第171話 踊る刃と堅牢なる盾
今日から更新再開です
左腕を喪失した隻腕のSF“救世の光神”が、自ずから宙を舞う五つの騎剣を背後に従え、大陸樹幹街道を踵部に展開した光輪状機動装輪で僅かに浮揚し、二本の光跡を宙に刻み疾走していく。銀の機体の遙か後方に大きく離されながら、少年の機体を追ってガードナー私設狩猟団のSF搬送車二台が大型の車体に出せる限界速度で砂埃を巻き上げていた。
“……ミツケタ……ミツケタ……ミツケタ……”
空間を震わせて悍ましい声が響き渡る。ジョンを、ガードナー私設狩猟団の行く手を塞ぐように、大気中に遍在する環境保全分子機械粒子が地上に蟠り、雷雨を振りまく黒雲にも似た固まりを無数に形成した。環境保全分子機械粒子の塊の内部で粒子が凝集固着して獣の姿を形作り始め、隻腕のSFは腰背部に懸架する長銃を右手に抜き取ると、真っ直ぐに腕を前方へと伸ばした。
「いけ、自律機動兵器量子刃形成騎剣!!」
少年の叫びと共に高速で地を滑る救世者を追い越し、虚空を舞う5本の騎剣が重なり合う螺旋の軌跡を描きながら地上に生まれた黒雲の群れへと突っ込んでいく。
突き出された銃口は量子機械粒子により構築された弾丸を連射し、弾倉に篭められた全弾を続けざまに解き放つ。量子機械粒子弾は分子機械の黒雲に飛び込むと、紡錘に形成された姿を失いながら黒雲の中に広がり浸透していく。量子機械粒子は分子機械粒子構成されようとする組成を阻害し、産まれ出ようとしていた鋼獣達は自重を支えきれずつんのめった。
体勢を崩したフォモールの身体を、飛翔した五振りの騎剣が旋回しながら撫で斬り、上下に、あるいは左右に分断し通り抜け、次の環境保全分子機械粒子の黒雲へと斬り込んでいった。
地面に倒れ込み砕け散るなりかけの鋼獣の骸五体を疾走したまま迂回した“救世の光神”は、次なる黒雲に向かって機体を旋回させ飛び上がる。強烈な横向きのGと共に、遠心力に流されようとする左脚を、長銃を装備する右腕をカウンターウェイトに機体全身をしならせ、腰を回して振り上げた左脚の踵で回転する光輪状機動装輪が雷光に似たスパークを放ち、黒雲を破り産まれ出たばかりのカマキリ型のナイト種の頭部に叩き付けられた。
両腕の先の大鎌を振り上げ、大顎を開き噛みつかんとしたナイト種は量子機械粒子の奔流を纏った光輪に唐竹割にされ、大陸樹幹街道の舗装路面に左右に分かれて倒れ汚泥に変わらず灰と化す。そのまま着地したジョン=ドゥの操る“救世の光神”は右腕の長銃を腰背部に戻し、右腕を真横に伸ばした。
武器を手放した隻腕のSFに、至近に生まれでたフォモール群は己が身に備えた爪を、牙を、角を、または触腕による攻撃を加えようとする。銀色のSFの装甲に獣が身体に備える凶器が触れようとした刹那、彼方から飛翔した弾丸が、飛来した五振りの騎剣が“救世の光神”の周囲に旋回し、機体の周囲に群がるフォモール群の攻撃を獣の身体毎に弾き飛ばし、撃ち抜き、斬り裂いた。
“救世の光神”の遥か後方、ガードナー私設狩猟団所属のSF搬送車の後部懸架整備台上に右膝を突き、右肩から伸びる可動腕によって機体と接続されている大型の高出力電磁投射砲専用狙撃銃“TRISTAN”を構えたエリステラ・ミランダ=ガードナー専用機“FAILNAUGHT”が長距離狙撃を終え、空となった“TRISTAN”の弾倉を交換している。
『余計なお世話かと、必要はないかとも思いましたが、わたしが嫌だったので』
“救世の光神”のコクピットにエリステラの声が響く。パイロットシートに身を預ける少年は、口元に微笑みを浮かべ返信した。
「いや、ありがとうエリス。量子刃形成騎剣!!」
一振りの騎剣が柄を伸ばすと隻腕のSFの右手の中に自ら納まり、眼前に燻ぶる無数の敵影へと騎剣を構えた“救世の光神”は斬り込んでいく。
†
「さっさと集まりな、木偶人形ども!! お前たちの出番さね!!」
フィルボルグ帝政国の特務騎士“円卓”が一角、アガサ・ヴィータ=マジェンタは常の二本の機腕の他に両の肩口から一対の金属製の触腕を展開した紅で縁取りのされた黒騎士の中で声を張り上げる。
彼女の眼前には右腕と一体化した六芒星形の大盾を持ち、合金製の金属鞭を構える一機のSFの姿があり、アガサ騎は元からの両腕に高周波振動短刃槍を下げ、両肩から伸びる機械式の触腕、自在可動腕の先にある左の攻性防盾と両手に下げるものと同じ右の高周波振動短刃槍による四連撃を絶え間なく打ち込んでいた。
セドリックの操る“帰依者”の衝撃増幅反射機構は沈黙しており再発生の様子も見られなかった。
『く、こちらが返す間もないとはな! しかし、彼等の退去終ったようだ“帰依者”、衝撃増幅反射機構および特殊合金鋼鞭に粒子膜を収束展開!!』
“帰依者”の六芒星形の大盾の装甲が圧縮された粒子光に包み込まれ、粒子光に包まれた特殊合金鋼鞭が光の剣と変わる。“帰依者”は輝く大盾を翳し、踵の脚部機動装輪の駆動でアガサ騎の巻き起こす刃の嵐へと突撃していく。
四つの刃の軌跡が交わった一瞬を逃さず、セドリックは“帰依者”の左腕を、その手に掴んだ特殊合金鋼鞭を振り上げ弾いた。
体勢を崩しそうになったアガサ騎は後方へ飛び退きながら、脚部機動装輪を作動、展開していた自在可動腕を格納し、両腕に持っていた高周波振動短刃槍を腰部に納めると左腕の定位置に戻った攻性防盾から盾裏に据えられていた矢錨索条射出機を除装し、セドリックのSFへと投げ付けた。
咄嗟の反応でセドリックは自機に投げ付けられた物体を特殊合金鋼鞭で斬り払ってしまう。斬り払われた矢錨索条射出機は急速に発火し猛烈な勢いで煙を上げ、煙幕となって“帰依者”の視界を遮った。煙にはご丁寧にもレーダ撹乱材が含まれているのか、煙の向こうを窺う事すらままならず、煙幕の向こうからアガサ・ヴィータ=マジェンタの嘲るような声が響いた。
「いいねぇ!! いいよ、あんた!! だけどまあ、あたしの方も潮時さ。ここいらでおさらばするよ!」
急速に遠ざかっていく女の声が聞こえなくなるのとほぼ同時に、SF、“夜啼き鳥”の装甲を纏った原生生物のナイト種数体が煙幕を突き破り、“帰依者”に襲い掛かる。
『置き土産……か、趣味の方はお世辞にもいいとは言えんがな!!』
セドリックのSFの左腕が縦横に走り、襲ってきたフォモールを装甲ごと汚泥へと変えていった。
お読みいただきありがとうございます




