第151話 鋼色の腕
無数の触腕が蠢き続ける女性像を含む半身を失った超巨大分子機械群体の、大きく抉り取られたような傷口の全面から、唐突に人のそれと同じ形をした女性的な鋼色の腕が無数に生え、天に向かって伸ばされた。
伸ばされた腕は掌から先へとまた新たな腕を伸ばし、すぐ傍で同じように伸ばされた別の腕と絡み合って一回り大きな歪な形状の腕となり、そうして出来たより一回り大きな歪な形状の腕もまた同じ様に別の腕と絡み合い更に大きな歪な腕となる。悪夢のように捻じれ縒り合された腕は“救世の光神”の攻撃により失われた部分に入れ替わり、腕が歪に組み合わさった花の蕾を思わせる丸い膨らみを形作った。
膨らみの外周に等間隔で眼が生み出され、縦に開き周囲を睥睨する。空に舞う黒と鋼色の4枚の翼を持つ人型が、地上を駆けてくる銀色の人型へと黒い分子機械の濁流を四つの翼に開いた瞳から解き放った光景を大陸に向いた眼球の一つが捉えた。
下部に生えた烏賊や蛸の物に似た触腕が無秩序な蠢きを止める。鋼色の肉の蕾が綻び、進行方向に対して後ろ側へと捲り返る。その中から現れたのは、分子機械の粘液に濡れ、四肢を備えた失われたはずの女性像、世界に存在し得る無数の生物を歪に組み合わせ人の形に押し込めたような姿の、恐ろしく、そして、おぞましくもありながら美しい、全高8mの人型兵器、SFが蟻のような大きさに感じる巨大さも“救世の光神”の攻撃を受ける前と変わらない程だが、新生した像は以前の物よりも僅かに小さい体躯をしている。
新たに生まれた女性像は上空の黒と鋼色の4枚の翼を持つ人型を一瞥、前方へと掌を向け大きな右腕を差し伸べた。右掌の中心には乱杭歯の並ぶ口が開かれ五指の先に一つずつ目が開く。女性像の体内で生成する分子機械粒子を放出、空中に解き放たれた分子機械は黒い雲のように蟠り、黒雲の内で群体となった分子機械は幾つもの種類の生物の姿を成した。
四肢を持つもの、翼を持つもの、地を這うもの、鱗を纏うもの、鋭い牙を生やしたもの、剣のような爪をしたもの、嘴を持つものなど、だがそうして形作られた鋼獣達も、自ずから飛べぬものは重力に引かれ、地に向かって落下を始める。分子機械の黒雲は、そのまま飛べぬものが自由落下することを許さず、翼を持つものをはじめとする幾種類もの鋼の獣を捏ね合わせ、生まれたものの姿を平均化していった。それでもなお、産まれた鋼獣の数は膨大なものへと増え続けていく。平均化された鋼獣のその姿は、嘴のような長く伸びた顔、大きく開かれる顎には鋭い牙がびっしりと生え揃い、頭部には歪曲し突き出す曲刀の様な大角を備える。皮膚は堅固な鱗に覆われ、前肢と一体化した皮膜の大翼を持ち、背骨に添って一列の棘が生え、続く太い尾の先では槍の穂先のように幾つにも枝分かれしていた。
その姿は、お伽噺に書かれる中でも悪竜とされる飛竜のものと酷似している。分子機械の黒雲を突き破り、鋼色の飛竜の大群が地上に残る銀影目掛け編隊を組み降下して行った。
†
「自律機動攻撃兵器!」
上空の四翼の機体、“敵対者”から放たれようとする攻撃を悟り、少年は地上を疾走する“救世の光神”を停止、機体に随伴する四機の“自律機動攻撃兵器”を敵の射線上へ集結させ、円陣を組み飛翔する“自律機動攻撃兵器”は量子機械粒子膜を多重展開する。ほぼ同時に上空の“敵対者”の四翼に現れた四瞳が銀のSFを一瞥し、黒い輝きを迸らせた。
刹那の後に、分子機械粒子の濁流が多重展開された“救世の光神”の粒子防御膜へと突き刺さる。
防御膜の表面で弾ける分子機械粒子に、防ぎきれるとジョンが確信した直後、分子機械粒子の濁流が見る間に粒子防御膜を侵食、多重展開された防御膜を一枚また一枚と突き抜けた。侵食が見えた直後、ジョンはペダルを踏み込み光輪状機動装輪を急加速、粒子膜を多重展開する“自律機動攻撃兵器”を置き去りに、射線上からの離脱を試みる。
“救世の光神”が“敵対者”の放った侵食分子機械粒子照射の射線上から逃れるのを待ち、“自律機動攻撃兵器”は円陣を解いて散開、各機が別の飛翔ルートを選択し、駆けて行く“救世の光神”の下へと舞い戻っていった。
上空から放たれる侵食分子機械粒子照射は止まずに地上に突き刺さり深い溝を穿ちながら、攻撃を逃れた“救世の光神”を追い銀の機体が走り抜けた後に蛇行した溝を描く。
『ご主人様! 超巨大フォモールの残骸に異変発生! 急速に再生していきます』
「な!? くそっ! 簡易神王機構、一か八か、さっきの“自律機動攻撃兵器”用オプション兵装データ群の精査を開始。この場からの退避も含め、現状有用そうな機能をピックアップ」
上空からの攻撃を避ける為、忙しなく操縦桿を、フットペダルを操作しながらジョンはコクピット内に指示を飛ばした。
『了承しました。報告します。ご主人様、超巨大フォモール前方の空間にフォモールの反応が出現、次々と増殖していきます』
不意に上空からの“敵対者”の砲撃が止み、四眼からの粒子照射を収束しての点の攻撃から、分子機械粒子照射が四眼からのそれぞれの砲撃を分散し、砲撃を拡散させ始める。ジョンは四つの砲撃と砲撃の間に出来た僅かな間隙を縫うようにして機体を走らせ、時に急停止させ、飛び退くようにして粒子照射を躱し続け、時に機体擦れ擦れに砲撃の柱が突き立つこともあり、直前に左腕が失われた事すら助けとなる場面もあった。
「簡易神王機構、まだかな!? 出来るだけはやく!!」
『事態打開が即可能とは言えませんが、現状最も有用と思われるオプションデータを抽出、即時機能追加を適用します。機能追加に成功しました。“自律機動攻撃兵器”誘因反応増幅器モード起動』
簡易神王機構、が宣言すると同時、基本待機状態で“救世の光神”の肩部、右前腕部、腰部左右、腰背部に接続されていた五機の“自律機動攻撃兵器”が分離し、機体背部に移動、量子刃形成騎剣形態と同様の刃を形成し、放射状に円を描いて並び、光背を放つように量子機械粒子を放出し始める。
『ご主人様、量子誘因を開始してください。いかなる量子誘因反応も誘因反応増幅器モードにより最大効果を得ることが可能です』
「なら、今はこれで……!!」
次の瞬間、“救世の光神”の機影は駆け出した姿で唐突に静止、分子機械粒子照射の中に飲み込まれた。
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