第164話 白猟犬の牙
少女二人が操るSFのコクピットに警報音が鳴り、通信が飛び込んできた。
『レナ、右手の方向から新手です!! ざっとですが、ポーン種が十体以上よ、気を抜かないで』
味方機を待つ“白猟犬”に、索敵能力で優る“森妖精の姫君”から周囲の索敵データと共にエリステラの声が響く。
「ファー、聞こえたね! 旋回するよ!!」
「こんな狭いところですもの、聞こえていないわけがないでしょう。ついでです、このまま肩の武装を試射しますわ、よろしくて?」
「うん、やっちゃって!! あ、でも、親方の話だと連射出来ないし、射程も短いらしいから、敵との距離には気を付けて」
「分かっていますわ、わたくしも同じ場所で、あのクマのような人のお話を聞いていたのですから」
小柄な黒髪の少女の操作に機体が応え、“白猟犬”はその場で右に機体を向けた。後席の少女は遠心力でシートに押し付けられる感覚を覚えながらも左右の分割型コンソールに繊手を躍らせる。
少女の打ち込んだ命令に“CAUALL”の左右に大きく張り出した肩部装甲が浮き上がり、内部に格納されていた武装を外部へと露出させた。
浮き上がった肩部装甲はそのまま後方に90°旋回し、背面に向いた端部を下げると、内部に格納されていた武装は肩部装甲とは逆に機体前方に向け90°旋回、砲身が伸長し展開する。そこに現われたのは試製分子機械荷電粒子砲だ。機体腹部に内蔵するリア・ファル反応炉と粒子供給パイプで直結され、荷電粒子化した分子機械粒子を機関部の粒子加速器で加速、砲身内部で収束し発射する射撃兵装である。しかし、試製であるが故に粒子収束率に難があり、威力に比べて照射範囲そのものはそれほど長くないことが欠点だった。
機体を旋回させ、大樹林の木々へと向かった“白猟犬”の前に、遂にフォモールの群れが姿を現す。木々の狭間から幾頭もの四足獣型ポーン種が飛び出し、灰色のSFを目掛けてその牙を突き立てんとした。
「火器管制、自動照準、試製分子機械荷電粒子砲発射」
“白猟犬”の両肩から前方に突き出した砲身から放たれた極度に帯電した分子機械粒子は、その収束率の低さからか砲口から拡散し散弾となって解き放たれる。扇状に広がる荷電粒子弾の雨が、ポーン種の群れの先頭個体をその背後の個体ごと撃ち抜き、二頭のフォモールは原型が残らない程に細かく砕かれ撒き散らされた。
群れの後続達は、先頭個体のなれの果てである飛び散った汚泥を跳び越え、灰色の機体の前を迂回し、“白猟犬”の左右から襲い掛かる。
レナは左右の半球状操縦桿を交互に動かし、“CAUALL”の両前腕に装備された破砕武甲とその装甲面に施された爆縮反発装甲で機体を白煙に包みながらフォモール達の攻撃をいなした。
変形した両肩部の武装と“白猟犬”の両腕はそれぞれ独立しており、腕部の激しい動作にも、試製分子機械荷電粒子砲の砲口が動くことはない。
「っ!? こら、ファー!! どんどん撃ちなさいよ!!」
「あなた、ご自分でさっき言った事もわすれましたの? 荷電粒子砲、連射は出来ませんわ。次射の粒子充填完了までには、……あと三十秒程かしら? ですが、大丈夫ですわ。ほら」
高速の弾丸が“白猟犬”に襲い掛かるフォモールを撃ち抜き、その内の数頭を強制的に汚泥へと変じさせる。後方から脚部機動装輪で疾走してきた味方機“FAILNAUGHT”は、灰色の機体に追いつくと、左手で右腰から試製高周波振動騎剣を抜き放ってさらに一頭を斬り捨てると、騎剣を振って大陸樹幹街道の路上に汚泥を散らし、右腰に騎剣を納めながら“白猟犬”に並んで停止した。
『レナ、ファルアリスさん、無事ですね? 残り半分、特殊変態が起きないうちに終わらせましょう!』
“森妖精の姫君”は背中に移動していた専用の高出力電磁投射砲悲嘆の子を可動させ、右脇に抱えて構え、そのまま砲身を跳ね上げて空となった弾倉を機関部から排出、腰部装甲から取り出した弾倉を装填する。
