第161話 少年の帰還
大陸樹幹街道に存在するある衛星都市、その片隅にあるガードナー私設狩猟団の使用するガレージの中心で、銀色の粒子が何もない空間に煌めいた。
次々に溢れ出した銀色の粒子は寄り集まると左腕の無い人型を形作る。粒子が弾ける様にして固着し、SF“救世の光神”が形成される。一拍の間を空けて、五本の砲身を備えた隻腕のSFの背丈と同じ径を持つ金属環が機体の背後に出現し、五機の掌盾に分離し飛来、隻腕のSFの機体各部に自ら接続されていった。
周囲には狩猟団の整備班の人員が忙しそうに動き回っていたが、突如として姿を現したその隻腕のSFに見覚えのある一人の技師が機体に向かって近づいて行く。
技師の名はケイ=グラスマン、ガードナー私設狩猟団から今回の隊商警備任務に派遣された整備班の技師の一人で、SF部隊のジョンやレビンと共に、SFを二機搭載できるSF搬送車と数台の大型ワゴンに乗り、この衛星都市までやって来ていた。
ケイはガードナー私設狩猟団の技師の一人ではあるが、年齢も二〇歳と若く、ジョンよりも少しばかり早く狩猟団に入団した平の技師に過ぎない。だが、彼は運良く先のトゥアハ・ディ・ダナーン主教国への狩猟団の遠征にも整備班の一員として赴いており、遠目にだが、実際に“救世の光神”の姿を目にしていたのだ。団本拠でも、“銀色の左腕”着けた“銀腕の救世者”を目にしており、そのSFについての事情を知るダスティンとベルティンのオコナ―親子のように、とはいかないものの、コリブ湖に現われた銀色のSFと同じ左腕を着けた両機の間に何か関係があることに彼も気が付いている。
ケイはひらけたガレージの中央に立つ、片腕の銀色の機体へ近付くとその足元から話しかけた。
「もしかしてなんスけど、ジョン、ジョン=ドゥがのっているんスか?」
声掛けした青年技師の目の前で、銀色のSFは応えるように片膝立ちの駐機姿勢を取り、後頭部から伸びる銀色の放熱策を兼ねた長髪が左右に分かれ、頭部が首の付け根から胸部側に倒れ込み、金属帯が重なって構成された背面装甲が解けるように中央から押し分けられて展開、搭乗口を塞ぐ隔壁が露出し、圧搾空気の吹き出す音と共に隔壁扉が外側へと大きく開かれた。そこから顔を覗かせたのは怪訝な表情の特徴の少ない少年、ジョン=ドゥだ。
「……えっと、誰かな? 僕の名前を知っていたり、その作業着からするとガードナー狩猟団整備班の人なのは間違いないみたいだけど」
ケイの顔を見ても訝しげなままその少年、ジョン=ドゥは問い返し、機体の右肩に上がると右腕を伝って器用にガレージのコンクリートで打ちっ放しの床に降りてきた。自分の目の前に現れた少年の顔を見て、ケイは破顔すると両手を広げ、舞台俳優じみた様子でわざとらしく嘆いてみせる。
「あ、やっぱり、ジョン=ドゥなんスね! しかし、人の事を忘れるなんてひどいっす。ケイっスよ、整備班のケイ=グラスマン、団本拠であんとき一緒に飲んだじゃないっスか! この衛星都市までだって同行して一緒に来てるんスよ」
「ううん……、ああ!」
ジョンは頭を振り、こめかみに人差し指を押し当て記憶を思い起こそうとする。少し間を空けて、ハッとしたように顔を上げケイを見上げた。
「思い出した、あの時、酔っぱらって裸踊りしようとして親方に殴り飛ばされてたケイか!」
「……いや、まあそうっスけど、そんな俺の方まで頭痛くなるような思い出し方はしてほしくなかったっス……」
ジョンの言葉に青年技師はがっくりと項垂れるも、直ぐに気を取り直して“救世の光神”を指さした。
「ま、まあそれは置いといて、このSF、どうしたんスか? 居なくなる前からするとだいぶ形が変わってるんスが?」
「うん、“救世の光神”については説明するけど、ケイ、整備班の他の人たちは? ここにいる人たちだけじゃ人数少ないよね。みんなの居る所で説明した方が良いかと思うんだけど」
「こっちに来てるのは俺を含めた下っ端っス。腕利きの皆さんは隣りのガレージでレビンさんのTESTAMENTの乗った懸架整備台に掛かり切りなんスよ。この都市で集められるだけの資材で、なんでか張りぼて同然になっちまったあのTESTAMENTを、どうにか動かせるように持って行こうとしているっス。まあ、リア・ファル反応炉がうんともすんとも言わないんで、ガワだけはどうにか繕えたんスがどうにも……」
ジョンはケイに向かって深く頷くと、おもむろにその唇を開く。
「それは、どうにかできる。元々、僕が原因でもあるからね。レビンのTESTAMENTの所まで一緒に来てもらえるかな。整備班の人達に僕の顔を覚えてもらえているかわからないからさ」
「うん、いいっスよ。どうせ手詰まりなんスから、たとえ猫だったとしても新しいアイデアやアプローチは皆さんほしがっているはずっス」
ケイはジョンの顔の高さに右手を上げ、少年は青年技師の掌を勢い良く叩いてハイタッチした。
†
レナとファルアリス、二人の少女がコクピットに搭乗する複座型SF、レナのTESTAMENTが“善き神”の翼により変異し、ガードナー私設狩猟団整備班の手により改修され新生したその機体は新たに白猟犬を意味する“CAUALL”の銘を与えられている。
森妖精を思わせたデザインのTESTAMENTから発展されたその機体のシルエットはより野性的で、TESTAMENTより野太く、力強い四肢はその銘の如く猟犬を思わせる。それはそこに仕込まれた新しいギミックも関係するが、パイロットシートの増設により胴部の厚みが増し、胴部とバランスを取る為に四肢に配される導電性高分子ナノチューブを縒り合わせ束ねた疑似筋繊維アクチュエータをより多く搭載した結果で、人工筋肉ともいえる疑似筋繊維アクチュエータの搭載量の増加が何より大きかった。リア・ファル反応炉の出力は変更されていないが、疑似筋繊維アクチュエータによるその機体の瞬発力はTESTAMENTを大きく上回る程になっている。
「ファー、エリスの指示よ! ギミック展開はまだ、最大戦速で脚部機動装輪を回すわ!!」
「ファーってなんですの? もしかしてわたくしの呼び名だったりはしませんわよね!?」
脚部機動装輪を展開し、機体を前傾姿勢にして“CAUALL”は走った。走行の最中、自機後方から放たれた銃弾に体勢を崩した狼型特殊変態ポーン種に肉薄、重装甲化した機体そのもので肩口からぶつかっていく。後席の少女は冷静にコクピットに左右に分散配置されたコンソールを操作、鋼獣との激突の瞬間、左右に大きく張り出した“CAUALL”の、右肩部装甲の側面が炸薬により撃発、装甲面そのものが衝撃を狼型特殊変態ポーン種に伝播、ポーン種の身体は大陸樹幹街道の路面をなす術なく転がっていった。
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