第166話 夜泣き鳥
茜色の日が西の空に沈み、夜が帳を落とす頃、フィル・ボルグ騎士の最精鋭たる“円卓”が一人、アガサ・ヴィータ=マジェンタは、彼女専用に改造の施された黒騎士騎“AVENGER”を操り、臨時に与えられた配下である11機のネミディア製SF“SAVIOR・NIGHTBIRD”、黒騎士に従う従騎士のような姿の機体群と共に“樹林都市”森林警備第一分隊の後を、音も無く追跡して行く。やがて都市内へと2機の“ELEMENT”が消えていくのを木々の陰から見届け、都市街壁のそこかしこに灯ったサーチライトが都市周囲の大樹林の木々を照らし始めると、後方の“NIGHTBIRD”達へ事前に取り決めたハンドサインを左マニュピレータで表して示した。
円卓騎の指示に従い“NIGHTBIRD”達は都市街壁の周囲に散開、アガサ騎は機体の腰背部へと手を伸ばし、撹乱材を封入した特殊手榴弾を手に取り、事前情報で把握していた街壁に埋め込まれたセンサーユニットの位置の周辺へと軽い調子で投げ付け、センサーユニットを沈黙させていく。散開した灰色のSF達は、その機体において最も特徴的な装備である大型腰背部装甲、着脱式追加兵装懸架の左側面から“AVENGER”が投げ放ったものと同じ撹乱材散布特殊手榴弾を手に取ると、彼らも街壁の周囲に主に金属粉からなる成分の撹乱材を振りまいていった。
「そろそろ、頃合いかねぇ」
夜闇に舞う撹乱材の金属片に、街壁のサーチライトが乱反射してきらきらと煌く。アガサはコクピットに呟くと、その騎体は左肩の可動腕式攻性防盾を稼働させ、鋭角な高周波振動刃の切っ先を前方の壁に向けた。盾の裏側に装備した矢錨索条射出機を発射、眼前にそびえ立つ樹林都市の都市街壁の上端に届いた索条の先端に取り付けられている短剣を思わせる鏃を錨状に展開し、街壁上部の角に引っ掛ける。
街壁に向かい脚部機動装輪で限界まで加速、機体と壁との激突を予想せざるを得ない速度で疾走、大地を蹴りつけて機体を浮き上がらせると、足裏を垂直の壁面に当て脚部機動装輪の回転に任せ、疑似筋繊維アクチュエータのものと同じ、導電収縮性繊維を芯に編まれた非結晶性高分子索条を巻き取りながら切り立った街壁と垂直に、滑るように駆け上がった。
後に続く“夜泣き鳥”達は、11騎の内、アガサ騎の近くに居た3騎は腰背部の着脱式追加兵装懸架に矢錨索投射器を選択し腰背部装甲それ自体を腰部左側へと可動し展開、内蔵した機構を露出し、街壁の上部へと矢錨索を照準して撃ち出すと、先に壁を駆け上がったアガサ騎を追うように垂直面を昇り始める。残る8騎はアガサ騎に追従することなく、都市街壁の周囲に2騎ずつの分隊規模で展開、それぞれ2機のうちの片方は着脱式追加兵装懸架から、近接格闘装備である超硬化処理陶製刃を選択、外し取ると機体前腕より少し短い刃を右前腕に装着、残る一方の機体は右腰部装甲に吊るした銃身に消音抑制器を内蔵する突撃銃を両腕で構えた。
軽装甲冑の騎士を思わせる姿の、暗灰色に塗装された“SAVIOR・NIGHTBIRD”という、このSFの主センサーユニットとカメラアイを内蔵した頭部は、頭頂から前面を覆う半球状の兜と頸部を守りなだらかに広がるネックガードと一体となった頭部装甲に覆われ、機体各部装甲は直線と鋭角を組み合わせたものとなっている。肩部装甲の前面と後面は扇型に、側面は複数枚の放熱板が重なり縞状、肩から肘までの上腕部と付け根から膝までの大腿部は上から下へ緩やかに絞った円柱の両端の角を削り扁平に潰したような形状をしていた。両前腕の鉄籠手と両臑の装甲は円柱と菱形を組み合わせた形状で、菱形を作る三角形の一方を引き伸ばし、それぞれが手首と膝部に向かって伸びる。
製造経緯からしてもネミディア連邦内の親フィル・ボルグ派議員連の主導により、ネミディア連邦国内にて試作機10機が秘密裏に製作されたが、記録の上では起動試験中の事故により10機の内9機までがリア・ファル反応炉と共に失われ、最後の1機に至っては千切れたぼろぼろの左腕が残るのみで、機体そのものは跡形もなく消失したとされていた。
腰背部にはネミディア製SFの特徴である折り畳み式騎剣がオミットされ、代わりに大型腰背部装甲として着脱式追加兵装懸架を装備している。この装備は大型装甲に可動腕と超硬化処理陶製刃他数種類の折り畳み式武装と幾つかの特殊機構を備えており、装甲側面は手榴弾保持器となっていた。
“NIGHTBIRD”の面覆いの隙間から覗く両眼に光が灯る。暗灰色のSFは二機一組となって都市に設置された街門の四ヶ所に分かれ、自らばら撒いた撹乱材が晴れるのを待ち、都市に向かって手榴弾や構えた銃器での攻撃を開始、都市街壁内の“樹林都市”市街が俄かに騒然とし始める。
都市街壁内部に音も無く着地したアガサの繰る“AVENGER”は、周囲に巻き起こった騒ぎに紛れ、都市内の建造物の陰に身を隠しながら一直線に目的地へと走った。
黒騎士の後方、僅かに遅れ追い駆ける三機の暗灰色の機体は先行する黒騎士の機動を真似て学習し、リアルタイムに性能を向上させているように見え、異常な速度でそれを実践してみせている。
やがて“樹林都市”市街を突っ切ったアガサ騎は目的地、ガードナー私設狩猟団団本拠へと到達、事前情報からそこに脅威と呼べるSFが存在しない事を知った上で、その腰の高周波振動短刃槍を両手に取り、猛然と駆け出した。
高周波振動による共振騒音がアガサ騎の両手の二本の高周波振動短刃槍間に発生、団本拠本館の窓ガラスを強烈な音波振動が破砕する。
それを合図にした様に黒髪の少女が団本拠本館の中から姿を現した。
アガサは目的の人物の出現に、無作為に建造物ごと断ち割ろうとした短刃槍の刃の軌道を変え、少女を挽肉へと変えるべく振り抜く。
二条の刃が閃き、黒髪の少女、07を捉えんとした刹那、忽然と現れた一騎のSFの右腕と一体化したそのSFの全高と同じ大きさの大楯に止められていた。
「ありがとうございます、05、いえ、セドリック兄様、かしら?」
『……兄様は止せ、私とお前の間には血縁は無いのだから。下がっていろ。敵は目の前の黒騎士だけではないからな』
パーソラン公国公王に使える執事は、“Nameless numbers”|
05《ゼロファイブ》としての自らの専用機のコクピット内で、“08《ゼロエイト》”が操るべく建造された筈のSFとよく似た、“AVENGER”に続いて姿を現した3機のSFを睨み付ける。
お読みいただきありがとうございます




