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第173話 世界に光を齎したもの

 アーヴィングは身体の前で手を組み、材質不明の透明な壁に隔離された眼前のそれを見上げていた。そこに存在していたのは極限まで成長した古い天地を支える柱と見紛う大樹、幹のそこここから垂れ下がる細枝は、鼓動の様に脈打つ光を放つ結晶体を幾つも、果実の様に実らせている。大樹の周囲には数本の金属性作業可動腕(アーム)が地面から伸びており、成長した結晶体を摘み取り、ベルトコンベアのような装置に積載させ、アーヴィングらガードナー私設狩猟団の者達から見えない何処かへと流していた。アーヴィングの言を信じるならばこの結晶体こそがリア・ファルという事なのだろう。


「これがそうなのかよ、大将?」


 ダスティンは初めて見る周囲の光景に息を呑みながら、立ち尽くしていた身体を動かすとアーヴィング・エルド・ガードナーの隣に並び、老紳士の横顔に話し掛けた。


「そう、あそこに生っている結晶体がリア・ファルさ。そういえばダスティン、君は知っていたかい? リア・ファル、あの結晶体がなにに反応して、SF(スカウト・フレーム)なんていう兵器を動かすのに余りある膨大なエネルギーを発生させているのか?」


「……こりゃ、あくまで私見だ、正しいか間違ってるかなんてのは置いといてもらうが、俺が考えるにリア・ファルって結晶体は自分に近付く人間に反応してるんじゃねぇかと思うぜ。師匠から昔、露出したリア・ファルには近付いちゃならねえって耳にタコができるくらいに注意されたしよ。それに……」


 ダスティンは着けっぱなしの機械油で汚れた作業手袋で鼻を擦り、両腕を組んで若い頃の記憶を思い返す。


「それに、俺が軍に居た頃、三十年は前の話だが、……実際に見たのさ。大破したSFの移送中、その機体が整備場の中に入ってから数分後、整備場が爆発しやがったことがあってな。これは事故後の調査で分かったんだが、その機体のリア・ファル反応炉(リアクタ)内部の結晶体密閉容器が破損して、内部の結晶体が露出しちまっていた痕跡が見つかった。俺は事故が起きたその時は偶々(たまたま)、その機体が運び込まれたのとは別の基地の整備場で作業していて難を逃れたんだがよ」


「うん、それで? 何が君にそういう考えにさせたんだい?」


 ダスティンは頭を巡らせ、透明な壁の奥、脈打つ光を放つ結晶体に視線を送る。クマのような大男の頭の隅には、地上で起きている事件への対処をせず、この場でこんな問答を交わしていてよいのかという疑念を抱いたまま、口からは言葉が続いて出ていた。


「軍の整備場だ、SFのな。爆発物や危険物の(たぐい)も当然あったが、仮にも軍の地上にあるウチの格納庫と同等かそれ以上に厳しく管理されてたんでな、万が一にもそれらが原因の事故とは思えなかった。それにな、その頃それなりの立場だった俺が事故現場の検証をさせられたんだが、まだ爆心地に残されたままのSFの残骸に跨がるようにして一人の整備員の死体も残っていた」


 アーヴィングは背後へと視線を送り、ガードナー私設狩猟団の職員の内、ダスティン以外の数名の様子を眺める。


「まあ見れたもんじゃなかった。何せその死体は上半身は炭化、だが下半身は綺麗なままでよ。炭化した上半身と下半身の境目から立ち昇った煙が離れた場所にまで何とも言えないくせえ臭いを漂わせていやがった。だが、その死体こそ、俺がリア・ファルてものが人間に反応しているって考えに至る証拠でもあったのさ」


 ダスティンは知らず自分の記憶に没頭していった。


「そいつの上半身はSFの残骸の腹部の、リア・ファルが露出した反応炉(リアクタ)の裂け目にもぐりこんだ格好になっていてよ。それだけで終わっていたなら、俺も人間に反応しているなんて考えはしなかったんだろうが、まあ、もちろんそれで終わる事は無かった。爆発が収まったんだ。反応炉(リアクタ)内のリア・ファルが励起状態から基底状態に遷移したと普通は考えるもんさ。当時の俺や俺の部下、上司にしたってそう考えたし、だからこそあの状態での現場検証なんて事が提案されたわけだ」


