第149話 貫キ徹スモノ
西方国境での敗戦、そして重なるように起きた東部沿岸諸都市への巨大津波による壊滅、津波に続き飛来してきた超巨大鋼獣の出現にクェーサル連合王国、特に東の漁業国フィンタンの住民達は着の身着のまま、這う這うの体で追われるようにしてフィンタン国外への逃亡を始めた。津波を受けてフィンタン軍の戦力は壊滅しており、彼等を守護せしめる国軍のSFもその数を大きく損なわれている。
超巨大フォモールは既に国の東海岸に数多の触腕を這わせ、地面を削り取りながら内陸へと這い進み始めている。その為、彼らフィンタン市民の避難し得る方向は著しく限定されており、先の戦闘の敗北により国境線を著しく後退した西方の酪農国バンバいも避難仕様とする者もいたが、多くの人々の避難先とすることは出来なかった。
そして、件の超巨大分子機械群体を一目でも視界に入れてしまった人々は一人の例外もなく、ポーン種などの他のフォモール種を視認した時のような本能的恐怖感を抱く事は無く、むしろ、遺伝子に刷り込まれた大いなるモノと遭遇したかのような一種の酩酊と崇敬を抱かずにいられず、身動きさえ取れなくなってしまう。そのため、東に迫り来る存在を視界に入れ直視すれば退避中の人々の足は自ずから停止し、その巨体の足元からわき出した黒雲と、黒雲が形を為したかのように無数に産まれ出るポーン種やビショップ種の群れに、身動きも出来ぬ無辜の民衆は啄まれ、あるいは踏みつぶされて、引き裂かれて物言わぬ肉塊か血溜まりに沈む事になり、ただ逃げ惑う事さえ許されていないかのようだった。
それを目にして意識を奪われずに済んだ少数の者達はSFやDSFに搭乗しているか、映像を介するなどで間接的にその存在を見た者のみ、現在フィンタン国内に残るSFの搭乗者や肉眼での視認を免れた者の大半は軍の関係者であり、一般市民の割合は極めて少ない。
内陸よりのフィンタン首都防衛隊として編成されていた内、戦力と数えられるSFやDSFの総数は200機を割るほどと、進行中の超巨大分子機械群体やその足元から無数に沸き出し続ける数えるのも馬鹿らしい分子機械群体の群へ対抗するにはとてもではないが心許ない物だった。
かといって,超巨大分子機械群体の進行が止まる理由も無く、首都外縁に構築された戦闘領域へと分子機械群体の先鋒が到達、寡勢のフィンタン軍と際限のないフォモールとの戦闘の火蓋が切って落とされた。
火力を重視しG型装備に換装した“TRAILBLAZER”を中心に編成されていた首都防衛部隊は、まだ距離の空いている内に、迫るフォモール群への背部電磁投射砲による砲撃を開始、G型装備以外の“TRAILBLAZER”等のSFやDSFも長射程の火砲を装備する者はG型に倣い、数瞬の間を空けつつも攻撃を放つ。
奥に控える存在へは気休めにしかならない事と悟りつつも、その足元のフォモール群を少しでも削り取らんがためにその砲撃は熾烈なものとなった。
無数のフォモールが砲弾の雨に打たれ、黒雲から形を成した傍から汚泥へと成り果て、産まれた瞬間に撃ち砕かれる子等の姿に超巨大分子機械群体はそれを為す者たちを睥睨する。
主戦場はクェーサル連合王国西方、酪農国バンバとなっているが、クェーサル連合王国とフィル・ボルグ帝政国との戦闘は終ったわけではなく、未だ予断を許されていなかった。満足な補給も望めない環境下でフィンタン軍は首都に備蓄された物資を少しずつ削りながらの戦闘の継続を余儀なくされ、長期戦を覚悟する。
人間達の、首都防衛隊の覚悟を嘲笑うように奥に控えていた超巨大フォモールは動きを見せ、ゆっくりとした動作で女性像は右掌を虚空に突き出した。
