第194話 意思の輝き
ジョンは、内側から響いてくるその機械音声に、自身の肉体の操作が奪われていると感じた。
目の前には、敵対するフィル・ボルグ帝政国の人型兵器による軍勢が無数に整然と並び立ち、隻腕のSFへとそれぞれの手にする銃口を、そして長柄や騎剣の切っ先を向けている。
“救世の光神”の右腕の先、膨れ上がり続ける粒子光の塊を量子機械粒子で形成された五芒星を描く頂点それぞれに超高速粒子砲を備えた円環が回転を始め、左肩に生み出された輪郭を朧にする疑似銀腕が円環の中心に叩き付けられた。
正面から隻腕のSFを見た黒騎士の群は、自分たちに、そして背後にある彼等の守護すべき対象である”帝城”に対して、銀色に輝く五芒星が向けられている事を知る。そこに収束していく膨大なエネルギーを観測した帝室近衛達は、五芒星がより質の悪い脅威であることを悟り、少しでもそれの効果を遅延させようと、砲撃が銃器や砲塔の限界を超えてさらに重ねられた。
《収束決戦砲撃機構展開完了》
機械音声は淀みなく破壊の力を解き放たんとする。機械音声の命ずるままに、少年の身体は収束決戦砲撃機構という名の、絶対の破壊を放つ為のシークエンスを進めて行く。
《さあ、ジョン=ドゥ! 今こそ、その手で目の前の有象無象を原子一単位すら残さず焼き尽くすのです!! 火器管制機構解除、全砲門掃射開始》
「……う……がう……ちがうっ! 違うっ!! 無差別に、ただ殺す為に、此処まで来た理由じゃない!! ぅあああああああああああああ!!!!」
少年は意思を込めて叫び声を上げ、黒騎士の機体に囲まれた”救世の光神”は円環が掃射を開始する寸前、右腕を天に掲げ、そこに装備された長射程狙撃銃と連動する五芒星の円環の向きを無理矢理に変える。
黒騎士達の後衛から放たれた砲弾は、一転、無防備なままの標的となった隻腕のSFに襲い掛かり、銀色の光柱が天地を貫いた。
黒騎士達は必殺を予期し、光柱が消滅するのを待つ。だが、手にした武器から指を離すことなく、いつでも、もしもの事態に対応できるよう身構えを解くことは無かった。
薄れゆく銀の光柱を突き破り、一つの影が飛び出して行く。銀色の金属帯に覆われた、左腕の無い隻腕のSF“救世の光神”だ。右腕を覆う長距離狙撃銃はそのままに、銃身をスライドさせ伸長、弾倉内の弾丸を一息に全弾発射、長距離狙撃銃を放り上げる。流れるように左肩に右手をやり背後から飛翔してきた量子刃形成騎剣の柄を一瞥すらせず掴み取ると、機体ごと回転し周囲を薙ぎ払う。しかし、刃筋を立てることなく放った一閃は、黒騎士騎を断ち切る事無く、ただ打倒すのみだった。
「何を、……やってるんだ、僕は!!」
“救世の光神”は収束決戦砲撃機構を天に向かって解き放ち、それが故に、黒騎士達の砲撃を無効化する事に繋がる。周囲の全てを何一つ破壊出来ぬまま、天に向かって解き放たれた超高温の砲撃は、周辺の空気を巻き込んで猛烈な暴風を思わせる上昇気流を生み出し、光柱の内部とその周囲と分断、まるで空間そのものを断裂する壁と化していた。黒騎士達の激しい砲撃は空気の壁に飲み込まれその威力を大きく減衰、弾丸は弾き飛ばされてしまい、隻腕のSFの元に届くことは無かった。
黒騎士の群の奥から、白の軌跡が走る。ジョンは、フットペダルを蹴る様に踏み込み、“救世の光神”を咄嗟に退かせ、量子刃形成騎剣を機体の前方に翳した。
雪白の騎士騎の放った高周波振動刺突剣の刺突は、ジョンの翳した騎剣の腹に受け止められるも、雪白の騎士はそれに拘泥せず、左腕に提げた折り畳み式騎剣を“救世の光神”の右腕に突き立てようとする。そこへ割り込むように飛来したもう一振りの量子刃形成騎剣が受け止め、そして残る三基の自律機動攻撃兵器もまた、量子刃形成騎剣形態となって“救世の光神”の周囲を守護するように浮遊を始めた。雪白の騎士騎と“救世の光神”は距離を取り双方油断なく対峙する。
『帝室近衛の精鋭達よ、疾く“帝城”に戻り、防備を固めたまえ。これなる一機は私が戴く』
“円卓”という、黒騎士達の最上位による命令に、生き残っていた黒騎士の機体は最敬礼を残し、“帝城”へと帰投を始める。ただ一騎、その場に残った雪白の騎士騎は剣を提げた両腕を構え、外部へと音声を出力、自身の名乗りを揚げた。
『私は“円卓”、雪白、マイト・デュアル=アラバスタである。最早、私に油断は無い!! 隻腕の操縦者よ、尋常に勝負!!』
雪白の騎士騎は、“円卓”専用の特殊仕様騎ながら一般仕様AVENGERと左程の大きな差異のある騎体ではない。両肩に可動腕式攻性防盾を装着しただけという灰褐騎程ではないが、灰褐騎が装備する高周波振動薙刀をデッドウェイトとなる理由から廃し、独自武装である高周波振動刺突剣を装備、両肩の盾裏には、右には折り畳み式騎剣を、左側には特殊装置をそれぞれ格納している。機体各部の装甲は前腕や脛部、頭部と胴は厚くしており、それ以外を軽装化することで、出力を上げた脚部機動装輪での走破性能も底上げされていた。雪白の騎士騎はジョンに対しても名乗りを揚げるように促す。ジョンは小さくため息を一つ、機体制御システム《システムイーズィ》に音声の外部出力を設定させた。
「雑務傭兵、ジョン=ドゥ。僕の狙いは君じゃない。引いてくれると有り難いかな」
互いに名乗りを揚げた二機は、共に脚部機動装輪を作動させ、高速で斬り結び始めた。雪白の騎士騎は右手の高周波振動刺突剣で、刺突を放つのみでなく、両肩の攻性防盾での斬撃を、左手に提げた騎剣の剣閃を重ね合わせ、足を、腕を止めることなく連撃を見舞って来る。ジョンは“救世の光神”の手に提げた量子刃形成騎剣と、宙に舞う四基の量子刃形成騎剣で、雪白の騎士騎の攻撃を凌ぎ、払い、反撃を返した。
『五刀流、というには変則、だが、宙を舞うそれの制御もそちらにあるか、ならば構わないか。手数においては私の騎体も引けを取らん』
雪白の騎士はそう言い放つと左肩の攻性防盾に格納した特殊装備を解放する。
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