第159話 一つの国の終焉
隻腕のSFが姿を消した後、その場に残された四翼の一枚を失い半壊した機体は背部に残った翼を広げ、東にある超巨大フォモールの元に向かって飛翔した。
飛翔の最中に外部へと内部構造を露出していたSFとも鋼獣ともつかぬ姿の機体の損傷はまるで生物の傷が塞がるように、周辺部の組織が盛り上がって完全とはいえぬまでも塞がっていく。超巨大フォモールの女性の姿をした半身は、手にしていた錫杖を地面に突き立てると自らの方へと飛んで来る傷ついた“敵対者”を両腕を開いて受け止めようとした。
“敵対者”は右手に下げた大鎌の刃を、長柄を両側から挟むように畳み、柄を縮めると腰背部にマウント、拡げられた超巨大フォモールの腕の中に飛び込んでいく。ダムヌは手の中の四翼の機体を慈しむように優しく抱きしめ、天を見上げて歌うように声を上げ、その巨体を囲むように大地を割り、大陸東海岸に上陸した超巨大フォモールの、小さな大陸ほどもある玉座の様な姿の触手を生やした半身が人類領域大陸の地面に撃ち込んだと思しき鋼色の触手が林立、大陸東部、クェーサル連合王国の領土の過半を文字通り抉り取り、伸びた触手は歌い続ける女性の姿をした半身を取り込んで鋼色のドームを現出させた。
鋼色の脈打つ触手のドームに隠され、その巨影が見えなくなってなお、超巨大フォモールの歌声はその内にこもる事無く、姿が隠れる前と遜色なく世界へと響き渡っていく。
鋼色の触手のドームの中、さらに超巨大フォモールの女性の姿をした半身の掌の内は、分子機械粒子に満たされ、その中に浮かぶ“敵対者”はその身の内に納めた少女の身体と融け合い、分かち難い悍ましき姿へと変わっていく、既にその少女、ダナ=ハリスンは最早どうしようもなく人間とは呼べぬ別の存在へと化していた。
†
クェーサル連合王国中枢、商業王国クェーサル首都、首長府内の中央会議室に集った連合王国を構成する四ヵ国の首長、通称“四人委員会”と呼ばれる者達は無思慮に垂れ流される無人観測カメラが捉えた外部映像に言葉を失い、ただ四人のみが座るには広すぎる中央会議室は重い沈黙に支配されていた。
広い室内は映像の放つ光が照らすのみで薄暗く、締め切られた空間は空調が効いているにも拘らず、一つ息を吐くにも苦労するほど空気が澱んでいる。
「……ヒャヒャヒャヒャヒャッ、ヒーッヒッヒッヒッヒッ!!!」
薄闇の中に、不意に女の哄笑が響いた。その場の紅一点、漁業国フィンタン首長であるエンジェル=ルビナスが壊れたように意味の分からない狂った声を上げている。
「エンジェル、この女、壊れたか……、このような光景を目にしては無理もないが……」
酪農国バンバ首長、オーガスタ=エジソンは連合王国を横切った光線による、その人的、経済的損害を思い浮かべ、そして東部の漁業国フィンタンの壊滅的な被害にただただ頭を振った。
「……あの銀色の、遠目故、はっきりとはわからぬが、SFのような何か。あれを手に入れねば。クェーサルの東を大陸ごと抉り取ったあの巨大というにも馬鹿らしいフォモールを駆逐するためにも!!」
掛けた左目に片眼鏡を片手で弄り、商業王国クェーサル首相ルーカス=アンダーソンは唸るように言葉を漏らし、痩せぎすで禿頭の壮年の男は爪が皮膚を破るほどに力を込めて拳を握る。
「儂のヴァンが……、国が……、なんと、なんという事か……」
白髪を残腹に伸ばした農業国ヴァンの首長フォント=アートは急に老け込んだ様子で項垂れ、呆然とした仕草でぶつぶつと呟いていた。
