていた。
「間に合え!! 収束決戦砲撃機構発射!!」
直上に迫る赤黒い粒子光の刃を前に、銀色の金属環が回転を開始、超高速粒子砲の砲撃が絶え間なく撃ち出される。砲撃の収束が始まり、量子誘因反応炉と直結した長距離狙撃銃から放たれた高出力粒子ビームが空に向かって解き放たれた。
†
“帝城”の大深度地下、都市の核でもある大型反応炉の外殻に、反応炉の表面から伸びた金属鎖により括り付けられ、拘束されていた隻腕の機体の拘束が次第に緩んでいく。その機体の全身を隈なく覆っていた鎖が外れていき、その鎖に吊るされたまま、大型反応炉を納めた大空間の床、銀の立つ目の前へと隻腕の機体“魔眼王”が降ろされた。
地に足を着けた事で、反応炉の放つ淡い光に照らされ、薄暗い空間の中にその機体の全貌が浮かび上がる。
その機体は、“救世の光神”の様に左腕を喪失しており、同様にして金属帯により幾重にも編み込まれた装甲を持っていた。一目で分かる“救世の光神”との相違点として、装甲を編み込む金属帯が救世者のような銀色のみのものでなく、それに加え黒に染まった金属帯が併せて用いられている点、胸部装甲の中央に瞼を閉じた一つ目の意匠がある点などが揚げられる。
“魔眼王”を拘束していた金属鎖は隻腕の機体から離れると大型反応炉へと引き込まれていき、隻腕の機体は右目を覆い隠す前髪を掻き上げた銀の前に片膝を着いた。隻腕の機体の胸部装甲に意匠化されているだけだと思われた瞼が開眼し、生物染みた眼球が見開かれ、銀の金属質の銀に輝く瞳と視線を交わせる。
「俺を認識したか、“魔眼王”。なら、出るぞ」
銀へと“魔眼王”の右手が伸びた。銀はその掌に乗ると、“魔眼王”は特務騎士“円卓”第二位の身体を自身の胸部に開かれた単眼の前に持って行く銀は液状の手ごたえを返す分子機械群体により形成された巨眼の表面へと手を差し入れ、その内側へと身を飛び込ませる。
巨眼の中で銀は身体を回転させ、身を委ねるように身体を預けると、銀の身体に最適化されたシートが、掌の中に操縦球が形成される。金属質の輝きを放つ瞳に神経線維を模した微小金属管が挿入され、銀の脳と“魔眼王”とが直接的に接続、人機一体となった隻腕の機体は量子機械粒子により形成された背部装甲を烏のそれに似た大翼へと造り替え、大きく羽ばたくと地面を蹴り、都市の大深度地下から“帝城”の上空へとその身を躍らせた。
上空から赤黒い粒子光の刃が迫り、地上からはそれを迎え撃たんとする弱々しい銀色の粒子光一直線に伸びていく只中に、銀と黒の金属帯により編まれた装甲を持つ人型機動兵器が出現、右腕を変形させ、黒に銀を散らしたような量子機械粒子の刃を形成、空から振り下ろされた強力な赤黒い粒子刃を難無く斬り払い、天に向かって撃ち上げられた銀色の粒子砲撃を右腕から伸ばした粒子刃で絡め獲り、地上へと放ち返した。
地上で銀光が炸裂したのを見届け、銀は機体の中で呟く。
「主命は果たした。帰投する」
黒と銀に彩られた機体は翼を窄め、重力に身を任せるように地上へと降下していった。撃ち返した粒子砲撃が地上に炸裂する刹那、銀の隻腕を抱え飛び去っていくSFとは呼べぬ機影を視認したが、それを追撃することはせず、その後、その出来事を誰かに報告する事も無かった。
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