第185話 追い駆ける途上に
ガードナー私設狩猟団の二台のSF搬送車が大陸樹梢街道の舗装路面を南へと駆けていく。一団が追いかけている先行する隻腕の機体と、それを操る少年は既に次の衛星都市へと辿り着いているであろう頃、柔らかな金色の髪の少女、エリステラ・ミランダ=ガードナーは自らのSF“森妖精の姫君”の操縦席でその光景を目撃することとなった。
先行した避難民を伴うジョンとは違い、狩猟団のSFの四機とそれを後部懸架整備台に搭載したSF搬送車二台で構成されたエリステラ達の一行は気をつける事も少なく身軽な彼女達は先行する彼等の速度から推測し、およそ一日ほどまでに距離を詰めている。
エリステラ達の一行は搬送車に随伴する四機のSFでローテーションを組み、半日ごとに機体を出して搬送車二台の周辺警戒を行っており、エリステラが担当となっていた昼下がりのその時、目指す先である大陸樹梢街道の南の方角にて唐突に異変としか呼べない出来事が発生した。
視界の先で不自然な銀色と赤のまだら模様の輝く半球が刹那の内に大きく膨れ上がる。次の瞬間には急速に萎み、見えなくなったかと思うと猛烈な暴風が吹き付けてきた。
「“シャーリィ”、“TRISTAN”限定解除、砲身機関部反応炉開放、変性分子機械放出開始、分子機械結晶化! 結晶崩壊速度を加速、分子機械粒子防御膜最大展開」
『Yes your mistress』
エリステラは“森妖精の姫君”を、暴風に曝され転がりそうになった二台のSF搬送車の前に飛び出させると専用大型狙撃銃を近接攻撃形態へと変形、分子機械結晶の刃を前方に突き出し粒子防御膜を展開させる。円錐状に広がった分子機械粒子の障壁は走行を止めた二台のSF搬送車を吹き付ける暴風の威力から完全に守り切った。暴風をやり過ごすと、展開変形した専用大型狙撃銃を貫くように形成された分子機械結晶が空中に溶けるようにその形を喪失し消えてなくなると専用大型狙撃銃は通常の大型狙撃銃の姿を取り戻し機体側面から背部へと可動する。
「レナ、ジェーンさん、レビンさん! 皆さん、ご無事ですか!?」
機体の通信回線が少女の声を届かせると二台のSF搬送車それぞれから、SF部隊隊員の声が返ってきた。
『搬送車一号車、レナだよ。大丈夫よ、エリス。こっちはみんな、とりあえず大きなケガをした人はいないよ。二号車の方、そっちはどうなの?』
『ああ、隊長殿、二号車、レビン=レスターです。こちらも一号車と同じく。ですが、見た所、怪我らしい怪我はないが客室で仮眠中だった整備班のケイ=グラスマンがベッドから落下したそうです』
「はぅ、良かったです。いえ、ケイさんに関してはよくありませんけれど。あ、声が聞こえませんが、ジェーンさんはどうしました?」
安堵の息を吐いた少女の疑問に答えるように僚機のSF一機との間に新たに回線が開かれ、ディスプレイに怜悧な容貌の年嵩の黒髪の少女を映し出す。
『エリステラ、私はこちら、一号車後部懸架整備台上の新造機体の操縦席内ですわ。次の衛星都市到着までには時間があったので、制御システムの調整をしていました』
かつて“07《ゼロセヴン》”の数字で呼ばれていた少女ジェーン=ドゥは、“森妖精の姫君”のコクピットに表示されている通信回線の向こうでコクピットの分割型コンソールに置いた指を躍らせたまま言葉を紡ぎ続けた。
『この機体は急造の上に調整不足です。こういう時間も使わなければ完成させられません。そうそう、先程の衝撃波ですが、あれは極小攻性粒子間の反発によるようです。この機体の素体は例の古代兵器、センサー類に関しては現行最新鋭機のそれを遥かに凌駕していますので、こういった解析も可能なのです』
同回線を通じて“森妖精の姫君”に解析情報が送られてくる。それは極短時間の内に収集されたにしてはあまりにも膨大なデータの羅列だ。目を丸くするエリステラが読み取れる範囲の内容でも、それが先程の暴風を発生させた原因に関する物であるという事だけは見て取ることが出来る。少女は呆然と問い掛けをこぼしていた。
「これは? どういう事なんですか?」
『おそらく衝撃波の原因の一方は、あの子、ジョン=ドゥの“救世の光神”の量子機械です。ですが、もう一方は……、“救世の光神”と同種の、私も知らない量子機械。それが何かは解りませんが、“銀色の左腕”と同種の量子機械兵器が関連している事と推測できます』
エリステラはジェーンの言葉を耳にした途端、焦燥に駆られ、ガードナー私設狩猟団の二台のSF搬送車を置き去りに、“森妖精の姫君”の脚部機動装輪を展開しジョンの存在するであろう街道の先に向かって走り出す。
「ジョンさん!!」
†
半球状に抉れた広大なクレーターの底に隻腕のSFの姿はあった。一振りの騎剣は機体の前で地に突き立ち、四基の自律機動攻撃兵器は騎剣の姿となって機体の元に返っている。少年が自機の頭部を巡らせても、機体の周囲には“救世の光神”が取り落とした長距離狙撃銃の他には、“救世の光神”に由来するもの以外には何も無い、それは量子機械の粒子光に分解される事無く容を保つ事の出来るものがおよそ存在していない事を示していた。
隻腕のSF“救世の光神”の周囲に分子機械の黒雲が無数に沸き上がる。
「なんだ、僕には感傷に浸る間もくれないのか」
無数の黒雲から人型の四肢を持つフォモール、ナイト種が、獣の姿そのもののポーン種が、翼を持つビショップ種が生まれ出でて牙を、武器を、嘴を隻腕のSFただ一機に向け、突き立てんとした。
「“簡易神王機構”、自律機動攻撃兵器の制御は君に。今は刃で斬り裂く感触が、それだけが酷く恋しいよ」
『了承致しました、ご主人様。露払いはお任せください』
眼前に突き立った騎剣の柄を“救世の光神”の右手が掴む。
「僕は、護りたかった。なのに、なんで、こんな」
『ご主人様……』
最初からほぼ無いも同然だったフォモールとの距離を、隻腕のSFは自ら縮め、肉薄していった。一つ、二つと刃が閃く、銀閃が走った痕には汚泥へと返ったフォモールの骸が同じ数だけ残される。やがてその場には、隻腕のSF以外に動くものは一つとして無くなった。隻腕のSFが動きを止めたその時、鋼獣の骸が変じた汚泥が頭部に跳ね、“救世の光神”の顔面に涙のような一筋の線が塗りつけられた。
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