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第15話 雨天を見上げて

 あれから十日が経ち、ガードナー私設狩猟団の一団は樹林都市ガードナー近郊の団本拠(ハウス)へと帰還していた。

 今朝は曇りがちだったが、いつの間にかしとどに雨が降り出している。

 今日はダンの埋葬の日だ。

 団本拠は樹林都市ガードナーの西側、郊外に広大な敷地を持っており、名前からも判るようにガードナー家がフィル・ボルグの貴族だった頃、樹林都市一帯はガードナー家の所領であったのだ。

 その敷地の一角に団関係者用の埋葬場所がある。

 入口には、十字と円を組み合わせたケルト十字の飾りが付けられている。

 大陸の主要宗教、トゥアハ・ディ・ダナーン主母神教の象徴(シンボル)だ。

 その奥、墓石の列ぶ一角に、人一人を埋めるには少し大きめに掘られた縦長の穴を中心に、喪服を着た人々が集まっている。

 最期の別れに訪れた参列者達は口々にダンの遺族へ声を掛け、棺に弔花を置いている。

 喪服姿のダンの妻シャロンと二人の子供、アクセルとファナはそこに降ろされた棺をじっと見つめていた。

 ジョンは居心地の悪そうな風情で、きっと生まれて初めてだろう喪服に身を包み、人垣から離れ目立たない様にしている。

 端から見れば、それは余計に目立ってしまっている事にすら、少年は気付いていなかった。

 周りの皆と同じように喪服に身を包んだエリステラが、ジョンの姿を見つけ、楚々とした所作でゆっくり近寄ってきた。

 エリステラは柔らかい声音でジョンへ話し掛ける。


「ジョンさん、あちらへ行かれませんか? よろしければ、あなたも隊長へお別れを……」


 エリステラと顔を合わせずに、地面に視線を投げたままでジョンは応えた。


「でも、僕のせいじゃないか。隊長さんが殺されたのって? 少なくとも、僕がもう少しでも早く着いていたら、隊長さんは……」


 エリステラはジョンの言葉を遮って首を振る。


「だめですよ。それを言ったらわたしだって……、わたしがもう少し強ければ、ダン隊長が介入して来なくても良かった筈なのです」


「でも、あいつが狙っていたのは僕だ! 僕なんだ……」


 ジョンの瞳から、知らず滴が落ちた。少年は右手で顔を拭い、雨空を見上げた。


「僕が泣くのは、駄目だろうに……」


 ジョンの脳裏に10日前のあの日、廃墟の中に交わした狩猟団の面々(彼等)とのやり取りが蘇る。





「あんた、なんなのよ! あたしは知らないわ、SFは普通あんな事、出来ないの! いったい、何が目的で、あたし達に近付いて来たのよ! あたし達みんな殺すの?」


 意識を取り戻し、SF搬送車(キャリア)の回転式懸架整備台(ハンガーベッド)上のセイヴァ-から降りてきたジョンに投げかけられたのは、レナによる言葉の雨だった。

 少女の隣には、親友の姿を哀しげに見詰めるエリステラが佇んでいる。


「何とか言いなさいよ! あんたでしょ、あの女が狙っていたのは! なんで、あんたは生きてんのよ! なんで隊長は死んだの? 答えなさいよ!!」 

 

 ジョンは伏し目に地面を見詰め、無言で受け止める。

 それに激昂するレナをジェスタが窘める。


「レナ! 言い過ぎだわ、やめなさい。自分の無力感を他人に押し付けるんじゃあないわよ。

 それに、アナタにも聞こえていたでしょう? ジョン君だって被害者じゃないの、この子はこの子で記憶を奪われているのよ。

 そんな子に思惑なんてあると思うの? ……ワタシだって、お嬢にしたってダンに何も出来なかったのよ。レナ、アナタ、ワタシやお嬢はなぜ責めないの? だいたい、ジョン君を連れて行く事を決めたのはワタシ達なのよ」


 ジェスタの言葉を受け、しゃくりあげ泣き出すレナ。


「ぅ……ぐすっ、ひぐ、……わかって、ひぐ、わよ……。こいつの……いじゃ……ないのは……。あたしだけ、ほんとうに、何も出来なかった。でも、じゃあ、あたし、どうすればいいの? ……ごめん、あんたも」


