第157話 紅い手の掴むもの
今回から毎週金曜日23時頃更新となります。
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粒子結晶を纏った四機の自律機動攻撃兵器が大気を裂いて、四翼の機体“敵対者”に向かっていく。
「……まだだ、違う。……僕はまだ!!」
少年の発した声と裏腹に、三つの刃、量子刃形成騎剣と二機の超高速粒子砲形態の砲身化した剣身で斬りかかり、体勢を崩した“敵対者”に衝角突撃形態が回転しながら吶喊した。
少年、ジョン=ドゥの身体細胞に擬態する量子機械粒子と、“救世の光神”の装甲を構成し自律機動攻撃兵器へと変化した量子機械粒子が共振、少年の思考をダイレクトに受け止めた五機の自律機動攻撃兵器は、隻腕のSFが手にする騎剣となっている一振りを除き、少年の秘めたる攻撃性のままに連携し攻撃を重ねる。
衝角突撃形態の吶喊を大鎌の一閃で逸らし、その攻撃を逃れた四翼の機体“敵対者”は自律機動攻撃兵器群の攻撃を嫌がり、背の四翼を大きく開いた。
SF“対立者”に搭載されていた秘匿兵装、分子機械粒子収束砲を基とした四門の魔眼型分子機械粒子収束砲、“敵対者”の持つ最も威力の高い射撃兵装である一対の鳥の翼と一対の被膜の翼に開かれていた巨眼に変化が起こり、元々の四つの巨眼が閉ざされ、新たに無数の小さな瞳が四枚の翼全体に出現した。新たに開いた瞳と同数の分子機械粒子の光条が迸り、自らに追いすがる四機の自律機動攻撃兵器の進路を遮る様に無数の格子を空間に刻み付け、その格子光は自律機動攻撃兵器の親機である隻腕のSF、“救世の光神”の機体周囲にも及んだ。しかし、ジョンは機体踵部の光輪から粒子光を撒き散らしながら宙を疾走、イチイの葉状結晶に覆われた剣身で機体の進路を文字通り切り拓いて進む。
格子光に晒されたと二機の超高速粒子砲形態、衝角突撃形態もまた筐体を包むイチイの葉状結晶に守られ、分子機械粒子光に撃たれた際には僅かに速度を落とすものの、空中に砕けた結晶の欠片で光跡を残しながら量子刃形成騎剣と衝角突撃形態はその刃で、二機の超高速粒子砲形態は斬撃と砲撃を織り交ぜながら“敵対者”への攻撃を重ねていく。
四翼の機体は羽ばたいて空を舞うように移動して、無数の分子機械粒子光を放ち、左腕の大爪で、大鎌による斬撃で自律機動攻撃兵器による攻撃を捌き続けた。だが、幾度目かの超高速粒子砲形態の砲撃を回避、続けて迫った量子刃形成騎剣の刃を大爪で受け止めたその時、衝角突撃形態の回転衝角が、“敵対者”の胸殻に突き刺さらんとする。そのまま貫通するかに思われたが、“敵対者”は胸殻を開放して大顎を開き、そこに並んだ鋭い牙で衝角突撃形態の十字の断面をした刃を噛み締め止めた。
それでもなお、刃を回転させ押し進もうとする衝角突撃形態を、四翼の機体は上体を反らすようにして後方へと放り投げると、翼を羽ばたいて回転しながら上空に飛び上がる。右手に掴んだ大鎌の長柄に大爪を生やした左手を添え、空に高く掲げた四翼の機体は上昇の頂点で羽ばたきを止め、閉じたばかりの翼の巨眼を見開いて大鎌の刃に分子機械粒子光を照射、直後に翼を窄めた。分子機械粒子の光を受け白熱、巨大化した鎌刃ごと縦に高速回転を始めた“敵対者”は、自らを追いかけ昇ってくる自律機動攻撃兵器とそれを従える隻腕のSFを目掛け真直ぐに落下を始める。
「くっ!!」
