第176話 永久の果て、地に満ちる
六芒星形の大盾と一体化した右腕を持つSFが、“樹林都市”の焼け落ちた街並みの中に片膝を着いている。
機械の頭部を前方に倒し、首の付け根に隠されていたコクピット搭乗口を開放したセドリック専用のSF“帰依者”の背後には、“樹林都市”の街の建築物で唯一焼け残ったガードナー私設狩猟団の団本拠が見えていた。
街並みを取り巻いていた炎は鎮火し、既に炭化した建材からも煙一筋すら立ち昇ってはいない。SFの装甲を纏ったフォモールの処理を終えた少女公王の執事は、SFに搭乗したまま焼け落ちた街を一巡して機体に搭載されたレーダーで周辺を探査し、敵対存在の動体反応がない事を確認した今は機体から降り、地に足をつけていた。
機体を降りたセドリックは残骸の氾濫する街並みを歩き、僅かな可能性に欠けて生存者の存在を捜索する。人一人の目視での捜索は、そう捗る事は無かったが、それでも、建物内に遺体を見つけた際は、遺体の付近にある建物の壁面や柱に拾った石で線を引き標を刻み付けていった。
ガードナー私設狩猟団の団本拠の前に戻ってきたセドリックは“帰依者”の足元に近付くと脚部装甲を開き、その内側の簡易格納庫に仕舞っていた数個のアタッシュケース状のサバイバルキットを取り出すと、飲料水のボトルを一本手に取り一息に呷る。戦闘糧食も収められているアタッシュケースを手に機体の脚部装甲を元に戻した。
「……ふう。だが、凄いな、この街は。街中の破壊規模の割に、直接被害を受けたであろう住民の数があまりに少ない。深夜であったにも拘らず緊急避難所への迅速な避難がなされたとみえる」
SFの装甲を纏ったフォモールは既に汚泥へと変わっており、地上に広がった汚泥からは、SFの装甲を纏っていた名残さえ見受けられない。セドリックはアタッシュケースを掴んだまま、再度自機のコクピットに搭乗、街壁の外へと機体を進ませた。
街壁の外を一巡りし、大陸樹幹街道へと繋がる正門側へ回ったセドリックは“帰依者”の頭部を起こす。視界の先、遥か遠方に1機のSFと1台のSF搬送車の姿を見て取ったセドリックは、機体の頭部を可動させて上空を見上げ、光学迷彩を作動させているであろう自身の主人が乗る竜機の姿を探した。
空を見上げる機体の捉えた映像に、不自然な煌きが瞬くように映りこむ。セドリックは六芒星形の大盾と一体化した右腕を持つSFに臣下の礼を取らせ、降りてくる竜の機体へと傅いた。
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ダスティンは団長から視線を外し、共にこの場に下りてきたガードナー私設狩猟団の職員達の顔を窺う。多くは目の前の映像とアーヴィングの解説に目と耳を奪われている様子だったが、二人程、映像から目を離し、アーヴィングかダスティンのどちらかへとちらちらと視線を送っているものがいた。
多くの視線が集まっている映像では、爆散する航宙艦から粒子が空の上に拡がっていき、惑星を包んでいく様が映し出されている。
「この分子機械がいけなかった。端的に言ってしまえば、結局、これこそが、僕らのよく知る獣の姿を持つフォモールを生み出し、その果てに君ら第二世代型の人間擬きが誕生したんだ」
技師長はゆっくりと視線を巡らしている職員の片方へ近付いて行った。おどおどとした様子の女性職員は瞳を潤ませてダスティンを見上げ、技師長は大きな手で彼女の頭を軽く優しく叩く。
「……ほれ、お前もあっち見てろ。なんかの役に立つかもしれんさ」
ダスティンはアーヴィングを指さし、その職員に背後の映像へと目を向けさせた。アーヴィングの解説は止まず、映像では粒子に侵食された黒雲の群が大気に溶けるように消えて行く。
「航宙艦“樹林都市”は静止軌道上からその様子を見ていたようだね。こうして記録として保存する事も忘れずに。この時に環境保全分子機械群が全て滅びていれば、また話は変わっていただろう。だが、そうはならなかった」
映像の中では、瞬く間に数世紀の時が流れていた。粒子に侵食され、溶けるように消えていた環境保全分子機械は、静かに粒子への反抗を始める。途方もない年月を掛けながらその全てが溶け消えようとしていた環境保全分子機械がある時期を境に再度爆発的に増殖を開始した。
「この環境保全分子機械にはね。自己保存の命令が与えらえていたようだよ。もし、惑星の自然環境に意図しない異変が発生した時の為だったのだと思うけれど、環境保全の為に分子機械として自己保存を行い、その上で環境が静まった頃を見計らい惑星環境を改造するという目的を達成させるためにね。流石に自己進化までを許すことは無かったようだけれど、この映像を見るに、それも意味は無かったのだろうね」
航宙艦の放出した分子機械が他の分子機械を分解し消滅させる能力にのみ特化しておらず、自己増殖の機能を与えられていたならば、この結果は違うものとなっただろう。しかし、人の放った分子機械は自己増殖の機能を持たず、自己を改変する事も無かった。環境保全分子機械群は航宙艦の分解消滅分子機械へ対抗するため、黒雲状の姿から薄く大気の中に広がり、惑星の空に拡散されながら自己増殖を行う。
「こうして、自己保存を果たすために環境保全分子機械は自己の機能の内、環境改変を行う為の機能を自身である分子機械に適用、それは与えられていなかった筈の自己進化、自己改変を環境保全分子機械に与える事となったようだ」
膨大な数に膨れ上がった環境保全分子機械は自らを分解消滅分子機械に自ずから分解させる囮となるグループと、囮となった自己が分解されるに至った経緯や作用、理由を解析し分解消滅分子機械への対抗を果たすためのグループへと大まかに二つに分けた。始めは二つだった環境保全分子機械のグループは次第に数え切れない程に細分化され、互いに集中と淘汰、統合と離別を繰り返し、原始的な生命と呼べるものへと変わっていく。
そうなったそもそもの原因である分解消滅分子機械は、共に祖を同じくする分子機械であったことを糸口に無毒化もされぬままに環境保全分子機械に取り込まれ、遂にはただの一機能として環境保全分子機械に統合されていた。
航宙艦“樹林都市”は静止軌道上に留まって地上の観測を続け、“樹林都市”と同型の航宙艦群が宇宙から降下することがなくなり、更に数万年の時が流れる。
地上には環境保全分子機械の進化の果て、鋼色の動植物に満ち、僅かに残っていたその惑星に元から存在していた動植物を造り替えながら、分子機械としての使命のままに惑星環境の母星環境化改造を進めていった。
お読みいただきありがとうございます。
あれ、おかしいぞこのシーンこんな長くならずに終わるはずが、次回でこの世界の人間についての設定は語り終える…………といいなあ。




