第177話 それでもこの手に光を、と
惑星に環境保全分子機械群により生命が繁栄し、そこに至るまでに経過した年月は既に十数万年、その頃、航宙艦“樹林都市”は外宇宙から飛来した隕石をその外装の上に纏わらせ擬装を施していたが、永い年月の経過は擬装としていたはずの隕石外殻を肥大させるように無数の隕石が衝突、その外観は最早、巨大な岩塊としか思えない姿となっていた。
ある時、飛来した膨大な数の隕石群が惑星地表に向かって落ち始め、遂に航宙艦“樹林都市”はその隕石群に紛れて地上へと降下を開始する。
「惑星の大気組成に母星人類の生命維持に問題が大きな問題が無い事を確認した“樹林都市”は、地表に降りるタイミングを見計らっていたんだろうね。この隕石群の存在は“樹林都市”にとって渡りに船といえた。だが、というべきか、だからこそというべきか、静止衛星軌道に留まっていた“樹林都市”は、惑星上でも緑のない場所、その頃にも残っていた砂漠地帯を着地点と定めたようだよ。もちろん、環境保全分子機械群に敵対存在と目をつけられないように大気圏に突入した隕石のふりをしてね」
映像の中、無数の巨大な岩塊が大気の中で赤く燃えて流星の様に尾を引いていた。隕石群が地表に到達した際の影響を危険視したのか、環境保全分子機械群が黒雲状の姿のままに赤熱する岩塊に纏わり、それは“樹林都市”の岩石外殻にも纏わりついて外殻に籠った高熱を放散、地表衝突時の衝撃を減少させようとしていた。“樹林都市”は広大な砂地の中央に着陸し、その勢いが消えていないことを装ったまま、砂中深くへと自ら埋没していく。
「地表に到達した“樹林都市”の内部で、住民たちの時間停止睡眠が段階的に解除されていった。僕の祖先である人間擬きガードナーによってね」
アーヴィングによく似た男性が、天蓋を開いた時間停止睡眠ポッドから身体を起こした人々に手を差し伸べ、今現在、アーヴィングやダスティン、ガードナー私設狩猟団の職員達の居るこの場所に目覚めた人々を集めて、彼等へと覚醒した経緯を説明する様子が映し出されていた。
「まず行ったのは、地上の探査だ。大気組成には“樹林都市”の住民の生命維持に関わる問題が無いといっても、危険な生物の有無や地上の詳細な地形の探索は何を行うにしても重要な事だと言える。だけどね、それを実行に移した事は多分間違いだった」
人間擬きガードナーは、住民の中から志願者を募った。男性と女性をそれぞれ同数となるように、ガードナーから住民である人間達への敬意の表れとしても、地上で初めて足を踏みしめる者は人間であるべきと、そうした考えのもとに選ばれたのは当時の都市運営の重鎮たちの子息令嬢たちだった。
「当時にもSFというか、あれに準じた人型兵器が存在していたようでね。ほら、人が乗り込んでいくだろう? あの人型を用いて地上の探査は開始された」
映像に映し出されていたのは、SFの装甲を排除した骨組みのみとしか見えない機体だ。男女数名の人物がその機体に搭乗し起動した直後、骨組みのみの機体は粒子光を纏い、その粒子を物質化させた装甲に鎧われて機体群は地上へと進み出た。
そこで彼らが目にしたものは広大な砂の海、そして、母星のものとさして変わらない見た目をした生物の姿だった。そこで終わっていれば、それで良かった。だが、そうはならず、彼等の操る機体からの通信は映像も発せられず、音声データさえ遺されなかった。
彼らの扱う機体、そしてそれを動かす人間の存在、それらは既に環境保全分子機械群にとっての破壊対象と看做されていたのである。
「最初の探索隊は、この都市を発って僅か数日で通信が途絶、重要と言える報告すらなく、一人として生存者も居なかったみたいだ。だが、最初の隊がそうした結末を辿ったとしても、それで諦められるほど人間というものは賢い存在とはいえないものでね。第二、第三と探索隊は結成され、次々と送り出されていったようだね」
彼等の探索はとても順調とは言えず、だが、試行錯誤を重ねながら延々と繰り返された。送り出せど戻ってくるものは無く、見通しの付かない地上探索に果ては都市内の治安さえもが悪化していく。“樹林都市”は都市内に引き籠ろうとする大多数の者達と、それでも地上を目指そうとする少数の者達とに二分され、人間擬きガードナーは住民達の生活を維持するため、宇宙にあった頃と同じように都市運営に注力せざるを得なくなっていた。
「それでもある日、地上から戻って来る者が現れた。探索の際に搭乗した機体のままね。都市に残されていた住民達は歓喜をもって凱旋したものを出迎えたのさ。それが齎す恐ろしいものに気付くことなくね」
砂に塗れた骨組みを思わせる機体から降りてきた操縦者は、都市に足を着いたその瞬間に人の姿を失い灰の様に砕け散る。その寸前まで操縦者とは通信での会話があり、受け答えの様からもその操縦者は、知人により間違いなく当人であることが、人間であることが確認されていた。その場に居合わせた住民達は重篤な症状を引き起こす正体不明の病を発症、都市には急速に恐ろしい病魔が蔓延していく。独立した航宙艦として宇宙を旅するための高度な医療技術を誇る“樹林都市”の技術をもってしてもその病を治療することは出来ず、都市に住まう人間達は、最初にその病を都市に持ち込んだ操縦者と同じく遺体すら残さない灰と化して次々にその命を落としていった。
環境保全分子機械群というこの惑星に満ち満ちた目に見えざる支配者によってその操縦者は侵されていたのだ。病原と断定しても千変万化に形質を変え、人体を侵していく環境保全分子機械群には何を用いても治療に意味は無く、分子機械を排除しようとしても、環境保全分子機械群の獲得した他の分子機械への毒性が先に発揮され、“樹林都市”の用いる分子機械の効果を受け付けなくしてしまう。
それ以降、“樹林都市”は都市内の人間という種を生存させるためにありとあらゆる方策を取り始めた。
その過程で、都市内の人間達はある事に気が付く。人により生み出され、人と同じ姿を持ち、人と同じ様に思考し、だが、生命に人のような果てを持たないその存在、人間擬きのみは、環境保全分子機械群という人にとっての毒の中でも何の影響を受けることなく活動できるという事実に。
それから行われたのは、主人であった人間を、使役者である人間擬きへと組み替え、造り替える禁忌とされる技術の行使だ。
完全とするために環境保全分子機械群さえ取り込んで生み出された人間擬きは生殖能力さえ制限されず、時経る内に絶滅という運命への対抗策としてCOUNTERFATEと呼ばれるようになる。
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