第165話 樹林都市に蠢く
“樹林都市ガードナー”、人類領域大陸の西北、ネミディア連邦の国土の多くを占める“大樹林”の西奥に拓かれるその都市の周辺で、人知れず異変が静かに蠢きき始めていた。
ネミディア製SF“ELEMENT”2機からなる樹林都市森林警備のSF第一分隊は、大陸樹幹街道に繋がる街道を逸れ、都市周辺の森の中を何時ものように巡回、特に大きな事件も事故も無く静かなまま、鋼獣の一頭すらも確認できない森林巡回を終え、2機の“ELEMENT”の内の一方は“樹林都市ガードナー”の森林警備支部への通信回線を開く。
「こちら樹林都市森林警備SF第一分隊所属、ロバート=ジョイナー。今回の巡回において特別に報告すべき事象を確認せず。これより樹林都市森林警備支部に帰還する」
『樹林都市森林警備管制了解、第一分隊の帰還を手配しておく。つまらん怪我をせずに戻って来い』
ロバートは中年の管制官の言葉に口元を綻ばせ、機体を回頭させようとした所、彼の乗る森林警備仕様SFは外部に起きた不自然な音声を捉える。木々の間からコクピット内に増幅され響いたその音は、何か大きな物が下生えの低木を踏み砕いたような音だった。ロバートは僚機に向かって静止するように機体の手指でハンドサインを送り、繋がったままの管制への回線に早口で言葉を飛ばす。
「……帰還報告したばかりに早々だが、集音マイクが異音を捉えた。異音の原因を確認後すぐに戻る。了承されたし」
『十分注意して事に当たれ。無事の帰還を祈る』
ロバートは了解の旨を短文にして送信、短機関銃を構えて周囲を警戒する僚機と機体を並べ、彼の機体も僚機と同じように装備していた短機関銃を構えた。
2機のSFはゆっくりと大樹の合間に歩を進める。互いに死角となる方向をカバーし合い、速度を合わせて歩いた。
機体の集音マイクが、再度、先程のものとよく似た異音を拾う。それは明らかにロバート機や彼の僚機の動作に伴って発する音ではないものだった。
「こちらが先行する! カバーを頼むぞ!」
『了解、そちらも気をつけろ!』
森林警備隊員は音の発生したと思われる場所へ向かって機体を駆けさせながら僚機に通信、構えた短機関銃を発射する。
“ELEMENT”の放った弾丸は鬱蒼とした下生えの茂みに突き刺さり、無数の葉を樹間に舞わせた。
「何も居ない、だと!?」
銃弾に引き千切られ、生木の焦げる臭いが立ち込めるその場には、鋼獣やSFの巨体は無く、ただ、頭上から落ちたと思しき太い樹木の枝が突き刺さっている。
『周囲に動体反応無し、俺にも確かに異音は聞こえた。だが、こちらは巡回装備だ。異変が在った事は報告した上で“森林警備”支部に戻ろう。何かが居るにしろ、このまま深追いは危険だろう』
「……そうだな。支部への連絡を頼めるか? 警戒を続けながら帰還するくらいしかできんか」
ロバートには鬱蒼と茂る見慣れた森の風景がとても恐ろしいものに思えた。
†
2機のネミディア製SF“ELEMENT”が大樹林の木々の合間を抜け、“樹林都市に向かって去っていく。その後ろ姿を見詰める存在があった。それは暗色に統一されたSFであり、森林警備のSF達からさほど離れていない後方の大樹の陰に潜んでいた一機は、ネミディア連邦では特に特徴的な姿をしている。
「ふん、気取られずに済んだか。しかし、たかが森林警備といえど、随分と練度が高いようだね……」
全身を黒に塗り、それを縁取るようにマジェンタのラインが入ったその機体は、最低限の重要部にのみ装甲を施している極度の軽装化が施されているが、紛れも無くフィル・ボルグ製SF“AVENGER”だった。しかし、一見して見て取れるのは腰部左右に連結機構を備える高周波振動短片刃槍を四本ずつの計八本装備していることと、それから両肩部装甲が少し大型化しているのみで、それ以外は左肩に可動腕式攻性防盾を装備している点など、一般仕様騎との目立った相違は見当たらない。
パイロット独自の改造を施された“AVENGER”が示す通り、そのSFを操るは“円卓”の一角を担う者、アガサ・ヴィータ=マジェンタという名の女だ。
軽装甲ながらも駆動時の静音性を高められた自らの“AVENGER”を操作、右腕で腰の高周波振動短片刃槍の一本を取ると、振り返り様に背後に向かって突き付けた。
刃が伸ばされた先、そこに存在するのもまたSFである。機体を暗灰色に染められたその機体は、フィル・ボルグ製ではなくネミディア製SFの特徴を色濃く残す、そして、“救世の光神へと変異する前のジョン=ドゥの機体、“救世者”と酷くよく似ていた。
同じ機体が十二騎、SFの戦闘単位にして三小隊分が並んでいる。アガサ騎が高周波振動短片刃槍を突き付けているのはその内の一騎、足元に踏み付けて砕いた低木の破片を散らばす機体だ。
「人形、お前のコードはE-18だったね。あたしらに任された任務を、その空っぽの頭はちゃんと理解できているのかい? 出来損ないなら、今、ここでくたばりな!!」
アガサ騎は短片刃槍を、味方であるはずの“救世者”とよく似た機体に容赦なく突き入れ、原形を留めぬほどに微塵に切り刻む。
機体が爆発することを嫌ったか、そのSFのリアファル反応炉は最初の一撃で起動装置を断たれ、強制的に停止させられていた。
「へんっ、予定より数は減っちまったが、任務の開始さね。――いくよ、〝夜盗”の人形ども!!」
アガサ騎は短片刃槍を腰に戻すと、先頭に立って脚部機動装輪を展開し走り始める。
軽装化改造の独自仕様“AVENGER”に引き連れられ、暗灰色の機体〝夜泣き鳥の救い手”11機が走り出した。その走行音は前を行くアガサ騎と遜色がないほどに静かなもので、まさに〝NIGHT-BIRD”、梟の飛翔音を思わせる。
「しかし、この国の政治屋どもは何を考えているんだろうね。仮にも敵国であるあたしらに手前らの金でこんな玩具を作った挙句に渡してくるなんてねぇ」
機体を加速しながら、アガサはコクピット内で呟く。“AVENGER”と〝NIGHT-BIRD”は跳ねるようにして走行の障害となる木々を追い越し、着実に樹林都市へと近づいていた。
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