第183話 境界都市への途
ガードナーを発した避難民の車列は、吶喊作業による幾つかの車両の不具合等もあり、街道を行く通常の隊商や旅人達の車両よりも、より多くの時間を掛けて“境界都市”へと進んで来た。
翼を生やした生物の物と思しき大きな影が、“樹林都市”から数えて、一つ目の衛星都市に辿り着こうとした避難民の車列の上をゆっくりと通り過ぎた。同時に隻腕のSFを操る少年は自身に向けられた不躾な視線を感じ、“救世の光神”の頭部を巡らせて、上空を通り過ぎていく不自然な巨影へと視線を投げる。上空を通り過ぎようとするのは巨大な飛行型フォモールだ。しかし、通常の飛行型フォモールとは反応が異なり、“救世の光神”のレーダーはその存在が頭上を通過しようとするまで捉えられず、それの接近を事前に察知することが出来無かったジョンは、知らぬ間に自身が後手に回ってしまっている事に気付く。
不躾な視線を送って来る何者かと、隻腕のSFを繰る少年の視線が交差し、巨大なフォモールの背に乗っていた何かが躊躇なくその背から空中に身を投げた。
「……あっ!?」
ジョンへ、“救世の光神”へと視線を送っていた者は黒の装甲に身を包む人型機動兵器であり、その操縦席に身を置く者だと知れる。咄嗟にそれを見て取った少年は気Kタイの外部スピーカーを起動、避難民に指示を飛ばし、衛星都市の都市街門へと車列を急かした。
「みんな、早く都市に向かって!! あれは、……なんかヤバい!!」
陽光を背負い、陰の色に機体の黒を濃くした機体は空中で背に負った飾り気のないSF用の大剣を抜剣、両手できつく握り締めると落下速度を刃に載せ、機体そのものが縦に回転する程に勢いよく大剣を斬り下ろす。“救世の光神”は右手で左肩の量子刃形成騎剣を掴み取ると、右肩、腰部の左右と背部にそれぞれ装備する四基の騎剣を自律機動攻撃兵器として解き放った。右手に掴んだ量子刃形成騎剣を“イチイの神樹”へと変じさせ量子誘因増幅器モードを起動し天に翳し、自律機動攻撃兵器の刃を解除して量子機械として放出、掌盾形態をとらせ、目の前の衛星都市と周辺の大樹林、街道を余さず覆う強力な粒子防御膜を瞬時に展開する。
黒影は地上に達する寸前に速度を倍増させ、SFの身長を超す長さの大剣の刃を“救世の光神”が頭上に展開した粒子防御膜へと叩きつけた。大剣の剣身もまた、何らかのエネルギーを纏っていたのか、粒子膜と刃の間に小規模な爆発と共に幾つもの火花が散り、大剣の動きに任せた黒の機体の回転が停止する。黒の機体はその一撃に拘泥することなく左手を大剣の柄から離し、身をひねると後方へ飛び退いた。
『この程度、防いでくれるだろうさ、なぁ、“08”』
機械と金属の塊でありながら黒のSFは機体重量を感じさせず、軽やかに街道の舗装路面に着地するとそれを操る者は“救世の光神”へとそう声を放つ。
飛び退き逃れた機体はフィルボルグ製のSF、“AVENGER”のような黒の装甲を持ち、鈍重そうな金で縁取りされた全身甲冑を纏う。しかし、“AVENGER”とは違い、その肩部にはどちらにも可動腕式攻性防盾は無く、“AVENGER”の前世代騎である“REVENGER”のものにより近い姿をしていた。
少年はその声に応えず無言のままに掌盾形態自律機動攻撃兵器を追従させる隻腕のSFを操り、機体踵部に光輪状脚部機動装輪を展開、跳び退った敵機を追って機体を加速させ、イチイの葉状結晶を剣身に纏った量子刃形成騎剣が機体の左脇から弧を描いて宙を走る。
金黒の機体は右手に握った大剣の柄を回して刃を跳ね上げ、針のような形状の結晶に覆われた“救世の光神”の騎剣を下から打ち上げようとした。ジョンは光輪状脚部機動装輪を瞬時に逆回転させて機体を急停止、地を蹴って右にステップし、大剣の斬撃線上から紙一重に機体を退避させる。だが、金黒のSFはそこで止まらず、頭上に跳ね上げた大剣の柄に左手を添えると力任せに袈裟掛けに斬り下した。
「ああああああああ!」
頭頂から迫る刃に、ジョンは思わず声を漏らし、掌盾形態自律機動攻撃兵器四基全てが“救世の光神”と金黒の機体の刃の間に飛び込んで割り込み、翼状の量子機械刃を発生させ大剣の刃へ次々に打ち付けると、剣の軌道を僅かに狂わせる。隻腕のSFは脚部機動装輪を作動させ、金黒のSFの大剣の間合いの内側に飛び込んだ。
『ふむ、よくぞ踏み込んだ。だが、剣鞘射出』
遠心力のままに金黒のSFの左脇に回った大剣の柄と剣身との間に白煙を上げて小さな爆発が発生、大剣の剣身を置き去りに柄が跳ね上がり、大剣の内部に隠されていたもう一つの細身の刃が、金黒のSFの懐に踏み込んだ隻腕のSFの胴を横合いから薙ぎ払った。
“救世の光神”は胴に撃ち込まれた斬撃に身を割られることこそは無かったが、ただ、その斬撃の鋭さに街道の舗装面を転がされる。地を転がる衝撃に右手の握力が緩み、量子刃形成騎剣が隻腕のSFの手から離れていた。
『これで斬れぬとは、存外堅いものだな、貴様の機体は。どうした、それで終いか“08? 起きぬならば、そのままそこで見ているといい。貴様の護ろうとした者達が、より多くのものを巻き込みながらそこの都市ごと滅んでいく様を』
そう言うと、“救世の光神”への興味を失った様子で衛星都市の方へと向き直り、金黒のSFは細身の剣を地に突き立った大剣の剣身に戻す。元の飾り気のない大剣に戻った剣を機体背部へと背負いなおした。金黒のSFを覆う全身の装甲がポップアップし、装甲表面に無数の分割線が走り、内部から紅い粒子光が溢れ出し始め、金黒の機体内部から溢れ出す粒子の圧力にSFが地上から浮き上がる。
『集え、城砦の獣、そして、喰らえ、我が意のままに』
最初に現われたのは金黒のSFをこの場に連れてきたもの、紅い粒子光に纏わりつかれた巨影の主、そして、次々に紅い粒子光に纏わりつかれた獣が、地面から湧き出す様に出現し始めた。
『御主人様! 御主人様! 御主人様! ルーク種、反応多数発生!! このままではあの都市は!!』
“救世の光神”の操縦席に簡易神王機構の機械音声が幾度も響く。だが、それを受け止めるべき少年は朦朧とした意識のまま返事を返さず、ただ、操縦桿に触れた指先に力を篭めていた。
街道沿いの小さな衛星都市は、それからほどなくして焔に巻かれる事となる。
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