第189話 紅と蒼のロンド
三基の衝角突撃形態を帰還させ、騎剣と化して機体各部に戻した“救世の光神”は、自身の一撃で眼前の渓谷を穿ち作り出した道にその機体を躍らせる。
踵に展開した光輪状機動装輪はトンネル状に抉られた地面に高熱で溶解した二本の轍を刻み付け疾走していった。崖下に曲がりくねり先すらも見通せなかった長い渓谷の街道も、こうした直線の抜け道が出来てしまえば通り抜けるには大して時間は掛からない。まともに踏破すれば設置罠が起動していなくともSFの全速力でさえ3、4日は掛かる道程は、崖上へと向かって伸びた新たな道により大きく短縮され、隻腕のSFは僅か半日程で渓谷を走り抜けた。
街道も何もない渓谷の崖の上、遠く微かにその威容をもって睥睨する鋼鉄の城の姿を“救世の光神”の双眸が捉える。足元から彼方の城まで少年の放った攻撃の痕が一直線に刻み付けられていた。
ジョンはひたすら真っ直ぐに自機を駆けさせる。直線の道を数日掛けて駆け、渓谷と鋼鉄の城とのほぼ中間に広がる平原まで辿り着いた少年は、遮るものは僅かな自然の起伏しかない平原の彼方に鋼鉄の城の方向から駆けて来る二騎の機影がある事に気付いた。
フィル・ボルグ製の最新鋭SF“AVENGER”の黒の装甲を紅で縁取りした近接戦闘仕様の一騎と、同じく“AVENGER”の黒の装甲に蒼で縁取りをした射撃戦仕様の一騎の組み合わせだ、蒼に縁どられている一騎は既に“救世の光神”を捕捉しているのか、抱えていた特殊な形状の銃を構え、その銃口を隻腕のSFへと差し向けている。そして、間髪を入れずその銃口が火を噴き高速の礫を吐き出していた。
敵騎から弾丸が放たれたのと、ジョンが自機を右へと横に跳躍させたのは、そして紅で縁取りをした近接戦闘仕様騎が“救世の光神”に向かって走り出す。
地面を蹴り短く滞空した隻腕のSFは着地寸前に騎剣を振り抜いた。“救世の光神”が量子刃形成騎剣の刃で斬り裂いたのは、初弾の影に重なるようにコンマ以下の時間偏差で撃ち込まれた隠された次弾、複合式二連銃身狙撃銃の二つの銃身による刹那の時間差を用いた弾丸だ。
地に降りた隻腕のSFに高速弾が連続して襲い掛かる。“救世の光神”は足を止めることなく光輪状機動装輪で急加速、円を描くように駆けて弾丸を躱し、時に蛇行や後退も交え、蒼黒の放った弾丸は地面に穴を穿つばかりだった。
撃ち込まれ続ける弾丸を躱すために集中し、そればかりに囚われた少年の意識の空隙を突くように、ジョンのSFに静かに接近していた紅黒の高周波振動短刃槍が突き込まれる。ジョンは草陰に身を潜め周囲に紛れ込んだ毒蛇の如きその一撃に虚を衝かれながらも、とっさに掲げた騎剣の剣身の根元、掌盾となっている部分で受け、突き込まれた穂先を押し退けながら紅黒の間合いの外へと跳び退る。しかし、遠のいたはずの間合いを越えて、紅黒の槍撃は“救世の光神”へと襲い掛かってきた。紅黒の騎士騎はその機体の右肩の機構を解放、大型の肩部装甲に擬装されていた蛇腹状の隠し腕を展開、高周波振動短刃槍を連結して遠間からの刺突を放つ。隻腕のSFは高速機動を用いて回避行動を取り続けるが、正確無比な長距離狙撃に狙われ続ける中での近接戦闘という厳しい状況では防戦一方とならざるを得なかった。
騎剣を手にした隻腕のSFは足を止める。機体各部に接続されていた柄の無い量子刃形成騎剣が一人でに分離、空中を浮揚し位置を移して遠距離からの射線を塞ぎ、“救世の光神”の死角を補うような機動を取り始めた。
蒼黒の騎士騎は両肩に装備する可動腕式防盾一体型折り畳み銃身長距離狙撃銃の二つ折りになっていた銃身を延伸させ、接近しながらも射撃を継続している。
紅黒は左肩の可動腕式攻性防盾の擬装を解除、蛇腹状の自在可動腕で攻性防盾を伸ばし、盾の外周に這わされた高周波振動刃を起動させた。左右一対の自在可動腕による刺突と斬撃に紛れ、その本体であるSF自体が両腕に構えた高周波振動短刃槍が時折襲い来る。
弾丸も刃も、宙を舞う銀の騎剣による防御を抜くことは出来ない、しかし、黒騎士達の攻撃はその程度で止むはずも無く、近接の紅黒と射撃の蒼黒の二騎は連携し、互いに庇い合う様に戦闘を繰り広げ始めた。
†
「あの機体、隻腕のくせになんて機動だ」
ダレンは自らの技量の中で特に絶対の信を置く唯一のものである射撃をかいくぐり続ける隻腕のSFに舌を巻く。隻腕のSFを狙った弾丸は偏差射撃を折り混ぜて放っており、ほぼすべてが必中を確する弾道を描いていたのだ。しかし、銀色のSFは物理法則を無視した急加速や急減速、明らかに現行のSF技術のレベルを凌駕する随伴兵器を用いていることが視認できた。
『ペイル、アタシに合わせな。行くよ!!』
「無計画に突っ込むな、バカが。……俺も前に出る、アガサ、お前からも俺に合わせろ」
蒼黒の騎士騎は機体に両肩の可動腕式防盾一体型折り畳み銃身長距離狙撃銃の管制を任せ、複合式二連銃身狙撃銃の銃身下部に装備した鉈刃銃剣を覆うカバーを除装、脚部機動装輪を全開駆動させ地面を砕く勢いで強く踏み切った。
蒼黒の騎士騎は駆け出しながら複合式二連銃身狙撃銃の銃身後部から上下斜めに突き出した二本の弾倉をそれぞれ排出し、腰部装甲を展開し内部に格納していたAP弾とHP弾の弾倉をそれぞれ装填、近接戦闘の距離に己が優位である遠距離狙撃を封じながら踏み込んでいく。
銀色の隻腕に斬りかかる紅黒の騎士騎の攻撃の継ぎ目に割り込み、複合式二連銃身狙撃銃の鉈刃で斬りかかった蒼黒の騎士騎は、斬撃に併せて上下二連の銃口が到底避けえない距離で弾丸を放った。殆ど密着するほどの距離で放たれた弾丸は、しかし、銀色の隻腕の機体に着弾するも透過するように機体の表面に波紋を残し背後へとすり抜ける。
放った弾丸のなにももたらさなかった結果に拘泥することなく、ダレンは蒼黒の騎士騎と割り込むように駆け込んだ紅黒の騎士騎に立ち位置を入れ替え、跳び退りながら可動腕式防盾一体型折り畳み銃身長距離狙撃銃一丁を除装し、ただの長距離狙撃銃として地面に銃把を突き立てた。
隻腕のSFは手にした騎剣の刃に銀色の粒子を纏わせ、蒼黒の騎士騎と入れ替わり斬り込んで来た紅黒の騎士騎に斬撃を走らせた。
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