第172話 鋼獣の骸の上で
四振りの騎剣が、右腕の騎剣を握った隻腕のSFの許に還ってくる。機体の周囲にはフォモールのなれの果てが汚泥へと姿を変え、大陸樹幹街道の舗装路面を盛大に汚していた。
隻腕のSF、“救世の光神”は髪の毛のように見える銀色の放熱策を生やした頭部を回して周囲を見回す。鋼獣の発生する予兆は無く、木々の間に通された広大な街道に新たな鈍色が生まれることは無かった。
「とりあえず、ここでのフォモールの増援は無い……か、簡易神王機構、僕の知覚外、半径10㎞に敵影がないか索敵をお願い」
『承りました、ご主人様。…………指定範囲に自然生物以外の敵性動体反応、および空気中の偏在分子機械粒子の変動無し、警戒は解かれてもよろしいかと』
「そうだね。うん」
操縦席の少年はそう呟くと機体を操作し、“救世の光神”が右手に掴んでいた騎剣を失われた左腕の代わりとするように左の肩口へと動かし、銀色の金属帯をの指を解いて右の掌を開く。同時に宙を舞い戻ってきた四振りの騎剣は腰部左右、腰背部、右前腕の四か所の定位置に剣身の基部となっている掌盾を接続、量子機械粒子を物質化させた刃を伸ばしたまま騎剣形態から掌盾形態へと変じることなく、機体に固定された。
隻腕のSFの足元に展開されていた光輪状機動装輪が砕け散るように介助され、“救世の光神”の踵が路上に着地する。ジョンは機体ごと振り返ると、後方から接近して来るガードナー私設狩猟団所属のSF搬送車二台に視線を送った。
先頭車両の荷台で片膝をついている女性的な造形のSF、“必中の弓”は、左肩の装甲内蔵型センサーユニットを通常形態に戻し、抱えていた大型銃の銃口を下ろしている。
『ジョンさん、こちらのセンサーにも反応は見られません。後方もクリアですよ。今のうちに“樹林都市”までの距離を詰めましょう』
繋がったままの部隊間での音声通信が、エリステラの声を少年の許に届かせた。ジョンは“救世の光神”の右手を後方のSF搬送車に向けて左右に振り、少女へと返事を送る。
「うん、そうだね。僕の“救世の光神”だけで先行することは出来るけど、それはなんだか違うし」
『そうしていただいても良いとは思います。多分、その方が私たちガードナー私設狩猟団の全員が一斉に戻るよりも早急に、事態の確認と解決をもたらしていただけるとも確信しています。ですが、この目で確認したいという気持ちが、振り払えないのです。それも結局、わたしのわがまま、ですけれど』
「いや、わがままとは違うと思うよ。僕にだってエリスの気持ちを想像はできるから」
自嘲気味にささやかれたエリステラの言葉を、ジョンは慌てた様子で否定する。それを遮るように、もう一人の少女の声が少年の耳を劈いた。その甲高い声の持ち主はエリステラの親友であり、ガードナー私設狩猟団SF部隊隊員の一員でもあるレナ=カヤハワという少女である。
『あたりまえでしょ! あんた一人で行って何の意味があるのよ! エリスのお爺様に何があったのか、誰よりも知りたいのはエリスなんだからね!!』
ジョンはレナの言葉に苦笑いし、黒髪の少女の露わにしているであろう友人の為の怒り顔を思い浮かべて、口元に柔らかな笑みを浮かべた。
「うん、それもそうだ。なら出来るだけ急ごう。このペースだと“樹林都市”まで、あと二、三日は掛かりそうだからさ」
少年は仲間達の乗るSF搬送車の到来を待ちわびながら、数時間前の出来事を反芻する。彼らガードナー私設狩猟団の面々があの衛星都市から慌ただしく出発することとなったその報せを思い返していた。
†
ジョンはガレージに併設された一室に、ガードナー私設狩猟団の隊商警備班のSFパイロットや整備班の人員に、後から合流したエリステラ、レナ、ファルアリスの三名を加えて集め、自身の機体、“銀腕の救世者”に起こった事態について、自らの把握する限りの解説を行おうとしていた。
「みんな、集まってくれてありがとう。じゃ、これから僕の機体に起こったことについて、僕に分かる限りだけど説明しようと思う」
少年は急遽用意したホワイトボードを背に青色のマーカーを指し棒代わりに握り締め、目の前に扇状に並べられた安っぽいパイプ椅子に腰を下ろすガードナー私設狩猟団の面々へと視線を巡らせる。
「とは言っても、僕にも何から話し始めるべきかが分からないから、まずは変異した僕の機体のあの姿の呼称から、機体名称は“救世の光神”。どういう訳か、あの形態には元々そう機体名が設定されていたみたいだね」
整然と並べられたパイプ椅子の中央、そこに固まって座っているSFパイロット達の中から一つ、繊手が高く掲げられた。
「質問はよろしくて、“銀色の左腕”?」
少年はファルアリスに手を差し伸べる。
「はいどうぞ、ファルアリスさん。だけど一つ訂正するけど、僕は“ジョン=ドゥ”だ。“神王機構”でも、“銀色の左腕”でもないよ」
少女公王はジョンの言葉を信用した様子も無く、パイプ椅子から立ち上がった。
「そんなことはどうでも良いですわ。わたくしが訊きたいことは一つです。……貴方、まだ人間ですの?」
ジョンはゆっくりと首を振る。
「僕は、僕の機体についての質問をして貰いたかったんだけどね。多分、僕は人間だよ。少なくとも、そうでありたいとは思ってる。まあ、こんなことは出来るようになったけど……《来い、自律機動兵器》」
少年は囁くように圧縮言語を発し、“救世者”に装備された掌盾一機を室内に呼び寄せた。空間を跳躍した掌盾は室内に出現するとガードナー私設狩猟団の面々の頭上に滞空する。室内をどよめきが満たし、出現時と同様に唐突に消え去った。
「今のは、ガレージにおいてある“救世の光神”が装備する掌盾だよ。整備班の人たちは見覚えがあると思うけど。消えたように見えたかもだけど、部屋の照明を遮って邪魔だから機体の所に戻したからね」
異能を惜しげも無く披露するジョンに、エリステラをはじめとするSF部隊員を除いて、整備班の人員から不躾な視線が注がれる。
「こんな所で良いかな、ファルアリスさん? 僕に出来るのは、“救世者”の装備、さっきの自律機動兵器を呼び寄せる事だけだね」
「ええ、十分に。他の方はなにか“銀色の左腕”への質問はないですの?」
ファルアリスはパイプ椅子に再度、腰を下ろし周囲へ視線を巡らした。彼女の隣に座っていたエリステラがファルアリスをまねて手を挙げる。
「ええと、ジョンさん。あの、お身体の具合はどうですか? その、そういうことが出来るようになって痛い所とか苦しい所とかはありませんか?」
エリステラの労わりに満ちた質問に、ジョンは彼女にしっかり見えるようゆっくりと首を横に振った。
「いや、特に痛みは無いよ。ありがとう、エリス」
ジョンがそう返すと、室外のガレージから整備班のケイ=グラスマンが飛び込んで来る。
「皆さん、皆さん、大変、大変スよ⁉ “樹林都市”との連絡が途絶したっらしいっス。それから、“樹林都市”の方角に幾つも煙が上がっているらしいっス!!!」
若い整備班員の言葉に、ガードナー私設狩猟団の面々は慌ただしい音を立て一斉に立ち上がった。
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