第152話 光神の五槍
背に五剣を背負った銀色のSFは、上空から放たれ続ける分子機械粒子の奔流に飲み込まれようとした寸前に、世界の全てを置き去りに時間の壁を突き抜ける。
疑似超加速粒子化、ジョンがその場面で選択したのは、以前の使用時には機体の強制停止が行われることとなったこの機構だった。
背面に放射状に広がった自律機動攻撃兵器の量子誘因増幅器モードにより、疑似超加速粒子化の効率は飛躍的に向上しており、視界の隅に表示されるカウントダウンの秒数は10数倍となっている。
超加速粒子の世界では本来、光の速さを超越した状態での活動となる為、外部の光景も、コクピット内部もその全てが闇に覆われ、例え視力に問題が無くとも、視界に映る何らかの映像が結ばれることは無い、現在、少年の瞳に映る“救世の光神”のコクピットに投影される外部映像は、センサーカメラが光以外の波長を感知して増幅、外部の光景として映像に変換しコクピットに届けていた。
静止した世界の中で、纏わり着くような、重い粘性の大気をすり抜けて、“救世の光神”は眼前の危地を脱する。
表示されたカウントダウンに余裕のある内に、疑似超加速粒子化を終了させ、再び動き出した世界の中、ゼロタイムで機体周囲にヒッグス場を形成、重力方向を改変し、光輪状の脚部機動装輪で空中へと駆け上がりだした。
空中には編隊を組み降下を始めたフォモールの、鋼色の飛竜が数え切れないほどに、“救世の光神”目掛け牙を剥いて突っ込んでくる。それらのみでなく、四翼の“敵対者”は、ジョンの操る“救世の光神”が己の砲撃から逃れた事に気が付いた刹那、鳥の翼と皮膜の翼の二対それぞれで大気を叩き、駆け上がって来る隻腕のSFへと手にした大鎌を叩き付けようとした。
『“自律機動攻撃兵器”オプション兵装データ群をさらに適用します。“自律機動攻撃兵器”全五機中二機を疑似超加速粒子砲撃形態“LUIN”へ、更に二機を自律機動衝角突撃形態“ASSAIL”へと変形、残る一機はこのまま量子誘因増幅器モード“CRIMAILL”にて運用します』
簡易神王機構の機械音声が宣言すると同時に、背中に広がっていた刃を延伸した“自律機動攻撃兵器”の内、四機が“救世の光神”の左右へと二機ずつ移動、二機は機体腰部左右に刃を伸ばしたまま自ら接続、90度回転し前方へと切っ先を向ける。腰部に接続された“量子刃形成騎剣”の剣身が上下に展開し、音叉状の開放型砲身となり、刃の基部、掌盾の前方に向いた一辺が浮き上がり内部から四角い砲口が現れた。
機体左右に滞空した2機の“自律機動攻撃兵器”には、前方に伸びた刃と垂直に新たに剣身が生成、断面が十字の刃を生やした自律機動攻撃端末が粒子光の尾を曳く尖槍となり、隻腕の機体に先行して空を駆けて行く。上空から迫る四翼の“敵対者”を打ち一機が迎撃、粒子を纏った十字の刃を回転させ、大鎌ごと四翼の機体を弾き飛ばした。
僅かに体勢を崩した“敵対者”は大きく羽ばたくと“救世の光神”から距離を取り、超巨大フォモールから湧き出してくる飛竜の雲の中へとその身を潜ませる。
機体背部に浮かぶ“量子刃形成騎剣”は“救世の光神”の背部から後方へと真直ぐに剣身を立て刃を伸ばしていた。剣身の周囲にはイチイの葉を模して粒子光が漂い、それを中心に煌きが機体全身を覆った。
《各オプション兵装データ、正常に適用完了、“自律機動攻撃兵器”の機能開放により、収束決戦砲撃機構“AREADBHAIR”が初期化されました》
再度、聞き覚えはあれど正体不明の機械音声がコクピットに響いた。ジョンは“救世の光神”の操作を止めることなく、咄嗟に声を掛ける。
「待て! お前は何だ!? 簡易神王機構、これが、この声の主が何かわかるかっ!?」
『? ご主人様、質問の意味が解りかねます。ワタシは当SF“救世の光神”の機体制御システム。簡易神王機構です』
機体外部では粒子光を纏った十字の刃が回転しながら飛竜のフォモールを数匹纏めて貫通、空中に砕ける残骸を残し次なる標的を目指して飛翔していた。二機の自律機動衝角突撃形態端末がフォモールの集団へと突貫する間隙を狙い、四翼の機体が銀の機体へと潜み寄ろうとするが、“敵対者”が目眩ましにしていた飛竜を狙った“救世の光神”の腰部左右に装着された二門の疑似超加速粒子砲撃端末による砲撃の余波に煽られ接近できないでいる。
疑似と言え超加速粒子だ。虚数力場に包まれ放たれる原子一つ分の弾体の速度は限りなく光速に近く、虚数力場の性質から着弾と同時にエネルギーを得た弾体はその極小さからは信じられないほどの破壊力をもたらす。放たれる弾丸の大きさもあり、弾丸切れというものはおよそ考えられないだろう。音叉状の砲身は自律可動、稼働域に限界はあるが左右の砲身それぞれが別の標的を照準、前衛の飛竜のみでなく、時には奥の巨大な人型にさえ砲撃を加えていた。
「ああ、もう今は置いとく! “簡易神王機構”、右腕に“自律機動攻撃兵器”を回して、“量子刃形成騎剣”に、近場の敵は僕が斬る!」
『では、疑似超加速粒子砲左右両機を分離、自律機動攻撃を開始、背部の量子誘因増幅器モードを、そのまま“量子刃形成騎剣”として使用してください』
腰部から左右に疑似超加速粒子砲が離れていき、“救世の光神”が右腕を前方に伸ばすと、背部にあった“量子刃形成騎剣”が量子機械粒子の柄を形成しながら回転し、自ら隻腕のSFの右掌の中に飛び込んでくる。騎剣を握り締め、隻腕の“救世の光神”は踵の光輪で空を駆け、飛竜の群れへと斬り込んで行った。
牙を突き立てようとする飛竜の一頭に踵の光輪を廻し蹴りでたたきこみ、騎剣を逆袈裟に斬り上げる。機体の周囲では二機の疑似超加速粒子砲が援護射撃を行い、“救世の光神”の攻撃で姿勢を崩した飛竜に自律機動衝角突撃形態端末が止めを刺していった。触れれば斬れる刃のごとき連撃に、恐れを知らぬはずのフォモールも攻めあぐね、隻腕の輝神を中心に大きな球形の空間が出来上がっていた。
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