第187話 たった一人と一機の戦争
銀色の装甲に包まれた隻腕のSFが大陸樹梢街道を南に、大樹林の外縁に位置する“境界都市”を後ろへと流しつつ、ネミディア連邦とフィル・ボルグ帝政国との国境を駆け抜けて行く。
その機体の背部には銃身の畳まれた長距離狙撃銃が提げられ、腕の無い左肩には一振りの騎剣を吊しており、明らかに武装していた。
押っ取り刀で“境界都市”を発進したネミディア連邦軍国境防衛隊のSFARGUMENT十数機が国境破りを企てた一機のSFを追い掛けて疾走する。始めの内は小隊で追跡していたが、捕縛も攻撃すらもが躱されるうちに、既にその機体の追跡は中隊規模と大きく膨らんでいた。
国境防衛隊機械化部隊の標準装備である突撃銃の銃口を突き出し、装備した武装を構えようともしない隻腕の機体へと筒先を向け、次々と絶え間ない発砲を加え始める。
国境防衛隊のSFの構えた銃口から硝煙を纏った弾丸が解き放たれた刹那、攻撃目標である隻腕のSFの腰部左右と腰背部、武装懸架下部に接続されていた三枚の装甲が分離し飛翔、編隊を組んで機体後背に展開し、国境防衛隊のSFの攻撃の射線上に装甲面を立て弾丸の進路を塞ぐ。しかし、その本体たる隻腕のSFは自律防御を開始した装甲群の行動に頼る事無く、後方を一瞥すらせずに自身に向けて放たれた弾丸の数々を最小限の動作で回避し駆け抜けていった。
その日、当番任務に就いていたネミディア連邦軍南部国境防衛隊所属第11中隊の隊員の一人、クルーソー軍曹が隻腕のSFの機動力に舌を巻き、思わず悪態を吐く。
『クソッ!? なんて雑務傭兵だ!! これだけの銃撃を、こちらに意識した風でも無く避け続けやがる!!』
口汚く吐き捨てる声に部隊間通信から上官であるストーンズ曹長の落ち着いた声が嗜めた。
『落ち着け、クルーソー軍曹。奴の機体の様子を見るに、こちらの攻撃が通用しているとは思えん。それ自体は確かに異常な事だ。しかし、奴の進路をよく確認しろ』
ストーンズ曹長の落ち着いた声に促されたクルーソーはレーダー上で隻腕のSFの進路上を確認する。直進する隻腕のSFの進路、つまり追跡する部隊の数㎞先には境界都市内での隊員間の事前ブリーフィングで通達のあった対フィル・ボルグ用防衛設備として整備された対SF指向性地雷の敷設地帯が危険地帯としてマーキングされ表示されていた。
『奴を待ち受けるのは渓谷に擬装した虎の子の対SF指向性地雷の敷設された設置罠地帯だ。例えあれがフィル・ボルグの手先だろうと、一基数千、総数にして十万を優に超える超硬化処理陶製ベアリング弾の雪崩を避けきる事など出来はせんさ』
『ですが、ストーンズ曹長、こうもこちらの攻撃が通用しないところを見ると、万が一。ということもあり得るのでは?』
クルーソーは尚も訝しみ、ストーンズへと反論する。ストーンズはクルーソーの疑念を笑い飛ばした。
『それこそありえん。もし、あの設置罠地帯を無傷で通過できるなら、むしろ見てみたいものだな』
『クルーソー、ストーンズ、無駄口はそこまでだ。そろそろ例の設置罠地帯となる。こちらの追跡はその手前で停止だ。総員近接信管弾装填、後衛四機は無反動砲の使用も解禁とする。直接奴に攻撃が通らないとしても、出来るだけ追立てるぞ!』
国境防衛隊の前衛が散開、後方に控えていた他より重装備をした四機のARGUMENTが突撃銃をその場に投棄、背部に折り畳まれていた無反動砲の砲身を展開し筒先を並べて砲撃を開始する。
炎の尾を引く砲弾が、空を裂く弾丸が隻腕の機体の背へと殺到した。
†
地面の上を滑るように脚部機動装輪で疾駆する“救世の光神”は器用にも自機への直撃弾のみを選択するかのように、後方からの攻撃を最小限の機動を繰り返し躱していく。
通常弾に混ざり、機体の至近に到達すると同時に空中で炸裂する弾丸や砲弾も現れるも、どうやっても躱せそうに思えない至近距離での弾丸の爆発の数々すら、どのタイミングで炸裂するのかを、少年は事前に知っていたかの様に察知し避け続けた。
敵対関係にある隣国との緩衝地帯を疾走する“救世の光神の視界に、街道が延びて行く渓谷の入り口が峻厳な異様を顕す。
その渓谷は深く、蛇がのた打つように幾度も曲がりくねっており、道の先全てを見通すことは出来なかった。“境界都市”からフィル・ボルグ帝政国へと、南に延びる公式の街道はこの道唯一つであり、その渓谷が表向きには緩衝地帯であると共に要撃地帯である事など、深く考えずともジョンにも推測することは出来ていた。
「簡易神王機構、脚部機動装輪を最高速、最大戦速で目の前の渓谷を突っ切る! きっと何か設置されてるはずだから周辺警戒を厳に」
『了解しました、ご主人様。哨戒範囲を最大に設定、光輪状機動装輪を最大加速します。ところでご主人様、狩猟団の皆さんへの連絡をせずにこうした行動を起こしてもよろしかったのでしょうか?』
ジョンは簡易神王機構の問い掛けに、操縦桿とフットペダルを小刻みに操作しながら返す。“救世の光神”を標的とした弾丸と砲弾を載せた追い風は止む事無く、今も猶、少年の操るSFを貫かんと迫り続け、隻腕のSFはそれを尽く躱し続けていた。
「狩猟団の皆に連絡は出来ない、だってこれはただの僕の私怨だ。みんなを巻き込むわけにはいかないよ。でも、雑務傭兵として登録した時は教国滞在中だけだったはずの期間が、まさかまだ有効だったなんてね。今はまあ、助かったな、合法的にガードナーの皆との繋がりを誤魔化せるんだから」
ジョンは左手を操縦桿から離し、パイロットグローブに包まれた掌を見詰めてぎりぎりと音がするほど強く強く拳を握り締める。
「アイツは無遠慮に踏み込んで来て、“樹林都市”の避難民の皆を巻き込んだ。……僕も、一因ではあるけれど、なら、皆が受けた痛みを万分の一でも分からせてやらないと、でも、アイツと同じ様にはしたくない。真っ当な道から、真正面から向かって行きたいんだ」
『ご主人様、そろそろフィル・ボルグへと抜ける渓谷道に突入します。整地も満足ではないようですので、衝撃に備えてください』
ジョンは機体の制御システムの機械音声に一つ頷くと、機体に命令を出す。
「……うん、そうだ。簡易神王機構、自律機動攻撃兵器を機体に戻して、左肩の一基に刃を形成、量子刃形成騎剣をいつでも抜き打ち出来るように」
『承りました、ご主人様。自律機動攻撃兵器各基、所定部位に帰還、接続完了。続けて左肩部自律機動攻撃兵器に量子刃と柄を形成します』
操縦者の命令を全うし、機体制御システムは随伴していた自律機動攻撃兵器を機体の元に呼び戻し、
「設置罠に騎剣は必要ないだろうけど、それだけで終わってくれる気がしないな……。なんせ僕は鋼獣達にも異様に好かれているみたいだからね」
隻腕のSFは背後からの銃撃にその身を曝したまま、渓谷へと続くその道に突入していった。
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