 泣きじゃくるレナは内心を漏らし、ちらとジョンを見て小さな声で謝る。


「レナ……」


 エリステラはジョンへ申し訳無さそうに頭を下げ、嗚咽を漏らすレナの肩を抱いて、搬送車の待機室(キャビン)へと入って行った。

 それから、樹林都市(ここ)へ辿り着くまで3日間の間、ジョンと一行の間に事務的な事項を告げる以外の会話は殆どなくなっていた。

 気にしていないようにジョンへ話し掛けるのは、エリステラと年の功か動じていないダスティンだけだった。





 エリステラと別れ、墓地の隅へと移動しぼおっとするジョン。

 不意に、ジョンの傍に誰かが来た。


「ジョンにい」


 そこに居たのは、喪服姿の9歳の男の子。

 ダンの息子、アクセルだ。

 困り顔で立ち尽くすアクセルへ、ジョンは優しく声を掛ける。


「アクセル、どうかしたのかい?」


 この街に着いたそうそう、ジョンは彼が誰なのかを知らぬまま、その日の内に悪ガキのアクセルと仲良くなっていた。

 アクセルはジョンの顔を見上げ泣き出しそうな表情で言った。


「──父ちゃんが死んだの、ほんとうにジョンにいのせいなのか?」


 ハッとしてアクセルを見るジョン、少年は済まなそうに目を伏せ、アクセルへと問い返した。


「……誰かに、聞いたのかい?」


 アクセルはその時を思い返し、言い辛そうにジョンに告げた。


「……何日か前、オレがいつもみたいに狩猟団のSF格納庫にもぐりこんだ時に、整備班の技師の人たちがウワサしてたんだ。ウソだよね、にいちゃん?」


 アクセルの顔を見て、静かに首を横に振りジョンはアクセルへの返事とした。


「ほん……とう? ほんとうなのかよ! なんでだよ、にいちゃん!」


「隊長さんが死んだのが僕のせいか、そう訊かれたら……僕には、そうだとしか言えないよ。ごめん、アクセル」


 アクセルはジョンの服を掴み、小さな拳を握り締め、少年を何度も叩いた。ジョンは黙ってアクセルにされるがままになった。


「やだよ、ウソでしょ、ウソって言ってよ、にいぢゃん! どうぢゃん……がえじでよ、うぇええええん」


 ジョンを叩きながら泣き出したアクセルが、泣き疲れ眠ってしまうまで、少年は小さな友人が降り続く雨に濡れて仕舞わぬよう、じっと覆い被さり立ち尽くした。

 

「悪かったわね、家の子が。面倒を掛けたわ」


 背後で女性の声がして、ジョンはそちらへと振り返った。

 そこには、兎のぬいぐるみを抱く娘のファナを連れたダンの妻、シャロンが傘を差して立っていた。

 ファナは母親の後ろに隠れ、ジョンをちらちら顔を出しては覗いている。


「……アクセルは濡れていません。どうぞ」


 ジョンがアクセルを差し出そうとするも、シャロンは首を横に振った。


「悪いけど、キミが連れてきてくれる? その間、少しおばさんとお話ししましょ」


 シャロンはジョンに微笑んで言い、足元のファナを片手で抱き上げ、歩き出した。数歩進んで動かないジョンへと振り向いた。


「ほら、いらっしゃい! その悪ガキ(アクセル)なら、ちょっとくらい風邪でもひいてくれた方が大人しくなるわ」


 促され、ジョンはアクセルを抱えてシャロンを追い掛けた。

 ジョンはシャロンと取り止めのない会話を交わした。

 あそこの野菜は高い割に物が悪い、ちがうあそこは安くて物が良いけど仕入れが少なく直ぐなくなる。などと主に主婦視点の買い物の話題が大半を占めていたが。

 不意に、シャロンは口を噤み、ジョンへアクセルと良く似た泣きそうな顔を見せ、独り言るように呟いた。


「……いつか、こうなる日が来るって、ずっと、そう思っていたわ。

 キミ、いろんな人からきっときつい事を言われたでしょう? でも、キミのせいじゃあないわね。

 ダンが、家の宿六がきっと何か足りなかったのよ。

 それでも、もし自分を赦せないなら、生きてね。

 ダンはね、あの人は小さい頃にSFに助けられてパイロットを目指したの。助けられたから、自分も助けられる者に成りたかったのですって、もし、ダンの事を思うのなら、生きて誰かを助けられる人になって、あの人(ダン)の分まで」


 ジョンはシャロンへとしっかりと頷いて返した。

 団本拠東側出入り口から歩いて15分ほどで、樹林都市の外れに建つ、こじんまりとした一軒家のマクドナル邸に辿り着いた。

 アクセルとファナは既に眠りについている。ジョンはシャロンから傘を預けられ、シャロンはファナを抱いたまま玄関扉の鍵を開けた。


「……アクセルを運んで貰って、ありがとうね。お茶を飲んでいかない?」


 ジョンを家の中へ招き入れ、アクセルとファナ二人を子供部屋のベッドへと寝かせ、その場を辞そうとしたジョンにシャロンは声を掛けた。


「いえ、お暇します。走りたくなったので!」


 マクドナル邸の玄関扉を閉め、ジョンは晴れ間の覗き始めた雨の中へと走り出した。 

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6/1改稿

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