第150話 四翼四眼
ジョンは自分の意識が同化融合していた“救世の光神”から乖離し覚醒していく事を悟った。
少年の意識が覚醒すると同時に、視界一杯に映った外部映像には汚泥に塗れた大地が飛び込んでくる。周囲を警戒しながら、咄嗟に“救世の光神”の機体の両手を地面につこうとした。しかし、ジョンが思うようには機体の左腕は動かず、突き出した右手のみで辛うじて機体の全体重を支える事に成功する。
外部映像に映りこむ大地に伸びた機体の右腕は“救世者”のそれではなく、前腕部に掌盾状の左右辺の長い五角形の自律機動攻撃兵器が変異を解かれぬまま装着され、銀色の金属帯が幾条にも巻かれた“銀色の左腕”の意匠が強く残るものだ。
現状を思い出した少年は半球状の操縦桿を強く握り、フットペダルを蹴り付け、機体を起き上がらせようとする。機体を起こすその動きに、後方へと流されていた放熱索を兼ねた銀色の長髪が波打つように跳ねて外部映像の端に映り、頭部の形状もまた“救世の光神”のそのままである事をジョンに伝えている。立ち上がった“救世の光神”の周囲はフォモールの変じた汚泥に塗れてはいるが、フォモールそのものはポーン種一匹の影も無く東の海岸線に山のような超巨大フォモールの残骸が消えることなく蠢き残っているのみだ。
《物理的封印の解除を認識、以降“救世の光神”形態を当機体に初期値として設定しました》
体勢を取り直した“救世の光神”のコクピットに簡易神王機構でない、だが聞き覚えのある機械音声がコクピットに響いた。ジョンはその声を聞き流しながら操縦桿を操作し、機体踵部から量子機械粒子を凝固させた光輪状の脚部機動装輪を展開、超巨大分子機械群体の残骸が残る海岸線を目指し疾走を開始する。
超巨大フォモールは巨体の上部に鎮座していた女性像を含めそれを構成していた質量の大半を、“銀色の左腕”の質量全てを変換したブリューナクの一撃により喪失していた。しかし、鋼色の巨体の下部を構成する海生生物状融合体は未だに蠢き続け、無数に伸びる軟体生物の触腕は視覚を損なった様子で滅茶苦茶に振り回されて、その場に留まったまま海岸線を耕し砕き続けている。
ジョンが操縦桿のディップスイッチを操作すると、機体各部に再装着され量子機械粒子を再充填された自律機動攻撃兵器が分離、片腕となった“救世の光神”の周囲を随伴し旋回するように飛翔を始めた。
「簡易神王機構!! “自律機動攻撃兵器”を管制、右前腕はそのまま、剣身を生成!」
少年の発した命令に、沈黙していた機体制御システムが起動、先程響いた機械音声を掻き消す様に、耳慣れた簡易神王機構の機械音声が返答する。
『了承しました、ご主人様。なお、当機ストレージ内に“自律機動攻撃兵器”用オプション兵装データ群を発見、適用されますか?』
「今はいらない。使い方が分かっている現状のままでいくよ」
簡易神王機構からの提案を蹴り、ジョンは“救世の光神”の速度を上げ駆け抜けた。
不意に黒く大きな影が片腕のSFに覆い被さり、上空から大きく弧を描き鎌刃が高速で疾走する“救世の光神”へと真直ぐに振り下ろされる。
ジョンは機体毎に回転し、右前腕に伸長させた量子刃形成騎剣の剣身を用いて鎌刃による斬撃をいなし、片脚を引くような体勢でスピンしながら地面を大きく滑って疾走を停止、距離を空け“自律機動攻撃兵器”が装甲面を前方へ向け動き回る隙間越しに攻撃を加えてきた存在へと視線を向けた。
「っぶな! あれは……何だ?」
そこに居たのは、まるで急降下の慣性を無視したように地面から僅かに浮いて背に鳥と蝙蝠のような四翼を生やした人型の影、長柄の先両側へと大ぶりな弧状の鎌刃を備えた大鎌を手にしたSFの特徴を持ち、フォモールのような生々しさに溢れる黒い機体が佇んでいる。
『形式登録無、機影照合不能、機体情報無、……機体コード照合……有。ご主人様、妙なこととなっているようですが、あの機体の発している機体コードは“祭祀の篝”にて損壊した07専用SF“対立者”と同じものです』
黒の機体への警戒を解くことなく、ジョンは簡易神王機構へとふと気づいた疑問を吐露した。
「いや、簡易神王機構、なんで君がそんなコードを知ってるのさ」
『団本拠にて07嬢から、これから必要となるだろうと“Nameless numbers”の機体情報を提供されました。あの方の機体は失われましたが、感傷だと前置きされて“対立者”についても同様に機体コードのみ教えていただきました』
「そうかでも、あれはもう対立者というより、敵対者と呼ぶべきかもね」
『では、あれなる機体は今後は“敵対者”と設定します』
コクピットで制御システムが会話を区切ると同時に、“敵対者”背部の四翼、上側一対の鳥の翼と、下側の蝙蝠や爬虫類の物を思わせる皮膜の翼を大きく広げ空中を蹴り、“救世の光神”へと斬りかかってくる。
“救世の光神”の周囲に舞い飛ぶ4機の“自律機動攻撃兵器”が量子機械粒子の刃翼を展開し、振るわれる大鎌の斬線を塞ぐように飛翔しぶつかっていった。
厭らしい“自律機動攻撃兵器”の機動を嫌がり、上空へと逃れた“敵対者”の胸部装甲が上下に展開、乱杭歯の並ぶ大顎を開き、獣じみた咆哮を上げる。“自律機動攻撃兵器”は“救世の光神”の周囲から大きく離れることなく追撃を止め、ジョンの機体の下へと戻っていった。
「いなせるなら、あれは、“敵対者”は無視する。東のデカブツを優先……、簡易神王機構、反応炉出力状況を報告! “銀色の左腕”が無いのは痛いけど、どうにかしないと!」
『量子誘因反応炉出力安定。生成した全粒子を収束して攻撃に転用できるならば、“BRIONC”とまではいかないものの、それに準じた砲撃が可能と思われます。っご主人様!! 上空、“敵対者”に高エネルギー反応!!』
天空で大きく翼を広げた“敵対者”は更に限界まで四翼を拡げる。上側の鋼色の羽毛に、下側の皮膜の付け根に隠されていた四つの巨大な瞳が開眼、その瞳を中心に収束された腐食作用を付与された分子機械粒子が“救世の光神”に焦点を合わせ照射された。
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