第160話 少女たちは彼方へ駆ける
木々の合間を縫って弾丸が飛翔する。間を空けず、続けて銃口から吐き出された二発目の弾丸は、森の奥に身を潜めていた狼型のフォモール・ポーン種の顔面を引き裂いて深い傷を付けた。
弾丸による致命傷を負いつつもポーン種は咆哮を上げ木々を薙ぎ倒しながら森の外へ、開けた街道の上で自らに向け銃を構える一機のSF目掛け走り寄る。
森を抜け駆けたポーン種の身体に変貌が始まり、鋼色の獣毛が長く伸び絡み合ってなった甲殻が全身を覆い、眼球の露出した、一目見て解るほどの致命傷が塞がって顔面の半分を覆う甲殻の仮面が狼型ポーン種の傷口に被され、傷口を覆う仮面には女性の顔が半分浮かび上がっていた。
「こちら森林警備C班№6、CPに連絡。至急、応援を願う。敵ポーン種一体の出現を確認、味方機と共に牽制に放った流れ弾に当たったのか、既に変異を開始している。もてる限りの全力を行使するが、速やかな援護を!! こちらは戦闘を開始する」
『CP、了解。そちらの近隣に派遣済みの警備班、W班、P班を急行させる。C班は総員の総力をもって現状を維持されたし、健闘を祈る』
森林警備の隊員であるSFパイロット、クランク=ホースは自らの操るSFと同じ機体の背をコクピットから眺めながら、近隣の味方指揮所応援要請を送る。クランク機の半歩前に立つネミディア連邦系SF、ELEMENTの森林警備仕様機は右手に装備した銃剣付き突撃銃を弾倉が空になるまで射撃を開始した。
森から姿を現した狼型は出鼻を挫かれ、弾丸を嫌がって二機のSFを回り込むように駆ける。
突撃銃での牽制を続ける味方のSFの背後で、クランクのELEMENT森林警備仕様機はその手を背部に回し、そこに括り付けられていた筒型の電磁ネット投射機を掴み、両手で構えると丸型の砲口を狼型ポーン種に向けた。
慣れ始めたのか弾丸を物ともせずに噛みつかんとするポーン種の鼻先に、味方機は銃剣を振り抜き、飛び退かせて距離を開くと、クランク機の構える電磁ネット投射機から圧搾空気に押し出されて円筒内の球体カプセルが砲口から飛び出し、カプセルに内蔵された電磁ネットの金属網の端に取り付けられた錘を兼ねる数個のバッテリーにより遠心力を受けて大きく広がり、狼型の四肢に絡みつく。身動きを封じられ、ポーン種は飛びかかった勢いのままクランクのELEMENT森林警備仕様機の脇を転がった。
クランク機と味方のSFが脚部機動装輪を展開し、金属網に絡まったポーン種から距離を取ろうとする。味方機が先行し、二機のSFが動き出した瞬間、電磁ネットの網上に電光が走り、高圧の電流がポーン種の全身に流れた。しかし、狼型は高圧電流を意に介した様子も無く、甲殻となった全身の獣毛を逆立たせ、硬質な鋼色の獣毛は鋭い刃となって自らを拘束する網を切り刻み狼型を解き放つ。四足獣型の鋼獣は絞りに絞った弓から放たれた矢のように地を駆け、先行する味方機を無視し手近のクランク機に襲い掛かる。
クランク機は電磁ネット投射機を投棄、腰背部装甲に一体化していた折り畳み式騎剣を掌盾形態のまま抜き放ち機体前方に構え、襲い来るであろう衝撃に備えた。
『そこの森林警備機、これよりそちらを援護します!』
激突の瞬間、鋼獣とクランク機を遮るように熱量の塊が通り抜け、ELEMENT森林警備仕様機のコクピットに毅然とした少女の声が響く。
†
ガードナー私設狩猟団のSFが二機、大陸樹幹街道を東へとひた走る。道の先、森林警備らしき二機のSFが一体のポーン種と戦闘が開始され、肉眼では見えず、通常のセンサーユニットの感度では捉えられない場所で起こっているその様子を、ガードナー私設狩猟団SF部隊隊長、エリステラ・ミランダ=ガードナー専用機“FAILNAUGHT”の左肩に装備されたスズラン型防盾に内蔵されている高感度センサーユニットが捉え、コクピットに身を預けるエリステラへと“機体制御システム”がディスプレイに文章を表示させ伝えてきた。
「レナ、この街道の先で森林警備のSFが、フォモールと戦闘を行っているようです。援護しようと考えますが、いいかしら?」
並走する味方機へと通信回線を開き、エリステラはもう一機のSFに搭乗するレナへと提案する。
『うん、それはいいけど、エリス。ここからで間に合うの? こっちの機体のレーダーは何にも捉えてないんだけど』
『おやめになったら? 有象無象を救護しても意味は無いですし、時間の無駄です。このまま先を目指すべきですわね』
黒髪の少女のものと同じ回線から、もう一人の少女の声が否定を含んで返される。黒髪の少女、レナの現在搭乗するSFは複座型のコクピットだ。前席に身を埋めるレナの背後、後席にはパーソラン公国の少女公王、ファルアリス・セラフィム=パーソランの姿がある。レナは背後に振り向くと年下の少女に眉をしかめた。
『あんたねぇ、出撃時のどさくさで、勝手にあたしのSFに乗ってきたくせに、偉そうにしないのよ。あなたの国では兎も角、あたしの後席に座った以上、今はエリスの方が立場が上なの』
『むぅ、仕方ないではありませんか、“善き神”では、あなた方のSFと同道するには速すぎますし、速度を合わせて飛行させては余計にフォモールを集めてしまうのですもの』
口を尖らせていそうなファルアリスの声を遮り、レナの声がエリステラの背中を押す。
『エリス、あなたの好きなようにしましょ。だって、このまま見て見ぬ振りするのはエリスらしくないよ』
『そういえば、こちらの機体は改修後の慣らしを行っていないのでしたわね。でしたら、わたくしも戦闘に賛成しますわ。まあ、もし危なくなったらその時は“善き神”を呼びますし』
少女公王はぽんと手を叩き、首を傾げてそう宣う。エリステラは妙な気疲れを感じ、気を取り直す様に咳ばらいをして“機体制御システム”に話し掛けた。
「ファルアリスさん……、こほん、では“シャーリィ”、“TRISTAN”での効果的な射線を計算、このまま走行しつつ、あちらの戦闘に介入します」
“FAILNAUGHT”はハイヒール状に踵を上げ、展開した脚部機動装輪で大陸樹幹街道の舗装路を滑るように走り抜ける。右肩に機械肢で接続された高出力電磁投射砲“TRISTAN”を背部から可動させ、右脇に抱え込むようにして水鳥の嘴に似た電磁投射砲の開放型砲身を前方に向けた。
「“シャーリィ”、照準はこちらに、“TRISTAN”の反動制御はあなたに任せます。わたしは攻撃を開始するので、レナとファルアリスさんは先行して森林警備のSFと合流、ポーン種と接敵してください。どうやら、特殊変態体です。十分に気を付けて」
“FAILNAUGHT”と同様、TESTAMENTを素体としながら、よりマッシブな印象をしたSFがエリステラ専用機を追い越して街道を走り出す。
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サブタイトルは思いついたらつけます。




