第190話 疼く傷痕、走る刃は滑らかに
「ちぃ!? ぜりゃあ!!」
アガサは思わず声を漏らしながら、右肩の自在可動腕式に握らせた短刃槍を斬線上に割り込ませることで隻腕のSFの斬撃を掻い潜り攻撃をやり過ごす。そのまま止まる事無く、銀色の機体へお返しとばかりに機体の左右の掌に握り込んだ短刃槍で絶え間なく斬り掛かる。銀色の敵機はアガサの放った連撃を残る片腕の右手に掴んだ騎剣をめまぐるしく動かして高周波振動により耳障りな叫びを上げる短刃槍を難無くいなしきった。
「コイツ堅い、いや、巧いのか、こりゃあ……厄介だねぇ!」
連撃の切れ目、後方に跳び退ったアガサ騎は割り込んで来た“蒼”と入れ替わる間際に、飛び退きながら左肩の自在可動腕式の蛇腹に折り込まれていた多関節を最大まで伸ばして隻腕のSFへと攻性防盾を叩き込む。しかし、銀色の敵機の周囲に浮かんでいた騎剣型の随伴兵器の二基が刃を交差させ、攻性防盾の高周波振動刃を受け止めた。自在可動腕式攻性防盾の高周波振動刃と交差した二本の騎剣の刃とが鬩ぎ合い、幾つもの火花が散る。
唐突に操縦席内に破損警報が鳴り響き、アガサは自騎の攻撃を止め、延伸させていた左肩の自在可動腕式を急速に引き戻した。手元に返った攻性防盾の外周に巡らされた高周波振動刃はぼろぼろにひび割れ、振動子を作動させるだけで砕けた破片が飛散る有様となっている。隻腕のSFとの戦闘は一時的に僚機である“蒼”に任せ、アガサは自騎の姿勢を整えた。
「コイツはもう武器としちゃ使いものにならないね、盾としても良いのを一発もらっちまえばお終いか」
アガサは攻性防盾からひび割れた高周波振動刃を除装、基部となっている装甲部を残し、刃となっている外周部が大きな音を立てて地面に落ち砕けて散らばった。そのまま、徐に盾裏へSFの手を差し入れ、閲兵式の為にそこに納めていた折り畳み式騎剣を抜き放ち、腰背部に提げていた短機関銃を左右の手に構え、手元に残る高周波振動短刃槍を両肩から伸びる自在可動腕式に装備させる。
「コイツが通用するようには……。けど、このままで終われやしないさ!!」
アガサ騎と入れ替わった“蒼”は本来の領分でない近接戦闘に苦労した様子を見せながらも奮闘していた。
“蒼”のAVENGERは両手で構えた複合式二連銃身狙撃銃では、銃身下部に据えられた鉈刃の銃剣での斬撃と銃撃を繰り出し、両肩の可動腕式防盾一体型折り畳み銃身長距離狙撃銃を、その銃身を畳んだ状態で至近距離での射撃を重ね、脚部機動装輪での高速機動を組み合わせ、足を止めることなく攻め立てる。しかし、それも長くは続かず、徐々に銀色の隻腕に追い込まれ始めていた。
「待たせたね、アタシも混ぜな!!」
『……遅い!! 往くぞ……!!』
アガサは銃弾をばら撒きながら、追い込まれ始めた“蒼”の前に脚部機動装輪で最大戦速のまま割り込むと、手にした騎剣を一閃させる。それに合わせ、全身の銃器の弾倉交換を済ませた“蒼”が前衛となったアガサ騎の援護に回り始めた。
†
蒼黒の騎士騎の攻撃を尽く防ぎきり、ジョンは量子刃形成騎剣に量子機械粒子を纏わせることなく蒼黒の騎士騎へと斬撃を見舞おうとした。刹那、自律機動攻撃兵器が“救世の光神”の横合いへと回り込み、そちらから唐突に降り掛かる弾丸の雨が放たれ始めたのを悟る。
『ご主人様、紅のAVENGER、再接近。近接戦闘を仕掛けてきます』
「うん、分かってる。蒼いのは後回しで。自律機動攻撃兵器の制御は任せた。射撃からの防御は任せるよ。さっき使った量子トンネル効果での透過回避は、消耗大きいからなるべく無しで」
騎剣を振りかぶり迫ってきた紅黒の騎士騎の斬撃に、“救世の光神”は右手に掴んだ量子刃形成騎剣の刃を合わせて攻撃をいなした。右手に銃を、左手に騎剣を構えるその姿は、少年の僅かばかりの記憶の中の深い傷痕を疼かせる。しかし、敵機から距離を取り、落ち着いて見ると紅のAVENGERの両肩から伸びる蛇腹状の可動腕が傷痕の疼きが気のせいであった事を悟らせた。
「もういいか、手加減は終りにする。過剰な威力もいらないね。この騎剣が一振りあれば事足りるかな」
ジョン=ドゥの瞳が銀に染まる。紅のAVENGERの向こうで、蒼のAVENGERは弾倉交換を手早く済ませ、三つの銃身を少年の機体へと照準していた。
「悠長なことだね。まぁ、頑張って? 金黒の騎士騎じゃないんだ、……僕は無暗に殺さない」
そこから起こったのは一瞬の蹂躙劇、“救世の光神”が一歩踏み出すのと同時に、全てが定まり、全てが終わった。
紅黒の騎士騎は騎剣による斬撃と短機関銃による銃撃を放ち、左右両肩の自在可動腕式に装備した高周波振動短刃槍で斬撃と刺突を繰り出しす。蒼黒の騎士騎は紅黒の騎士騎の騎体を隠れ蓑に、装填された弾丸を全弾放出、無数の弾丸が“救世の光神”の胸部に一点集中して襲い掛かった。
隻腕のSFはむしろゆったりとした動作で動き出す。迫る刃の全ては自機に集中する刃の斬線が一致した刹那に振り上げた騎剣一振りで無効にしつつ紅のAVENGERの右肩を斬り落とし、返す一太刀で紅のAVENGERの左肩を断ち割った。光輪状機動装輪で機体を旋回させ、蒼のAVENGERの放った弾丸を斬り払う。いっそ軽やかな動作で地を蹴り、跳躍すると次の瞬間には蒼のAVENGERの眼前に身を移していた。敵機の周囲を踊るように、周り動きを止めた“救世の光神”の背後で、蒼黒の騎士騎が糸の切れた操り人形の様に四肢を失い崩れ落ちた。これらの動作は極めて短時間の内に行われ、ジョンは騎剣を戻しながら口を開く。
「あ、ごめん、簡易神王機構。君の仕事も奪ってたね?」
『構いません、ご主人様。では、今から周辺警戒を開始します』
銀色のSFの操縦席で交わされるそんな暢気なやり取りも知らず、紅と蒼のAVENGERの操縦席でなす術もなく戦闘力を奪われた“円卓”の二名は落下時の衝撃にその意識を奪われていた。
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