超巨大分子機械群体の突き出した右掌に幾つもの眼球が開かれ、無数の瞳が光ったかと思うとそこから放たれた幾筋もの熱線が大地諸共に首都防衛隊のSFを薙ぎ払う。
一撃で首都防衛隊を壊滅させた超巨大分子機械群体は、自らの成した結果を顧みることなく、従えるフォモールの大群と共に大陸に自身の足跡を刻み付けるように西へと進み続けた。
フィンタン首都に残った者達や残らざるを得なかった者達は迫りくる脅威の姿に、どうしようもない最期を、逃れえない死を悟る。
首都の街壁にフォモールの群が辿り着いたその時、地上と水平に流れた銀の尾を引く流星が超巨大分子機械群体へとぶつかっていった。
†
「FRAGARACH、ANSWERER」
“救世の光神”は右手に自律機動攻撃兵器から変化させた量子刃形成騎剣を掴み、征く手を阻むフォモールを切り捨てて超巨大分子機械群体に肉薄する。右手の量子刃形成騎剣を手離し自律機動攻撃兵器へと変化させ、掌を広げた両手を超巨大分子機械群体に押し当て、量子誘因反応炉の生成限界を超えた使用により、機体に残された僅かな量子機械粒子を遣い尽くす様に放出、量子誘因により、量子機械粒子展開領域と重ねるようにヒッグス場を操作し、量子機械粒子の圧では無く、重力方向の改変を行って、地上と並行に飛翔し超巨大分子機械群体を大陸から押し飛ばそうとする。
無数のビショップ種が“救世の光神”の行動を阻もうと襲って来るが、機体周囲を飛び回る5機の自律機動攻撃兵器が連携して攻撃を阻み、返り討ちにして銀の輝神に触れさせない。粒子防御膜に割ける量子機械粒子の余裕はないが、瞬間的に自律機動攻撃兵器の五角形をした掌盾の装甲面に小規模で発生させ、全身を覆うほどの粒子量がなくともフォモールの攻撃を阻んで見せた。
しかし、超巨大分子機械群体も黙ってされるがままとはならず、“救世の光神”を追い払おうと輝神が触れている付近の組織を変化させ幾つもの触手と化して伸ばし、その先端に眼球を開く。先刻、フィンタンの首都防衛隊を薙ぎ払ったものと同じ熱線を“救世の光神”のほぼ全周から解き放った。
“救世の光神”を守護する自律機動攻撃兵器も全周からの攻撃を全て防ぐことは出来ず、フォモールの放った無数の熱線にその機体を撃たれる事となる。
それでもなお、“救世の光神”は超巨大分子機械群体を押し続け、沿岸から海へと押し出すことに成功するも、直後、眼下にたむろする未だ生まれ続けるポーン種の群れの只中へと力を失ったように落下した。
「BRIONC」
落ちていく最中に銀色の輝神は己が左腕の金属帯を解き、穂先に五つの刃を持つ槍へと変じる。機体には既に余力はなく、幾筋もの金属帯が形作る鎧状の装甲も幾つもの穴が穿たれ、無数に罅が走っていた。地に足をつける際も奇麗な着地とはいかず、何某かのポーン種を足蹴にすることで辛うじて着地を果たす。左肩から離れた五尖槍、BRIONCを右手に掴み、周囲のポーン種を無視して超巨大分子機械群体目掛け投げ放った。
BRIONCの周囲を自律機動攻撃兵器は等間隔の螺旋を描いて飛翔し、量子機械粒子の渦を形成、本来放つ為の弾体を形成できる余力を失っていたBRIONCはそれ自体を弾体と成して加速、そのものを本来放たれる虚数力場に包み、超巨大分子機械群体の巨体を地上から空へと向かって貫いた。
それを見届けた自律機動攻撃兵器は“救世の光神”の下に舞い戻り、左腕を失った機体の右肩、右前腕、腰部左右、腰背部へと自ら接続する。
黒雲から産まれたフォモールが自らを保てずに崩れていく中、“救世の光神”はゆっくと倒れ込んでいった。
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