第1話 天敵種フォモール
この世界には、人類種の天敵たる生物種が存在している。
そのおよそ自然界から産まれる筈のない、金属甲殻により全身を覆われた生体兵器群は“フォモール”と呼称されている。
驚くべき事に、かつて存在した人類文明の源流たる古代超文明の文献にさえ、すでにその存在があったことが綴られている。
超文明の存在した時代、世界には六つの大陸があったとされていた。
そして現代、確認されている大陸は五つ。
その内、人類の生存領域と呼べる大陸は唯一つであり、残る四つの大陸にはフォモールが主顔で蔓延っている。
もちろん、そんな大陸にさえ隠れ住むようにして人類の集落は存在している。
だが、そういった集落では、過去、超文明より継承した文明は、人類領域の大陸の国々よりさらに早く衰退してしまっていた。
天敵たるフォモールは、チェスの駒に準えて、
“ポーン”、
“ナイト”、
“ルーク”、
“ビショップ”、
“クイーン”、
“キング”の6種に分類される。
“ポーン種”は、体高5m程の様々な獣の姿をしており、人類に対して極めて凶暴である事以外は、その行動は自然界の動物のそれと似通っており最も数が多い。
“ナイト種”は、体高7m程の様々な獣を人と混ぜ合わせ、立ち上がらせた獣人と呼ぶべき姿をしており、常に数頭のポーン種を従え、更には棍棒や鉈などの武器を振るう。
戦闘力は一体でポーン種5、6頭の群を上回り、それに加えて指揮能力も高いようで、ナイト種と群れるポーン種の脅威度も高くなる。
“ビショップ種”は、空を飛ぶ様々な動物の姿をした体長10mほどの飛行種である。
この種全てがその体内で液化爆薬を精製し、それを用いた爆撃や特攻を行ってくる。近接戦闘も可能なものもいる。
飛行可能な為か甲殻の金属は薄く比重の軽い材質となっている。
“ルーク種”、“クイーン種”、“キング種”の3種は、その存在を示唆されているものの未だ確認がされていない。
フォモールの六種全てに共通していると思しい特徴として、
全身が金属甲殻により覆われている事、
人類に対して凶暴性を発揮する事、
死骸が溶け崩れ、瘴気とも呼ぶべき物質で辺り一帯を汚染する事等が挙げられる。
人類は、超文明の存在した古来より、この恐るべき天敵種に対抗する為、兵器開発という形で力を求めた。
より直接的な脅威である凶暴性に対する為に。
人類にとって、フォモールは全て等しく脅威である。
しかしながら、中でもポーン種はその単純な数の多さにより、一般の人々にとって最も身近な脅威となっていた。
その為、先ずポーン種に対抗する兵器の開発が急がれた。
始めに戦車が造られた。
打撃力という点では、この時、誕生した戦車の能力で事足りた。
だが、素早く立体的な攻撃をしてくるポーン種を相手にするには、戦車では小回りが利かなすぎた。
それゆえに、人型の兵器の開発が進んでいく。
携行式装備の変更により戦車と同程度の打撃力を備え、体勢を変化させることにより上下に広い射角を持つ、機動性に富んだ兵器として。
そして数百年前、超文明により残された遺産を雛型に、現主流兵器たる対フォモール用戦術人型兵器、“SCOUT=FRAME”、通称SFと呼ばれる体高8mの人型兵器、その始まりの一体は超文明の遺産のデッドコピーとして建造された。
時が経ち、量産されたSFはフォモールへの対抗手段として、その能力を遺憾無く発揮した。
そして、人類領域に蔓延る天敵種を駆逐しきった時、その銃口は同胞たる人類へと向けられることとなった。
人類領域に戦争が始まった。
その場でも、SFは目覚ましく活躍した。
ある場所では領土を奪い合う為に、また、人種間の軋轢に端を発して、そして繰り返された争いは確かに遺されていたモノさえ知らずに奪っていた。
いつしか、人類領域から超文明の叡智は少しずつ失われ、それが残るのは、秘められた極小ない場所のみとなっていった。
人類が愚かな遊戯に耽溺している間に、駆逐された筈のフォモールは人類領域へと、再び、静かにその魔手を伸ばしていた。
大陸全土を巻き込んだ幾度かの戦乱が鎮まり、百数十年、落ち着きを取り戻した人々が、自らの周囲を見回した時、彼等はようやくその異変に気付いた。
いつの間にか、ポーン種が人類領域各地で再見されるようになっていた事に。
人々はポーン種を見つける度に、SFを用いてコレを駆除し、発見しては駆除と繰り返した。
そうして、それを何度となく繰り返す内にやっと人々は気がついた。
