第191話 鋼の城を彼方に臨み
左肩に騎剣を戻した“救世の光神”の去っていく背後で、残骸となった2機のSFが倒れて散らばった。その片割れ、四肢を落とされた蒼黒の騎士騎のリア・ファル反応炉に埋め込まれた金属球が弾け飛ぶ。金属球から飛び出した内容物は地面に零れて放射状に広がり、紅黒の騎士騎の残骸の、未だに残る脚部装甲に触れた。球体内の内に封じられていたモノは自らを覆っていた金属製の被覆材の欠片を突き破り、粘性の細い触手を幾筋も伸ばし紅黒の騎士騎の装甲材を溶解させながら取り込みその体積を肥大させていく。
それは、原生生物であるアメーバに似た特徴を持つ、環境保全分子機械群体、一定の質量となるまで周囲の存在や物質を取り込み、意図的に|環境保全分子機械戦闘体へと変異するように調整された個体だった。腕部を失った機体では質量が足りていないのか、地面に伸びた触手は蒼黒の騎士騎の四肢の残骸にまで伸ばされる。
原形を失いゆく機体の操縦席の内部で、気を失っていたアガサは肌に感じる違和感に意識を取り戻した。
「……!? ひぃっ、こりゃ、なんだい!? なんであたしがこんなっ!? ……ギ……」
アガサの肌に、数え切れない程の細い鋼色の触手が数え切れない程に纏わり付いている。柔らかに触れていた触手は見る間に数を増やし、アガサの身体を雑巾の様に締め付け、絞りつくした。ほぼ同時に、蒼黒の騎士騎の胴体を取り巻いた鋼色の触手もまた、その内側に存在する“蒼”の特務騎士を飲み込む。有機物、無機物を問わず取り込んだ環境保全分子機械群体は人を、機体を原形も無いほどに溶け崩らせて混ぜ合わせ、モザイク細工の様に組み合わされた紅黒と蒼黒の騎士騎の名残を残した従来の人型機動兵器の背に倍する頭高の巨人の姿となった。
巨人の頭部はアガサとダレン、二人の顔面を表裏にそのまま貼り付け、それぞれの後頭部がそれぞれの顔面となっている。それは頭部のみにかかわらず全身にもおよび、地面を踏みしめる脚部のみを同じくし、アガサの顔を表にしている今は、背部に蒼黒の騎士騎のそれを基にしたと思しき有機的な腕部と可動腕式防盾一体型折り畳み銃身長距離狙撃銃を束ねて折り畳んでいる。
『アは、あははははっハハハハハっ!!』
正面を向いたアガサの顔、その見目だけは整っていた容貌を大きく歪め、口唇を耳の付け根まで大きく裂き、壊れた哄笑を上げた。
『クハ、クハハッはあはははははアッははあアッは!!』
アガサの顔が挙げた哄笑に引きずられるように、その後頭部にあるダレンの顔も大きな声で嗤い出す。両面の巨人は鋼色の粘液を滴らせながら地を踏みしめ、高速で去っていく“救世の光神”の姿を求めるように駆け出した。
†
『ご主人様、当機体を追尾するフォモール一体の反応を感知しました。ですが、この個体の反応は既存のフォモール種のいずれにも該当せず。あえて近しい存在を上げるならば、一件、クィーン種のもとで遭遇したSF鋼獣融合体、“敵対者”の反応に酷似しています』
「“簡易神王機構”、そいつとの相対距離は? 超高速粒子砲の有効射程内なら一時的に足を止めて斉射する」
機体制御システムからの報告を受け、ジョンは操縦席内に表示されるデータに視線を巡らせながら、口頭で指示を飛ばした。
『相対距離はおよそ4000、対象個体は当機体進行方向に対し六時の方向、超高速粒子砲有効射程確認、各部自律機動攻撃兵器分離、超高速粒子砲形態へ』
足元から土煙を立てながら、光輪状機動装輪が停止し、輪郭を崩して消える。超高速粒子砲形態を取った五基の自律機動攻撃兵器を従えた隻腕のSFは腰背部にマウントしていた長距離狙撃銃の銃把を掴み、スライド式の折り畳み銃身を延伸させ、簡易神王機構の示す方向へと音叉状の開放型砲身を差し向けた。五基の自律機動攻撃兵器は銃口を取り巻くように移動し、“救世の光神”の銃口の示す方向に左右に分かれた砲身を向ける。
「ひどいな、あれ、……悪趣味だ」
両面の巨人を視認した少年の口から、そんな感想が漏れ、半球状操縦桿を掴む手指に力が籠った。ジョン=ドゥの視界に表示されるレーダーサイトが、両面の巨人が超高速粒子砲の有効射程に入った事を報せている。
「長距離狙撃銃の銃爪に超高速粒子砲全基の管制を連動、火器管制機構解除、発射」
少年が半球状操縦桿の銃爪スイッチを押下、長距離狙撃銃の銃口から弾丸が吐き出され、その銃身を取り巻く自律機動攻撃兵器から伸びた五つの嘴の先から、視認不可能なレベルの五つの微小粒子が疑似的に超高速粒子の性質を持たされ撃ち出された。極小粒子が宙を走った後、刹那すら遅く思える速さで、まだ遠く見える両面の巨人に着弾する。そして、齎されたのは極大の破壊だ。両面の巨人を中心に重なる様に出現した五つの火球は互いに互いを貪り合い、やがて一際大きな巨大火球を形成、後を追い駆けた“救世の光神”の弾丸が収縮した火球に飛び込むと猛烈な爆風を巻き起こし、両面の巨人を灰も残さず焼き尽くす。
“救世の光神”は銃口を下ろして銃身を縮めると、機体腰背部に再度マウントした。自律機動攻撃兵器は主機の動作に連動するようにそれぞれの装着されていた部位に帰還していった。
「……あれは、フィル・ボルグのSFに乗っていた人だったのかな。……後味が悪いや……」
『進むのを止めて、ネミディア連邦へ戻りますか? ご主人様』
燃え尽きる直前、フォモールの頭部に見えた人の顔を思い返しジョンは操縦桿から放した掌を見詰めた。“簡易神王機構”の問い掛けに、少年は見詰めた掌を握り締め、ゆっくりと顔を上げる。
「……だめだよ、それでも、あそこまでは行く。だって、ここですごすごと戻っても、僕には後悔しか残らない、それだけは絶対だから」
『ご主人様……』
ジョンは機体ごと、目的地へと視界を動かした。目標である鋼鉄の城、“帝城が景色の奥に微かに視認できる。微かに望む“帝城”では中央の尖塔から黒煙が立ち昇っており、“救世の光神”と“帝城”との間に存在する平原には黒騎士のSFが、総数一〇〇〇を超える規模で防衛陣地を形成していた。
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