第170話 彼女の役割
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10月再開予定
数機のSFが整備台上に寝かされ、忙しそうに整備員が走り回るガレージに響いたSFの駆動音に、パイロットスーツを身に纏った少年は振り返った。彼の視線の先からは巨砲を右肩に背負う見覚えの有る女性的なデザインの機体が、初めて見る灰色の機体と共に歩行し、ガレージへゆっくりと入って来る。
「あれは、エリスの“FAILNAUGHT”だよね。その後から来る灰色のは、あー、レナさんのSFかな?」
少年、ジョン=ドゥは外から差し込む逆光に、片手を目の上に翳して眩しそうに目を細め、ガレージの中央の空間に2機のSFは並んで立ち止まり、整備員の誘導に従って壁際の整備台へとそれぞれ分かれて行った。ガレージの前庭に、空から降りてきた竜の姿の機体が背に備えた十二翼を羽ばたいて砂埃を盛大に巻き上げながら着地する。
「わぷっ!! 今度は“善き神”!? なに、ファルアリスさんまで来たっていうの?」
砂埃塗れの風をまともに受け、ジョンはグローブに包まれた掌で口元を拭いながら言った。竜の姿の機体はそんな少年の様に気付いた様子も無く竜頭を擡げ、きょろきょろと頭を巡らせる。
着地した竜機は人型の姿に変形、翼を折り畳むとガードナー私設狩猟団の機体であるかのように、自ら歩いてガレージに入ってきた。竜機は良く躾のされた大型犬の様に灰色のSFが身を預ける整備台へと近づいていき、その機体の前に膝立ちとなり片膝をつく。
整備台の灰色の機体の頭部が、胸部側へと首の付け根付近の装甲ごと倒れ、バックパックが下方へスライドしコクピット搭乗口が露出、圧縮空気が抜ける音が鳴り金属製の隔壁扉が僅かに機体内部に沈み込むと、3枚の三角板に分かれて搭乗口の上部と左右に引き込まれ、搭乗口の下部が外に向かって四角形に大きく展開した。その奥からパイロットスーツを纏った女性のものらしき手が伸び、搭乗口の縁に指を掛ける。
「……よい、しょっと。あ、ジョンだ。本当に戻ってたんだね」
「搭乗口を塞がないでくださいまし、わたくしも同乗していることをお忘れなく!」
搭乗口から顔を覗かせてこちらへと手を振るレナへ、少年は手を挙げて応え、黒髪の小柄な少女に続いて顔を出したもう一人の稚い少女の姿に声を上げて驚いた。
「なんでファルアリスさんもそっちに乗っているのさ!? じゃあ、“善き神”は無人で動いてここまで来たのか!」
「御機嫌よう、“銀色の左腕”。そうですわ、“善き神”にはその程度さして難しいことではありませんもの」
ジョンは“善き神”に視線を送り興味深そうに嘆息する。“白猟犬”と“善き神”にばかり視線を向ける少年に背後から近づいてくる影があった。
緩くウェーブのかかった蜂蜜色の髪を、機体への搭乗のために首の後ろで一つに束ねた、ガードナー私設狩猟団SF部隊隊長でもある少女エリステラ・ミランダ=ガードナーは、茶髪の少年に後ろから飛びついていく。
「ジョンさん!! ジョンさん、ジョンさん、ジョンさん! おかえりなさい!」
「うわ、とと、うん、ただいまエリス。でも、危ないよ。いきなり飛びついてきたりしたら」
飛びつかれたジョンはたたらを踏みつつもなんとか踏みとどまると、自身の首に手を回すエリステラに向き直り笑顔で応え、苦笑を漏らした。
「えへへ、ごめんなさい」
はにかみながら蜂蜜色の髪の少女は笑顔のまま、言葉だけの謝罪をし、ガレージの壁面に並んだ整備台の内の一台、少年のSFが載せられたそれに視線をやり、不思議そうに首を傾げる。
「ジョンさんにお聞きしたいのですが、“救世者の姿が、なんだかまた変わってしまっていますが、どうされたのです? 姿そのものは何度か見た覚えのあるものですけれど、左腕がまた無くなっていますし」
「みんな来たし、丁度いいかな。僕の機体に起こった変化についてはこのあと、みんなの前で話すよ。じゃあ、エリス、一緒に行こうか」
首に回された少女の手を優しく外し、ジョンはエリステラを隣りに並ばせて一緒に歩き始める。