ポーン種が既に、人類領域から駆逐出来ないほどの数に膨れ上がっているという事実に。
終わった筈の戦乱の遺恨は国家間に燠火としてくすぶり、火の手を上げる時を待ち、天敵種は何処かより出でて牙を剥く、そんな混沌とした世界に人々は生きている。
†
隻腕の機体が、巨木の森の樹木の間をゆっくりと進んでいく。
少年は往く宛もなく自動操縦に任せて機体を歩かせたまま、機体のストレージに残されていた情報に目を通した。
大した情報は残されていなかったが、気になった順に片っ端から。
そして、今、少年の搭乗しているこの機体がSCOUT=FRAME、通称SFと呼ばれる人型兵器の一種であり、SAVIORという名の機種であること、現在世界の主要国家の名称、その首都などの主要都市名を知ることができた。
どれほどの距離を機体に歩かせただろうか、全高8m超のSFよりも背の高い樹木に視界が遮られて、この森に入る前に確かに見えていた山脈は既に陰さえ見えなくなっている。
自機が北西に向かって移動している事はレーダーの表示から知り得たが、同じような風景が続くことに少年がうんざりし始めたその時、画面隅に開いたままにしていたレーダーが何者かの反応を捕捉した。
「……追っ手か?」
少年が呟く間にも、その何者かは彼の機体に近づいて来る。
少年は相手の姿が見えぬ間にその場で機体を停止させ、何時でも抜き打ち出来るように折り畳み式騎剣を展開準備した。
腰背部の装甲が浮き上がりし、時計回りに60°回転、剣先に向かって折り畳まれていたグリップが180°回転して右腰に向かって伸びた。
併せて脚部機動装輪を展開、何時でも行動できる姿勢で待ち受けた。
ソレを視界に納めた瞬間に少年が得た感情はきっと、人類という種が持つ最も根源的な恐怖だったのかもしれない。
こちらに気付いたソレが、獲物を見つけた顔で嗤う。
視界にソレを捉えた瞬間、少年は機体を疾走らせた。
脚部機動装輪と推進器を駆使し一息に機体をトップスピードまで加速する。
コクピットに接近警報が多重に鳴り響く中、ありえないスピードで樹木間の狭隘な空間に機体を躍らせ、巨木の幹を足場に三次元の立体的な機動でソレに襲いかかった。
ソレは猿のような姿をしていた。
金属甲殻に全身を覆われる体高5mの“ソレ”は、“フォモール”と呼ばれる魔獣種、その内のポーン種と呼ばれるモノだった。
表情をなくし無心で少年は機体を繰る。
限界駆動の負荷に、傷だらけの機体各部が悲鳴を上げる。
少年の駆る機体は立体的な機動を用いて魔獣を翻弄し、動き出すよりも速く一撃を加えた。
機体の推進器を噴かし、頭上から落下点の魔獣に剣を叩き込み、甲殻を割り砕いた。
近くで見たそれは、一枚の金属ではなく、金属製の獣毛が幾重にも重なって生え、複雑に絡み合って固まっている鉄色の毛皮だった。
加速し過ぎたスピードをそのままに、脇の巨木の幹を伝って地面に着地し、速度と衝撃を逃がす為、脚部機動装輪を駆使して魔獣を中心に機体をその周囲に回転させ、勢いに乗せポーンを斬りつけ直後に蹴り上げて、円運動の半径を狭めつつ更に回転、蹴り上げられ落ちて来たポーンの胸部に切っ先を突き入れ、心臓を抉り壊した。
落ちてきた回転スピードに乗せて剣を振り抜き、刺さっていたフォモールを遠心力で投げ捨てると地面に落ちた魔獣は断末魔の金切り声を上げその場に崩折れた。
ポーンの最期を終いまで確認せず、少年は機体を静かに停止させた。
戦闘とも呼べぬ戦闘は一瞬の内に終わり、残された死骸は黒く泡立つタール状の水溜まりへと変わった。
ソレに触れた下生えの雑草が見る間に枯れ朽ちていく。
戦闘を終え少年がレーダーに視線を落とすと、新たに四つの反応が遠方からこちらを包囲しつつある事を知った。
「さっきの金属の猿じゃあ、ない?
掛かって来る気か?」
少年はこちらを包囲しつつある謎の集団の、より自機に近い一体へと森の木々を盾に接近していく。
レーダーの反応の動き方から、相手はSFだろうと少年は推測していたが、こちらに有無を言わさず襲ってくるならば相手に対して躊躇するつもりは一切無かった。
少年の駆る片腕の機体は、そのSFに攻撃させる間を与えず、先程、フォモールに対して襲撃したのと同じ様に、木々を足場に相手の頭上を飛び越えると、相手の背後に着地し、全てのSFにおいて、コクピットが配置される機体背部に騎剣を突きつけ、自機の外部スピーカーを作動させた。
「動くな、少しでも動けばこのままコクピットを潰す!」