受けた心理的衝撃に四人が四様のさまを現すその会議室の、遺伝子情報により施錠された入口のロックが解除され、薄闇の中に一条の光が察し込む。新たな人影が広い闇に中に姿を現した。
「辛気くせーなぁ、おい。それでもお前ら、国家元首なのかね?」
無精髭を伸ばした顎を撫で、男の咥え煙草が薄闇に小さな火を灯す。男は言葉と共に革ジャケットの懐から回転式拳銃を抜き打ち、無造作に狙いをつけて、女の上げる狂笑を強制的に終わらせた。室内の澱んだ空気に金気の混じった生臭い臭気が混ざる。
「……あ、貴方が何故⁉」
「危急の帰還、心より歓迎いたします。王よ」
男の顔を正面から見詰め、何者かを悟ったルーカスは顔を引き攣らせた。背を預けていたソファーから立ち上がり、オーガスタは暗がりの中敬礼を捧げ、一礼する。再度、回転式拳銃が火を噴き、男の放った弾丸は一礼したオーガスタの脳天を貫通、驚愕の顔を浮かべたまま、酪農国バンバの首長は絶命した。室内に響いた二発目の銃声にやっと顔を上げた農業国ヴァンの首長は、今はじめてその男の存在に気づいたような顔をする。
「ひ、ひいいいいい、おた、お助けを……!!」
フォントは老いたネズミのように小刻みに震え、手を合わせて命乞いを始めた。ルーカスはその場の最年長であろう老人の痴態に一層顔を顰める。
「いや、死ねよ。糞爺」
連発された弾丸が、フォントのやせ衰えた矮躯を撃ち抜き、農業国ヴァンの老人は自らに穿たれた傷痕を抑え、白目を剥いて床に崩れ落ちた。フォントの死を目の当たりにした商業王国クェーサルの首相は、弾丸の音が続く中、会議卓の天板の裏に指を伸ばし、自らのソファーを囲う対弾シールドを起動、勝ち誇った笑顔を浮かべる。
「こ、これで、その骨董品では私を害せない!! ……がっ!?」
男は、アンディは咥え煙草を床に捨て、回転式拳銃を懐のホルスターに戻すと、フィンガースナップ。快音が室内に響くと天井を撃ち抜いて、粒子光を纏った人体よりも太い鎖が対弾シールドごと商業王国クェーサルの首相ルーカス=アンダーソンを圧し潰し、粒子光に分解された。
「いや残念、俺の武器は回転式拳銃だけじゃねえのさ。忘れたかよ、この国の国王機をよ」
最早、塵一つすら残っていないルーカスに声を掛け、アンディは新しい煙草を取り出して咥える。紫煙を燻らせ、最初に殺されたはずの赤髪の女に近づき、爪先を蹴りいれた。
「いつまで死んだふりしていやがる。てめえがこんなんで死ぬわけねえだろうが」
呆れたような声を出したアンディの前で、クェーサル四人委員会の紅一点、漁業国フィンタン首長であるエンジェル=ルビナスが額に開いた銃創はそのままに、糸の切れた操り人形の様な不気味な動きをしながら跳ね起きる。
「ひどいな、僕だって痛みは感じるんだって前に言ったじゃないか? まともな人間なら死んでるよこれじゃあさ」
女の顔が、肉体が、身に纏っていた服がいつかの路地裏で、何処とも知れぬ空間で“お節介野郎”という字名の雑務傭兵、アンディ=オウルに話し掛けた形無き者のそれに変わっていった。形無き者は誰に見せるでもなく嘲笑を浮かべ、旧き王統の末裔の耳に唇を寄せ囀る。
「Angelだなんてさ、こんなあからさまな偽名だのに、こんな地位にまでなれるんだもの。人間て、本っ当に、バカばっかりだよねぇ」
「俺に臭ぇ息をかけるんじゃねよ……」
アンディは超硬化処理陶製ダガーを逆手で抜き放ち、形無き者の顔面に叩き込んだ。
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