「ありがと、エリス」
『ほら、レナ。すぐにそうやって気を抜かないでください』
「えへへ、うん、大丈夫。ファー、充填完了まで、あとどれくらい?」
小間使いでもある長い黒髪の小柄な少女は、主人である同い年の少女の声に笑い声を溢し、通信映像の中の柔らかな緩くウェーブのかかった金髪の少女は苦笑気味に口元を綻ばせた。
前席からの声掛けに、“白猟犬”の複座型コクピットの後席で機体の武装ステータスに注視していた幼さの残る少女公王は顔を上げて返す。
「もうすぐ終わりますわ、カウント5、4、3、2、充填完了。次射はいつでも」
「それじゃあ、いくよ。両腕の破砕武甲はあたしが操作するから!」
「では、わたくしは分子機械荷電粒子砲をもう少し収束させて発射してみますわね」
SF“森妖精の姫君”という新たにして明確な脅威を前に、残る群れのポーン種は及び腰となり、攻め手をあぐねたか、2機のSFから視線を外さず、不規則な動きで“白猟犬”と“森妖精の姫君”の周囲を、二機の射線から逃れえるように速足で駆け巡り始めた。
エリステラの機体は構わずにポーン種へと電磁投射された視認不可能な速度の弾丸を撃ち込み、ポーン種達の取る警戒行動が無駄でしかないことを、フォモールを汚泥に変えて叩き込んでいる。
『森林警備のSF、近づいて来ませんね。どうしたのかしら?』
「そりゃあ、こんなところに突っ込んでくるようなバカな真似はしないんじゃない、普通は」
エリステラへ返しながらレナは脚部機動装輪で機体を加速、“白猟犬”を避け“森妖精の姫君”の背後を狙う最後のポーン種に右腕を溜めながら躍りかかった。
野生の勘か、打ち下ろされた剛拳をそのポーン種は紙一重に回避する。右腕甲周囲に発生した高周波振動波は大陸樹幹街道の舗装路面を砂と化して半球状の窪みを穿つ。
「今よ! ファー!!」
「言われずとも!! 発射!」
四つ足で地に伏した格好となった“白猟犬”の両肩、そこに据えられていた試製分子機械荷電粒子砲の砲身が可動、地面と水平に起き上がり、2門の砲口に粒子光が収束、渦を巻いた荷電分子機械粒子が光弾と化して迸り、その場の最後のポーン種を貫通した。
溶解した傷痕を穿たれ、汚泥へと溶け崩れるポーン種の死骸を前に“白猟犬”は起き上がり、両肩の試製分子機械荷電粒子砲を爆縮反発装甲の施された肩部装甲内に格納、両腕の破砕武甲に格納していた手指展開させ、元の姿へと変形する。
『終わりましたね、レナ。ファルアリスさん。……あら、団本拠からの通信だわ。珍しいですけど、お爺さまからですね』
労いの言葉を送って来るエリステラはレナ機との部隊間通信を遣り取りしながら、コクピット内の映像に都市間通信が入ったことを知らせる表示が点滅している事に気付き、更にその送り主を知って声を上げた。
「あ、ほんとだ。こっちにも」
『読み上げますね。ええと……、『隊商護衛任務派遣部隊にSF部隊客員ジョン=ドゥ並びに乗機SF“救世者”が復帰したとの連絡あり。ガードナー私設狩猟団SF部隊は直ちに隊商護衛任務派遣部隊と合流。その後、“樹林都市”団本拠へと帰投せよ。ガードナー私設狩猟団団長、アーヴィング・エルド=ガードナー』だそうです。レナ、そちらに届いたものは同じ内容でしょうか?』
「うん、同じだよ。まあよかったじゃない。このままいけばジョンとも合流できるわけだしさ」
あっけらかんとした顔のレナと反対に、エリステラはその顔を曇らせる。
『……そう、なのですけれど、今までお爺さまからこういった通信が来たことが無かったのです。なにか、胸騒ぎが……、いいえ、いいえ大丈夫。わたしたちのSF搬送車を呼びましょう。何がおきても対処できるよう、機体の整備も必要ですから』
映像の中、金髪の少女はイヤな想像を払うように頭を振り、顔を上げて真直ぐに樹林都市を振り返った。
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