 ガードナー私設狩猟団の整備班技師長は言葉を紡ぐたびに古い記憶へと意識を囚われていく。





 事故直後である外聞もあり、件の事故機体へと生身のままの整備員を接近させるのは流石に(はばか)られた。軍上層部は急遽、高い気密性を持つDSFデミ・スカウト・フレーム、潜水作業仕様VANGUARD(ヴァンガード)を事故現場の検証に用いる事を提案し、若き頃のダスティンはそれを受け入れた。なにより、DSFのコクピットはSFのそれよりも余裕があり、戦闘に用いるのでなければこうした作業にはうってつけであると言える。

 ダスティンはSFパイロット1名と共に気密防護服を着用し、潜水作業仕様VANGUARD(ヴァンガード)に搭乗した。曲りなりにもSF技師である。戦闘を行うわけでない以上、簡易型であれSFの操縦に不安も無かった。しかし、パイロット専属の技術には流石に後れを取る。気の置けないSFパイロット、エレイン・セディアに現場検証に用いるDSF操縦を任せたのは、事故現場の遺留物であるSFの残骸や整備員の遺体をそれ以上損壊させないという目的も在った。


「エレイン、単純な事故現場の調査だが手を抜いてくれるなよ。それから、あそこに残ってるもんはこれ以上壊さんでくれ」


「わかってるよ、ダスティン。あたしに任せて」


「腕は信用してるぞ、もちろんな。だが、お前のその性格はいまいち信頼できん」


「何よ、もう!」


 コクピット内部で軽口をたたき合う一組の男女を乗せ、潜水作業仕様VANGUARD(ヴァンガード)はゆっくりと爆心地に残されたSFの残骸へと接近していく。潜水作業仕様VANGUARD(ヴァンガード)の外観ははのっぺりとした円筒型を幾つか組合わせたものとなっている。機体両側から突き出ている機械腕(マニュピレータ)は通常のDSFにみられる型落ちのSFの腕部を転用したものではなく、簡易式の三本指の指先にセンサーユニットを搭載し海中作業用の塗装も無い金属質剥き出しのものだ。


「対象物に接近完了。……で、どうすんのよ?」


「そうさな、機械腕(マニュピレータ)の内蔵カメラを起動して現場周辺状況の撮影後、残骸周辺の大気組成を分析って所か。カタログ通りなら全部、VANGUARD(コイツ)機械腕(マニュピレータ)内蔵センサーユニットで可能なはずだ」


「ほいほい了解。あ、ねぇ、あれ、あそこに見える死んでる人はどうすんの?」


「冥福でも祈っといてやれ。もちろんそいつも、後で回収する。上からの命令だからな。だがまあ、良いとこ標本扱いだろうよ。冥福を祈ってやれってのはあながち冗談でもねえ」


「そう、イヤな話だね。でも知りもしない人の冥福を祈れるほどあたしは優しくないかな」


 エレインはDSFの両腕を突き出しセンサーユニットのカメラを起動させる。その際のDSFの駆動による振動が原因か、SFの残骸の上にあった整備員の遺体が残骸に開いたままの裂け目の中に吸い込まれるように落ちて行った。残骸はなんの反応も見せず沈黙を保っている。


「あちゃ、しまった。ダスティンちょっと、あの人の身体を引き上げてくるよ。あたしが戻ってくるまでVANGUARD(この子)をお願いね」


「あ、おい、ふざけんな、ちくしょうが!! 


 エレインはコクピットの中で急に立ち上がると、ダスティンの脇を通り抜け、機体後方の気密室に入り込んでいった。そのまま、外部に出たエレインはSFの残骸へ、その爆発を起こした反応炉(リアクタ)に通じる裂け目へと近づいていく。残骸に向けられたDSFのセンサーユニットは、その内部に発生した変化を克明に捉え、コクピットに残るダスティンにデータを押し付けてきた。


「待てエレイン!? 残骸内部にリア・ファルの励起反応が今、急に発生した! 二次爆発の恐れがある!! そこで止まれ!!」


 ダスティンはフットペダルを踏み込み、気密防護服で動きに精彩を欠くエレインを追い越すとわざと機体を転ばせて、エレインの身体を守るように覆い被さった。DSFの両腕は大きく(ひしゃ)げ、直後、発生した残骸の再爆発に機体ごとダスティンは飲み込まれた。


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