ジョンは咄嗟にヒッグス場を展開、重力方向を改変し空を蹴り、戦輪となった四翼の機体の攻撃範囲から逃れようとする。四機の自律機動攻撃兵器達は“敵対者”を追いかけることを止め、“救世の光神”の周囲に戻り、それぞれの刃や砲身の基部であるイチイの葉状結晶に覆われた五角形の掌盾を並べて戦輪による攻撃の衝撃に備えた。
縦に高速回転する“敵対者”は、そのまま背部の鳥の翼を僅かに開き、外に覗いた無数の小さな瞳から無差別に分子機械粒子光を放ち始める。断続的に光条を迸らせ、巨大な戦輪となった姿はまるで丸くなったハリネズミやウニを思わせた。しかし、その身を包む光の針は致死の威力を宿し、隻腕のSFの機体を覆う量子機械粒子防御膜のみでは防ぎきることは出来ないものだ。
「量子刃形成騎剣!!」
少年は機体の右手に掴まれたイチイの葉状結晶に覆われた騎剣を放り、剣身の基部である掌盾を前腕に接続、前方に掲げ“救世の光神”の機体の全身を包む粒子防御膜の前面に右前腕の剣の伸びた掌盾からイチイの葉状結晶を半球状に波及させる。直後、光の戦輪の刃がイチイの葉状結晶によって強化された隻腕のSFの粒子防御膜を斬り裂き、続く無数の光条が粒子防御膜に開かれた裂け目からその奥に存在する“救世の光神”を撃ち抜いた。
「“簡易神王機構”、損傷報告。……まだ、いけるはずだ」
機体を打ち据える分子機械粒子の光線に、コクピットごと身体を揺さぶられながら、ジョンは肉眼に映る敵影を睨み付けながら、左の視界を遮る赤いものを左手で乱暴に拭い払う。“救世の光神”のコクピットには機体を撃ち抜いた“敵対者”の攻撃によって外部に通じる貫通孔が穿たれ、それは同時に少年の左側頭部を掠めていた。
『機体各部軽微損傷多数、ですが掌盾表面のイチイの葉状結晶により機体中枢に達する攻撃の大半は遮ることが出来たようです。戦闘機動に影響を及ぼすほどの損傷は、ご主人様、貴方に損傷を負わせ、コクピットを貫くに至った攻撃によるもののみかと。その遠因は機体装甲の損傷修復が完全に終わらないままに機体に変異が起こった事と思われます。以上を踏まえてもご主人様に戦闘続行の意思さえあるならば、戦闘は可能です』
操縦桿から手を離し、だらだらと流れ続ける血をパイロットスーツのポケットに忍ばせていた簡易医療キットから取り出した細胞再生シートで無理矢理に止め、少年は自由になった両手で操縦桿を握り締める。
「なら、解るだろ、“簡易神王機構”。僕の答えは、意思は一つだ」
『了承しました、ご主人様。ワタシは貴方を、この簡易神王機構を構成するすべてを持って全力で支援します!』
ジョン=ドゥを内に納めた“救世の光神”のコクピットに銀色の粒子、量子機械の粒子が満ちた。隻腕のSFの装甲が銀色に発光、コクピットに開いた貫通孔が急速に閉ざされ、機体各部の損傷もまた急速に修復されていく。四機の自律機動攻撃兵器はそこから先に繋がるものの無い左肩に集い輪舞を始めた。その輪の中に収束した銀色の粒子が肩の先に左腕を象ると、聞き覚えがありながらも何者ともわからぬ機械音声が少年の耳を打つ。
《“収束決戦砲撃機構”発動要件を確認、疑似銀腕形成、成功。“収束決戦砲撃機構”発動可能》
ジョンには事務的なその声が、何故か、昏く深い喜びに満ちたものであるように聞こえた。
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