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第197話 天幕は銀に煌く

 “帝城インペリアルパレス”の崩壊した中央皇城セントラル、その奥、崩壊を免れた一室の、豪奢な寝台の上から、北側に開口した大きな窓の外に広がる空を見上げる一対の瞳があった。


「この天を彩る銀色は、なんだ? 凄いな、まるで、の世界が、そのまま違う世界にでもなったかのようだ」


 寝台の上に半身を起した、この広大な城に(はべ)る人員の、その全てを支配する、最も貴き血の持ち主である人物は室内をゆっくりと見回す。部屋の一隅に直立不動する護衛も兼ねた同年代の傍仕えの姿を見つけ、瞳を笑みの容に細め、柔らかな口調で声を掛けた。それは会話を成そうとした意思の発露ではなく、飼い主から愛玩動物へと掛けられる親愛の言葉に似ている。


「そう思わんか、(アルジェント)


  この国では特別な、アルジェントという色で呼ばれたのは十五、六歳程の年頃の、特に目を惹く様な容貌はしていない、何処にでも居そうな茶金の色の髪をした細身の少年だ。もし目立つ点があるとすれば、それは顔の右半分を覆い隠す無造作に伸ばされた一房の前髪だけだろう。

 特務騎士“円卓ラウンズ”の中で、一位のアウルムと二位のアルジェントのみは特別な色である。それ以外の“円卓ラウンズ”は騎士自身の好む色を称号としてつける事ができるが、アウルムアルジェントの二色の騎士だけはその呼び方からも分かるように、現在では使用されない出自さえ不確かな古代言語エンシェントによる発音のままにそれぞれの司る色で呼ばれるものと定められていた。


「今、この場には人目も無い、よいぞ、其方そなたの上奏を許す」


 アルジェントは、今上帝の前へと歩み寄り、ゆっくりと膝を折る。


「では奏上を申し奉ります。俺も……主上、あなたの、おっしゃる通りだと思います。なんて言えばいいか、物凄く不自然なはずなのに、すごく綺麗な空、それこそ違う世界の空みたいだ」


 フィル・ボルグ帝政国の今上帝は、アルジェントの言葉に我が意を得たりと数度頷き、華奢な細腕を窓に向け掲げる。


「で、あろう。しかし、惜しむらくは、これを成したるはの精鋭、其方では在らぬという事だ」


 フィル・ボルグ帝政国今上帝、アルトリウス・ファル=フィル・ボルグは芝居がかった身振りで掲げた腕の先をアルジェントへと差し向けた。


黄金アウルムは、に黙って何やら小細工の為に空に上がっている。この銀の空もそのために起きているのだろうが、予にとっての唯一無二、ただ一人の円卓ラウンズアルジェントよ。予の前から一時ひととき下がる事を許す。く、黄金アウルムの鼻をへし折ってまいれ」


「御意、では御身おんみは俺の居ない僅かな間、引き続きこの室内にお隠れください。我が、“円卓ラウンズ”たるアルジェントに掛けて吉報をお届けいたします」


 アルジェントはアルトリウスが身を起こす寝台の前にかしずくと、姿勢よく立ち上がり扉の無い室内から、壁面に隠された扉をくぐり、その部屋から去っていく。一人室内に残された今上帝は憂鬱気な溜め息を一つ吐き、起こしていた半身をゆっくりと寝台へと横たえた。





 天からの前兆すらない砲撃に、少年の機体(セイヴァ・ルー)が今居る地点から僅かに離れた都市までを覆う広大な粒子防御膜を展開したのは、やはり、それは少年ジョン=ドゥの生来の性分といえるものだったのだろう。

 ただ一本残る右腕を空に向け、量子誘因増幅器クリヴァルと化した五基の量子刃形成騎剣フラガラッハは、天に伸ばされた隻腕のSFの右腕の遥か先、上空へと上昇して行き、銀色の粒子の奔流が天に昇り往く騎剣と発生源である地上の“救世の光神(セイヴァー・ルー)”とを繋げていた。

 傍目にはか細い銀色の粒子の柱、その周囲に螺旋を描いた四基の量子刃形成騎剣フラガラッハが四方へと散っていき、彼方へと銀色の粒子の帳が瞬時に広がっていく。

 広大な空を“救世の光神《セイヴァ―・ルー》”の粒子防御膜が覆いつくしたのとほぼ同時、静止衛星軌道、宇宙空間から高速で放たれた幾つもの岩塊が大気との摩擦に赤熱化し、溶解した岩石の端部を涙滴型に鋭く尖らせながら落下、高熱と衝撃が粒子防御膜の表面を揺らして炸裂した。

 半身のみとなり地面に倒れた雪白の騎士騎、その操縦席コクピットで愛騎の上半身諸共地に落ちた衝撃により意識を失っていた雪白アラバスタの騎士、マイト・デュアル=アラバスタが意識を取り戻す。

 マイトは愛騎の再起動を試みるが、リア・ファル反応炉リアクタの制御装置が少年の機体(セイヴァ・ルー)の斬撃により物理的に破損しており、内蔵粒子貯蓄槽(キャパシタ)により左肩の攻性防盾ブレードシールドをなんとか一度動作できるかどうかといった有様であることが把握できただけに留まる。

 足元でそんな事態が発生している事など思いもせず、ジョンは、天上からの終りの見えない攻撃への対処にただ集中していた。


「あれ、んだ……のか? ――いや、あれは!?」


 遥か天上からの砲撃は“救世の光神《セイヴァ―・ルー》”の展開した粒子防御膜に阻まれ、量子機械粒子に分解され塵よりも細かく砕かれて無効化されている。しかし、少年ジョン=ドゥの天に向かって固着された意識は、“救世の光神《セイヴァ―・ルー》”の機体センサーが、機体直上に発生した直近に感知したものと酷似する攻撃を感知、機体腹部の量子誘因反応炉クァンタムアトラクトリアクタが限界稼働し、生成した量子機械クァンタムマシン粒子を、直上に打ち上げた量子刃形成騎剣フラガラッハへと、量子刃形成騎剣フラガラッハの量子貯蔵限界を超えて流入させ、広大に展開した粒子防御膜を可能な限り限界まで強化、その剣によると思われる一撃へと備えた。

 そして、未だ足元に残る敵機の残骸に留まる者は、敵である隻腕のSFが高空への備えにかまけ、地上に在るものへの注意が逸れた事を悟り、残された最後の一手を、ジョンにとっての最悪のタイミングでただ真直ぐに突き出した。





 アルジェント中央皇城セントラルの最下層、都市そのものの心臓部たる大型反応炉に近付いていく。


「出番だ、“魔眼王(バロール)”」


 大型反応炉の前面、まるで磔にされているかのように一体のSFと思しき人型の機体が、反応炉の外部隔壁に反応炉から直接生えた鎖により括り付けられていた。

 アルジェントは左腕の無いその隻腕の機体へと歩み寄り、顔の右半分を隠す前髪を掻き上げる。髪の毛によって隠されていた右目は、量子機械クァンタムマシンに侵されたジョン=ドゥと同様、金属質の銀色に輝いていた。

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