第155話 イチイの神樹
空を二つに裂いて、壁のごとき黒柱が迫る中、“救世の光神”は手の中の長距離狙撃銃を変形させる。長距離狙撃銃の銃身前部を銃身の中程でその上下幅の分だけ下側にスライド、機関部に繋がる残り半分の銃身後部の下に銃身前部を引き込み機関部と接続させると右腕を腰背部に回し、変形した銃を腰背部の装甲を形成する金属帯が機関部を包み込むように可動して装着、長距離狙撃銃の銃把ごと機体の右拳を包む銃把覆が銃の機関部の左右に展開し上側に跳ね上がった。開放された右手を動かすと再度左肩に当て、“救世の光神”は自律機動攻撃兵器達を呼び戻す。“敵対者”に追いすがり、牽制を行っていた衝角突撃形態二機は四翼の機体をその場に置き去りにして隻腕の機体の元に舞い戻って来た。
機体に装着された長距離狙撃銃の銃身と砲身を並べていた二機の疑似超高速粒子砲形態も、衝角突撃形態と共に、機体背部で刃を立てる粒子刃形成騎剣の周囲を取り巻いて旋回する。
5機の自律機動攻撃兵器がそろったことで量子誘因増幅器の性能もまた増幅され、機体周囲に放出された量子機械粒子が自律機動攻撃兵器全ての伸長させる刃の周囲にイチイの葉状に結晶化した。
腰背部の長距離狙撃銃から弾倉が排出され空中に放り出される。弾き出された弾倉は大気に溶け込むように粒子に砕けて霧散した。
「量子誘因増幅器、量子機械粒子物質化起動、弾倉データロード」
左肩に回した右手に銀色の粒子が纏わり着き、右腕を戻すとその手の中に長距離狙撃銃用の弾倉が握られている。隻腕のSFは叩き込むように右手の中の弾倉を装填、自由になった右腕を掌を大きく開いて前方に突き出した。
「“簡易神王機構”、量子誘因増幅器稼働、量子機械粒子を右掌に収束、機体を中心にヒッグス場を最大展開、あの濁流を押し留めるよ」
『了承しました、ご主人様。量子誘因反応炉出力最大』
隻腕のSFの操縦席で操縦者の少年は機体制御システムの返答を聞きながら、自機の後方、その彼方にあるものを確認するように刹那、視線を動かす。
「量子誘因増幅器全開、量子機械限界稼働!」
ジョンの発した言葉を合図に、“救世の光神”を起点に、銀色の量子機械粒子が大規模に放出され、五機の量子誘因増幅器の周囲に形成されたものと同じ量子機械粒子の結晶が、隻腕のSFの右掌からイチイの木が成長するように四方に向かって瞬時に広がった。ほぼ同時に超巨大分子機械群体の真直ぐに振り下ろした天を衝く極大の黒の刃が大地ごと“救世の光神”に襲い掛かる。
眼前で黒い濁流の剣が量子機械粒子結晶で出来た障壁に遮られる中、“救世の光神”は右腕を腰背部に回して銃把に触れると、長距離狙撃銃の銃把覆が可動し、機体の右手ごと銃把を包み込んだ。
†
「ああっ!? あんたたち、すぐに助けなさい!! うちの、“フィンタン”の奴らだって、連合の国民なんだよっ!!!」
クェーサル連合王国首都、首長府内の中央会議室に今日も四カ国の首長が集っている。絹を裂くようなヒステリックな声が決して狭くない中央会議室の中に響き渡っていた。その声はクェーサル四人委員会の紅一点、漁業国“フィンタン”の女首長、エンジェル=ルビナスが発している。
四人委員会の他三人より年若い情熱的な赤髪の女性は、着込んだスーツの胸元を盛り上げる大きな胸をこれ見よがしに張り、腕を組んで強調し口元の黒子と共に余裕たっぷりに唇を動かすものだが、今現在においてはそんな様子は見られなかった。
その原因はもちろん、彼女が首長を務める漁業国、フィンタンの存在する人類領域大陸東海岸沖に出現したフォモールにある。
先日、大陸中央、ネミディア連邦首都にほど近いトゥアハ・ディ・ダナーン主教国の東、コリブ湖に現れたそれまでで最大の大きさを誇った個体すらを遥かに超え、他全ての存在を良くてネズミ程度としか認識しないであろう巨躯を誇る、まさに超巨大と形容するほかないその個体に、彼女の祖国は今まさに蹂躙されているのだ。
中央会議室に設置されている大型ディスプレイは、漁業国フィンタンの国民が曳波にさらわれていく様を、巨大な触腕にフィンタンの大地が削られていく様を、彼女にとっては無情に流し続けている。
「……映像を止めるか? あの女が五月蠅くてかなわん」
酪農国“バンバ”首長オーガスタ=エジソン、年若くも白髪の、巌のような体型の偉丈夫が声を絞り出すように言う。
彼の国、酪農国バンバは西方からフィル・ボルグ帝政国に攻め込まれ、戦火に飲まれた挙句に潰走、今ではその国土を大きく減じていた。その身に降りかかった災難の性質はフィンタンのそれと似通っており、口でどう言おうとオーガスタはエンジェルを、フィンタンの民を案じている。とはいえ、彼の国は敗戦処理の真っ最中、どう受け入れようと、フィンタンの難民全てを受け入れきれるものでもなかった。
「あれの矛先がどうなるかもわからん、今はフィンタンの被害のみで済んではいるが、映像を止めた所で、見えぬ間にこの場へ攻撃が来ないとも限らん」
痩せぎすで禿頭の、左目に片眼鏡を掛けた壮年の男性、商業王国クェーサル首相ルーカス=アンダーソンが片眼鏡を不織布で手入れしながら、気も無さげに返す。その様子には自国でなくてよかったという企図があからさまな程だ。
「うちにはまだ余裕はある。フィンタンの民もバンバの民もある程度の受け入れは可能じゃよ」
フォント=アート、農業国ヴァンの首長である白髪を残腹に伸ばした老人が腹の上で手を組み、優し気な口調でそう言う。だが、口調とは裏腹にその瞳にはまるで温和な色は無く、フィンタンとバンバから旨味を吸い上げようとしている意思が透けて見えている。
「なんだというのだ、あれは?」
「黒い柱? なんとも不吉だのう」
四人の視線が交わる先、無人観測カメラの映し出す映像の向こう側では、東の彼方に黒い柱が天を衝いていた。クェーサル四人委員会の見る前で黒の柱が西に、彼らの居る方角に向かって倒れ始めている。
「くそ、くそ、くそ、これ以上、何をしようってんだい!?」
「まて、あの、銀の光は何だ?」
倒れ始めた黒の柱を遮る様に、銀光がイチイの木の枝のように広がり、数え切れない光の葉が黒の濁流を押し留めた。
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