第154話 蒼穹を斬り裂いて
空を駆ける“救世の光神”の握り締めた騎剣は量子機械粒子を刃に纏い、周囲に取り巻く鋼色の飛竜達を熱したナイフをバターに入れる様に容易く斬り裂いた。
隻腕のSF、“救世の光神”のコクピットで少年、ジョン=ドゥは両手に握り締めた操縦桿を左右それぞれ忙しなく操作し、足先で弾くように交互に左右のフットペダルを小刻みに蹴り付けると、一拍間をあけ、左操縦桿を引きながら、右操縦桿を前に押し込み、両足裏を目いっぱいに踏み付ける。隻腕のSFはジョンの操作に従い、フォモールへと剣閃を走らせながら、小刻みに左右へステップを繰り返し、騎剣を突き出し機体ごと鋼色の飛竜の壁に突っ込んでいった。
少年は騎剣を握る右腕と同様に、既に存在しない機体の左腕にも失われていてもあるものとして操作し、機体に操作信号を送る。“救世の光神”に追従して動く二機の疑似超高速粒子砲形態と二機の衝角突撃形態が、主機に生まれた隙を狙う飛竜を撃ち落とし、あるいは貫いて、“救世の光神”の進行ルート上の障害を排除した。隻腕のSFは眼前の飛竜の顔面に騎剣を突き入れ、剣身から量子機械粒子の奔流を放出、飛竜を灼き滅ぼす。そのまま眼前に幾重にも重なる壁となった鋼色の飛竜の群れを、右腕を振り抜いて長大化した光の剣で飛竜の壁に大きな風穴をこじ開けた。
空間を蹴って、“救世の光神”はこじ開けた空間へと飛び込んでいく。それに追従しながら機体を反転し、砲身を進行方向と反対側に向けた二機の疑似超高速粒子砲形態は剣先を扇状に動かし、二本の刃の間から目に見えない極小の弾丸を連射、虚数力場に包まれた弾体は空気との摩擦によって著しく減速、通常物質とは正反対の性質を付与された疑似超高速粒子の原子弾は減速と同時にそのエネルギーを極大化、崩壊した原子が空間を焼却、追いすがる飛竜達を滅ぼしながら、その群れを釘付けにした。
フォモールの包囲から飛び出した隻腕のSFは後方に置き去りにした飛竜の群へと振り返る事無く、一直線に東へ飛翔する。二機の衝角突撃形態は“救世の光神”の周囲に対の螺旋を描いて駆け巡り、隻腕の機体に接近しようとする飛竜を牽制し近付けさせない。
「時間をかけ過ぎたのか!? あいつ、また変異を始めてる!!」
ジョンの視界に入った超巨大フォモールは背後にめくり返った鋼色の肉の蕾から、新生させた四肢を持つ女性像がその足を踏み出し、烏賊や蛸を思わせる触腕を無数に生やした大陸サイズの下部体から分かれて飛び出し、動き始めていた。超巨大分子機械群体のその場に残された下部は砕いた人類領域大陸に下方に生やした触腕を突き刺して固定、女性像の去った上部の肉の蕾が組み替えられ、巨人のための宮殿をその地に顕現させる。
組み替えられ変わっていく下部を背に、地上のありとあらゆる生物を塗り固めた、けれども艶やかな肌をした鋼色の女性像は、左手を握り締め、手の中から黒雲を湧き出させるとそれを練り固め、自らの背を僅かに超える長さの蛇の絡まる錫杖を生み出した。
左手の中で錫杖を旋回させ石突で大地を突く。錫杖に纏わり着く蛇の頭部が大顎を開けるとその口腔にぎょろりと大きな眼球が姿を現す。
錫杖を手にしたまま、女性像が右手を胸に押し当てると悍ましくも艶めかしい肢体を掌から湧き出した黒雲が包み込み、一瞬で鋼色のドレスに装われた。
『後方、急上昇して来る反応1、“敵対者”です』
「またか、しつこい!!」
はき捨てるように言い少年は自機が手にする騎剣を放り上げる。掌から離れた騎剣は“救世の光神”の背面に移動、隻腕のSFは右手を左肩に持って行った。
「“量子誘因増幅器”起動、量子機械粒子物質化、長距離狙撃銃、データロード」
“救世の光神”の左肩のコネクタから銀色の粒子が吹き出し、右掌にに纏わり着く。隻腕のSFが右腕を戻すと銀色の粒子が長銃を形作った。それはどことなく先に使用した長距離狙撃銃“雷光”に似た意匠が見て取れたが、片腕のみでの使用を想定した為か、銃把を掴んだ前腕を装甲が覆い、狙撃銃の後方に伸びていた銃床が無くなっている。
“救世の光神”は右腕を引いて腰だめにした長距離狙撃銃から弾丸を放ち、上昇して向かって来る“敵対者”を牽制した。その結果を待たずに東へ機体を返すと、今度は超巨大フォモールのドレスを纏った鋼色の女性像へ銃口を向ける。隻腕のSFに追従しながらフォモールの飛竜の群への牽制を続けていた二機の疑似超高速粒子砲形態は飛竜への攻撃を止め機体を反転、主機たるSFを追い越し、“救世の光神”の銃口と砲身を揃え、同時に砲撃を開始、虚数と実数の弾丸は空を裂いて超巨大分子機械群体へ襲い掛かった。
四翼の機体は上空の隻腕のSFが放った弾丸をロールして回避、大きな四枚の翼で空を打ち、東へと銃を向けた“救世の光神”に大鎌の刃を掬い上げるように斬りかかる。“敵対者”に気付いたジョンは“救世の光神”をその場に落下させ、斬撃を紙一重の差で避け、左右から衝角突撃形態が僅かにタイミングをずらし左右から四翼の機体に吶喊、一機は“敵対者”の大鎌の柄に打ち払われるが、もう片方は相方が払われている間にその軌道を迂回、十字の刃を高速回転させ突撃した。
“敵対者”は迫る衝角突撃形態に左腕を突き出し、腕部装甲内部から放出した分子機械をマニュピレータの指に添わせて鉤爪状に形成、高周波振動鉤爪と化し、衝角突撃形態の十字刃と打ち合わせ、五角形の掌盾を弾き飛ばす。打ち払われ、弾き飛ばされながらも、二機の衝角突撃形態は“敵対者”に追いすがり、四翼の機体を隻腕のSFに近づけさせまいとする。
背後の攻防をよそに、“救世の光神”は超巨大分子機械群体へと銃口を向け直し、再度、射撃を試みる。先の砲撃は狙い過たず確かに超巨大フォモールを撃ち抜いていた。だが、超巨大分子機械群体の女性像には大した被害を受けた様子は無く。射撃の効果があがっている様子も無かった。
超巨大分子機械群体の女性像は錫杖を掲げる。錫杖に開いた巨眼は女性像の手のひらから湧き出す黒雲を収束、天に届く大刃と化し、錫杖の柄に右手を添えて大上段に構え、黒雲の大刃は蒼穹を斬り裂いて隻腕のSFへと振り下ろされた。
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