第162話 白猟犬
遅れました
白猟犬の名を与えられながら、そのSFの色彩は灰を基調としている。ポーン種を弾き飛ばした右肩部装甲が僅かに展開して隙間を空け、内部に整列する噴気孔から爆圧と共に白い燃焼ガスが音を立てて噴き出した。
ショルダーチャージを放った姿勢のまま停止した機体の内部で、後席の少女は右手側の操作盤を操作し、機体情報を表示、初めての機構を使用した攻撃よる損傷をチェックする。
「右肩部爆縮反発装甲、正常稼動。機体への衝撃も基準値以下ですわね、もちろん問題無く戦闘可能、右肩部装甲内部への混合液化炸薬の再充填を開始しますわ」
“CAUALL”の左右に張り出した両肩部装甲には、爆縮反発装甲という機構が装備されていた。これは装甲内部で強力な炸薬を破裂させて爆縮を起こし、収束した爆圧を装甲内部から一定方向へ解放する事で外部からの衝撃を相殺させる防御機構である。だが、必ずしも防御のみに使用される訳ではなく、こうして攻撃へと転用する事も出来る機構だ。この機構に採用されている混合液化炸薬は、通常安定している二種類の薬剤を極少量、規定の割合で混合した場合にのみ、極めて強力な爆発を発生させる爆薬となる。
機体装甲内部に固定された二槽式薬剤タンクも小型小容量のものが採用されており、微細パイプにより装甲内の燃焼室へと繋がっていた。“白猟犬”は機体を前傾させ、右肩を突き出した姿勢のまま、特殊変態ポーン種との衝撃で落ちた機体スピードを再加速、脚部機動装輪と接地した路面との間から焦げ臭い白煙が立ち昇る。
「ファー、このまま腕部機構の稼動試験を始めよう!」
フットペダルを深く踏み込み、“白猟犬”の複座型コクピットの前席の少女が狭小の空間で叫ぶように言い放った。後席の少女はわざとらしくため息を一つ吐き、大きく頷いて返事をする。
「その呼び方、もう確定ですのね……。こほん、了解しましたわ。あなたは機体の走行に専念なさい。先程同様、ギミックによる攻撃はわたくしが」
「うん、じゃ、追い駆けるよ! エリスに撃ち抜かれて、あのフォモールが溶けないうちにね!」
レナの言葉を待っていたかの様に灰色のSFのすぐ脇を高速弾が飛翔、転がった大陸樹幹街道の路上の先で、よろけながら起き上がろうとする狼型の特殊変態ポーン種に突き刺さり、起き上がることを許さず、更に大きく体勢を崩させた。
呆気にとられ、身動きを止めた森林警備のSF達を置き去りに、ガードナー私設狩猟団の団章がペイントされた灰の機体が駆け抜ける。
灰色の“白猟犬”に搭乗している少女二人は、右腋に機体と一体化した大型の専用電磁投射砲抱えた味方機が、自分達に遅れて森林警備の機体に接触したことを開き放しの通信回線から知った。地面に横たわる鋼獣は威嚇の唸り声を発して起き上がろうともがいている。
「準備はいい!? 突っ込むよ!!」
「左前腕装甲に手指格納、左腕甲振動子活性、いいですわ、いきなさい!」
後席の少女の操作により、“CAUALL”の手首に向かって涙滴型に大きく膨らんだ形状の前腕部装甲がスライド、機械の手指を覆い隠し、前方に突き出された円周の中央に埋め込まれた三つの球体、高周波振動子が強烈な振動を開始した。灰色の機体は低い前傾姿勢を保ったまま左腕を引き絞り、地面を噛む機動装輪で疾走する。よろけながらも起き上がった狼型特殊変態ポーン種は迫りくる灰色の人型兵器に自らの全身に逆立てた硬質の獣毛を散弾の様に撃ち出した。鋼色の硬質の獣毛の弾丸が右腕を翳し機体を庇う“白猟犬”の装甲表面に弾け、複座型SFの全身が装甲の隙間から吐き出された白煙に包まれる。機影を白く染め上げてポーン種に接近したガードナー私設狩猟団のSFは腰だめに構えた左腕を解き放ち、狼の長い顎を下から打ち上げるように殴りつけた。
白煙の正体は大きく張り出した両肩部装甲と同じ機構、爆縮反発装甲による燃焼ガスの排煙であり、“白猟犬”の四肢を包む装甲の多くはこの機構を内蔵した物となっている。
「続けて、右前腕装甲に手指格納、右腕甲振動子活性」
複座型SFに殴り飛ばされた狼型特殊変態ポーン種は空中で縦に回転し、重力によって地面に叩き付けられた。狼型の鋼獣は殴打された箇所に高熱に溶解した上で抉り取られたような創を付けられ、憎悪に染まった瞳を伏した地面から“白猟犬”へと向ける。しかし、灰色の人型兵器は爆縮反発装甲に覆われた左下腿で地面からかち上げると、左腕と同様に変形した右腕を振りかぶり、浮き上がったポーン種を真直ぐに殴り徹した。
赤熱した灼熱の剛拳が鋼獣の身体に腕甲とほぼ同じ大きさの貫通孔を穿ち、複座型SFが右腕を引くと同時に、宙に縫い留められた鋼色の獣は泥濘へと溶け崩れる。大陸樹幹街道の路面に広がった汚泥を前に、レナは特に意識せずその場で機体両腕の変形を解こうとした。汚泥の内から腕が伸び、しかし、“白猟犬”後席に身を預けるファルアリスの咄嗟の操作によリ上体を反らし、汚泥から伸ばされたフォモールの腕から免れる。複座型SFの眼前でフォモールの腕は急速に衰え朽ちていき、微細な粒子と化して砕け散った。
「高周波振動子による熱量破砕兵装、破砕武甲、左右とも正常稼働。とりあえず問題はないね!」
「……気を緩めるのが早すぎませんかしら、もう少し、慎重になさい!!」
少女公王が年上の小間使いの少女を指さして非難する声がコクピットに響く機体は戦闘態勢を解き、爆縮反発装甲内の炸薬を燃焼、機体各部から白煙が放出される。
「もう、次は気を付けるわよ。も、いいでしょ。あ、ほら、エリスと森林警備の人達がくるよ!」
コクピットハッチを開放し、外に上半身を出したレナは、後方からやって来る自分の主人に大きく手を振っている。
「はあ、もう!! ……ですが、これでわたくしの“善き神”に造り替えられた機体のアフターフォローは完了とします。……ええ、“善き神”そのままこちらに追従なさい」
少女公王は能天気な様子を見せるレナに聞こえないように小さな声でぼやくと、遠くに存在する自らの本来の機体へと話し掛けた。
後方の味方機との距離はかなり開いているが、周囲に敵影やフォモールの反応は無く、明るい日差しが高い森の木々の隙間から大陸樹幹街道を照らしている。上空には不意に揺らぐ透明な何かが居り、それは十二翼の翼を持つ竜の姿をしていた。
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