第188話 解き放たれた光
背後から迫っていた砲火を載せた熱風が止む。だが、追跡部隊は渓谷の手前で足を止めることなく、追跡の手を緩めたわけでもない、曲がりくねった渓谷に伸びる道の為、追跡部隊のSFは射線を通すことが出来ず、砲撃の手がとまっているのだと思われた。
“救世の光神”が駆け込んだ渓谷の合間の街道、その両側に聳える岩壁は深く切り立っているが、崩落除けの為かコンクリートを打ってあり明らかに人の手が加えられている。駆け込んで直ぐに襲って来る罠を見越していたジョンは、拍子抜けした思いを抱きながら、曲がりくねった悪路にそのまま機体を進ませて行く。
隻腕のSFは左程の時間を掛けることなく渓谷の入り口から数㎞の距離を進み、両側の崖面が自然な造形を見せ始めたその時、渓谷の天辺から小さな石が転げ落ちた。
少年が機体のセンサーが補足したその小さな音に気を取られ視線を向けた刹那、自然な造形をしていた崖面が破裂し、横合いから大小様々な石飛礫が襲い掛かる。
「“粒子防御膜”!」
少年の声に機体制御システムは即座に反応、隻腕のSFの全身から量子機械粒子を放出、形成された粒子膜は機体を撃ち抜こうと迫る石飛礫を粒子膜と機体との僅かな間隙の向こう側で押し留めた。
砂礫により視界を失った隻腕のSFを、崖面の内部奥から炸薬により次々と弾き出された陶製の真球が撃ち付けた。機体を覆う粒子膜に留められた数え切れない程の大小の石を超硬化処理陶製のベアリング弾が砕き散らし粒子膜に留められると、それに続く様に重ねて放たれた超硬化処理陶製ベアリング弾が先に撃ち込まれた超硬化処理陶製ベアリング弾を粒子膜の内側へと押し込むように次々と砕き弾けさせる。
「驚いたな、人工物には全く見えなかったのに」
『ご主人様、恐らくですが、これは崖の内側から改造を施したのだと推測されます。粒子防御膜出力安定、この攻撃では粒子防御膜を抜くことはできないでしょう』
「そう、でも、これはこれで鬱陶しくはあるね。走行速度はこのまま、腰背部の自律機動攻撃兵器を量子誘因増幅器へ、それと左肩の量子刃形成騎剣以外の三基、各部の自律機動攻撃兵器は、機体に接続したまま超加速粒子砲撃形態へと変形、この辺り一面の崖への一斉射の後、自律機動攻撃兵器を全基分離射出」
隻腕のSFの腰背部で長距離狙撃銃の下に納まっていた掌盾状装甲が後方に向かって起き上がり、量子機械の刃を延伸させ、針にも似たイチイの葉状結晶を刃の上に纏う。腰部左右と右肩に接続されていた掌盾状装甲もまた量子機械の刃を形成、剣身を割り並行する二本の刃を開放型砲身とすると割れた剣身の根元、掌盾の一部が起き上がり砲口が露出した。機体の変形に伴い粒子膜の形状も追従して変化している。“救世の光神”は踵の光輪状機動装輪を左右で高速に逆回転させ、機体を回転させると、狙いもつけずに疑似超高速粒子と化した量子機械粒子の弾丸をばら撒いた。
隻腕のSFを中心として渓谷の街道に円形の破壊が齎される。
「量子刃形成騎剣抜剣、自律機動攻撃兵器各機を衝角突撃形態に」
回転を止めた“救世の光神”は左肩の騎剣を抜き放ち、剣を構えた隻腕の機体から三基の自律機動攻撃兵器が分離、元々の刃と垂直に新たな刃が形成された。
「量子誘因増幅器、量子誘因反応炉全開、衝角突撃形態および量子刃形成騎剣にエネルギーを収束、“救世の光神”行け!」
“救世の光神”は曲がりくねった渓谷の街道を無視して崖に向かって光輪状機動装輪で走り出す。隻腕のSFは崖に追突する寸前に、フィル・ボルグ帝政国の首都、“帝城の方角へ構えた騎剣の切っ先を向けると剣身に収束させた膨大なエネルギーを突きと共に解き放つ。“救世の光神”に随伴する三基の自律機動攻撃兵器衝角突撃形態は、突き出された剣身の周囲に螺旋を描いて飛翔、解き放たれた量子機械粒子の光圧を高めるとネミディアの敷設した設置罠ごと崖を抉り抜き、フィル・ボルグの中枢へと一直線に通じる新たな道を大地に刻み付けた。
†
その時、“帝城”にて今上帝を前にした閲兵式は恙なく終了しようとしていた。閲兵式を終え、帝が中央皇城の宮中に引き返そうとしたその時、北の方角から伸びた一条の光が中央皇城を撃ち抜いた。
真っ先に行動を起こしたのは金色の仮面を着けた“黄金”アラン・スミス=ゴルドだ。彼は自身の隣に跪いた愛機の腕を駆けあがると頸部に開いた操縦席隔壁の内へと身を躍らせる。操縦席に身を預けたアランは機体を稼働させ騎体を起き上がらせた。
“黄金”の騎体の周囲で、操縦者の搭乗した黒騎士のSF達が次々に立ち上がっていく。
「“円卓”各騎へ通達、中央皇城が正体不明の攻撃を受けた。これより私は攻撃の発された方角への強攻偵察を行う。“灰褐”、“瑠璃”、“菫”そなたらは帝室近衛と共に“帝城”の防衛を、“紅”、“蒼”、卿ら両名は私と共に強攻偵察を、それ以外の者は“雪白”を中心に主上の安否確認と御身の保護を命ずる。往け」
金黒の騎士騎は命令と共に大剣を一閃、“黄金”の命ずるままに“円卓”は弓から放たれた矢のように広場から四方へと散って行った。
その場に残ったのは金黒と紅黒、蒼黒の三騎のみ、“円卓”の中心たる“黄金”は二騎の騎士騎を従え、北へと通ずる“帝城”の大路を走り出した。
“帝城”を北に抜け、草原の只中に入り人目も無くなった頃、紅黒のSFからアランの機体に向け通信が送られてくる。
『で、大将? 本当に強攻偵察なんて面倒をするのかい?』
『茶化すな、アガサ。せっかく騎士気取りの阿呆共から離れられたんだ。題目なんて何でも構わんだろうが』
「ヴィータ、ユークリッド。強攻偵察は貴様らに任せる。適当な所で切り上げて構わんが、やるだけはやっておけ。すまんが野暮用でね、私はこれから席を外す」
金黒の騎士騎は左腕を天に掲げる。金黒の騎士騎の左前腕装甲に分割線が走り、露出した内部から赤黒い粒子光が湧き出した。
雲一つない空を巨大な影が覆う。影が晴れたその後には金黒の騎士騎の姿は無く、紅と蒼の騎士騎が残された。
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