「あら、行ってしまいましたわね。ですが、……わたくしの見たところ、あの方はもう……」
“白猟犬”の搭乗口の縁に腰を下ろし、眼下で繰り広げられていた遣り取りを眺めていた少女公王は、自身より年嵩の少年の姿にそう呟いた。先に機体を降りていた黒髪の少女はファルアリスの呟きが聞こえたのか、自らの長い黒髪を手で押さえ振り返り、搭乗口のファルアリスを仰ぎ見ている。
「ファー! あんたも降りて来なさいよ。お茶くらい淹れてあげるわよ」
「はぁーい、分かりましたわ。今行きますからおまちくださいね」
少女公王は“白猟犬”の搭乗口に近づいてきた整備台据付の機体搭乗用リフトに飛び移り、自身の愛機の方を流し見た。人型の形態を取った“善き神”は片膝をついたまま顔を上げ、自身の操り手であるファルアリスと視線を絡み合わせる。
「……、…………? …………!」
ガードナー私設狩猟団の機体が取り囲む只中で、少女公王は“善き神”の声なき声を聴き、それに小さく頭を横に振った。
「分からないわ。わたくしの、パーソランの血族はただの記録装置です。過去についての知識はあっても、それがそのまま未来の予測に繋がるというものではないのね。他の方にとっては当たり前の事なのでしょうけれど」
降下中のリフトの上でファルアリスは“善き神”と会話を交わす。傍目には独り言としか見えないであろう会話はリフトが地上に降りた後も続けられた。
「…………? ……、………………!」
「そうですね、……これまで、今までは上手くいっていましたのよ。わたくしの、血族に連綿と紡がれてきた知識の通りに。ですが、銀腕を制御してみせたあの方といい、フォモールによるクェーサル連合王国の壊滅といい、過去の、これまでの知識からでは予測できない事が、今は本当に多いのです。……あぁーあ、わたくしももっと気楽な一般人だったらよかったですのに……」
ぼやきつつガレージの天井を仰ぎ見て、ファルアリスは先に行ったパイロットの面々を追いかけていく。言葉とは裏腹に少女公王のその足取りは軽やかで、重責から解き放たれ、ただの子供に還ったかのように穏やかな空気を纏っていた。
†
セドリックは“帰依者”を紅黒の騎士機に向かって駆けさせた。
右腕と一体化した六芒星形の大盾が目立つが、“帰依者”の機体そのものはさして大柄な体型をしていない。人類領域大陸各国の機体と比べるならばネミディア連邦製のSFに近く、ネミディアの最新鋭機“ARGUMENT”と似通っていた。機体の全身に施された装甲は大小様々な円環や円筒が組み合わされて形成され、肩部装甲と胸部装甲の接続部は半筒系の装甲が頭部の視界を邪魔しない程度の高さに立っている。
都市内部ではガードナー私設狩猟団の敷地付近で戦闘が起きている事が伝えられたのか、宵に火を落とされた街の家々に灯りが点り、着の身着のままの市民達の最寄りのシェルターへの避難が始まり、急速に混乱が広がっていった。
“帰依者”のコクピットに街壁の外にいる森林警備から都市内への通信が傍受され飛び込んで来る。
『こちら、森林警備SF第一分隊所属、ロバート=ジョイナー!! 街壁の外部にて交戦中の所属不明SFに異変が発生!! ……奴ら、フォモールに変わっていってやがる!? くそ、兎に角、応援を寄越してくれ!! 僚機はやられちまって、パイロットはまだ生きちゃあいるが、ジリ貧だ。このままじゃ、アイツは、なッ……!? ブッ、…………』
通信は唐突に途切れ、回線に繋がる先からの声はそのまま聞こえなくなった。
「愚かな、愚かだよ。それがどういう事なのか、何をもたらすのかを理解して行ったのか?」
装甲の縁をマジェンタで縁取りされた“AVENGER”は左肩の自在可動腕を急速に引き戻し、駆けこんで来る“帰依者”へと右肩部装甲を向け、そこに内蔵された機構を開放する。
攻性防盾の付いていない自在可動腕が肩部装甲内部から射出され、自らを覆っていた外装を鉤爪へと変形、鉤爪はアガサ騎の左腰に伸び、高周波振動短刃槍の柄尻の接続端子掴むように接続し大きく弧を描いて振り回された。
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