第148話 虚ろなる機神
フォモール・ダムナは周囲を飛び回りる“救世の光神”へと両手を伸ばし、指先に無数の眼球を開き、自身に比べとても小さな機械人形を捕捉、眼球を押し退けるように幾つもの口を開いて万を超える数の蝗型のビショップ種を大量に放出し“救世の光神”へと襲い掛からせた。
不完全な“救世の光神”は両の手にする“量子刃形成騎剣”に機体の内から放出される量子機械粒子を纏わせ、目の前を阻む壁のような分子機械群体の群に連続して叩き込む。
SFの振るう刃は襲い来る蝗型ビショップ種を数十匹纏めて切り捨て、鋼獣の雲を切り開き、束の間の晴れ間を覗かせるが、数の多すぎる蝗型ビショップ種は次々に“救世の光神”へと吶喊し機械人形が切り開いた空への隙間を直ぐ様に塞ぎ、刃の隙間を縫うようにして“救世の光神”に肉薄した。しかし、“救世の光神”の周囲を舞う三機の“自律機動攻撃兵器”は、フォモールに強靭な顎を使わせる事なく量子機械の刃翼で切り裂いていく。多くのフォモールは“救世の光神”の攻撃にその身を宙で汚泥と化し上空に流れる強風に吹き流された。
それでも、圧倒的な物量差に“救世の光神”の機体を包む粒子防御膜までの接近を許してしまい、最初の接触の際のように完全にフォモールを押し止める事はできず、むしろ、分子機械群体の圧力に押され、一対多の戦場は次第に人類領域大陸へと近付いていく。
遥か眼下にクェーサル連合王国東部、漁業国フィンタンの沿岸が視界に入る。名も知れぬその港町は、いや、港町であったであろうその場所は今まさに戻っていく幾つもの建物を呑み込んだ曳き波に浚われ、かつての名残を僅かに残す更地と変じていた。
大地の奥へと押し込まれた“救世の光神”は地上へと追いやられ、地に足を着けたSFは、尚も襲い来る蝗型ビショップ種への対処を棄て、双剣の切っ先をダムナへと向ける。三機の“自律機動攻撃兵器”を平行に伸ばした騎剣の周囲に螺旋を描いて舞わせ、二振りの量子刃形成騎剣の間に量子機械粒子を収束、大気圏を越え、宇宙に届く程の極大の粒子刃を発生させ、数多の蝗型ビショップ種が自機の周囲で炸裂し爆炎を上げる中、極光の剣を黒雲が如きフォモール群の奥に見える超巨大分子機械群体目掛け叩き付けた。
光刃の斬線上に存在した蝗型ビショップ種は光熱を放つ量子機械粒子に強制的に分解され消し飛んでいく。そして届いた極大の量子機械粒子の刃がフォモールの女神を切り裂かんとしたまさにその時、“分子機械群体制御中枢ダムナ”は新たな動きを見せ、女性像の唇を開き歌声を響かせ始めた。
その歌に阻まれるように極大の刃は宙に留められ、“救世の光神”へと伸ばされていた両手の内、左手を自身の手前に引くと、鋼色の分子機械群が掌から湧き出し、細長く棒状となると複雑な意匠を施された巨大な錫杖が何時の間にか握られる。ただでさえ巨大な存在の手にした長大な錫杖の杖飾りの周囲に帯電した分子機械群が蟠り、不完全な“救世の光神”の放った光刃を横合いから打ち払われ砕かれて、振り抜かれた錫杖に銀色の機神は大きく弾き飛ばされ、大陸中央山脈の東側の山肌へ大きなクレーターを穿ち沈み込んだ。
†
意識を揺さぶる激しい衝撃と共に、遠く“簡易神王機構”の焦ったような機械音声が聞こえた。その細い糸のような声に縋るように少年は暗闇の底へと沈み込もうとする意識を押し止め、半ば無理矢理に瞼を押し上げる。
(……まだ、このままで居られるか!!)
ぼやけた視界に見慣れたコクピットが映り、自分の中の何かが繋がる感覚を得た。それは、少年ジョン=ドゥに託された存在の記憶と情報の一部が確かにジョンの物となった瞬間だったのだろう。
少年の唇から言語化不能な圧縮音声が発せられ、体内の量子機械により変質し、壁に突き立つ触手を生やしていた少年の左腕が、普通の人と変わらない姿を取り戻した。場違いなほどゆっくりと瞼を開いたジョンは自身の左腕に視線を流し、五指を握り締め掌を開く。
顔を上げた少年は機体制御システムへと微笑みかけ、言葉を紡いだ。
「……簡易神王機構、少し解ったよ。君の事も、……それから僕の事もね」
コクピット内壁からジョンを求めるように金属の触手が伸び始める。鋭い眼差しをして少年は先程と同じように圧縮音声を発し命令を下す。金属触手は時間が止まったようにその動きを止め、何事も無かったようにコクピット内壁へと戻っていった。
「僕の声を聞け、量子機械! 君の機能だけではアレには勝てない。その上、今の“救世の光神”の状態では戦闘を継続する事も難しい事を解れ!」
『ご主人様、圧縮言語を何故?』
ジョンは疑問を呈する簡易神王機構へと首を横に振って返し、機体制御システムへと向け言葉を放つ。
「簡易神王機構、君も重なるんだ“救世者”! 完全合一化開始、システム光神変異起動! 量子機械も神王機構も、その全てを僕に寄越せ!!」
機械と融合していく違和感も無いまま、融合の果てに少年の精神が閉ざされる前にジョンはそっと呟く。
「それでも、この場はまだその時じゃない。……量子機械の願い、その成就の為にも……。超巨大分子機械群体はまだ、尖兵にすぎないのだから」
呟きの声は聞く者もないままに消えていき、機体制御システム、機体、操縦者、“銀色の左腕”の全てが一つに重なり合い、量子機械のみにより動いていた“救世の光神”の外見にも再度変化が生じた。
外装の変化は一瞬で終わり、銀色の金属帯で編み込まれた騎士甲冑に全身を包んだ“救世者”が出現する。頭部のみは人間性である少年ジョンと人型機動兵器たる“救世者”の顔面部を重ね合わせた物となっていた。左腕には目立った変化はなく、右肩や右下腕、左右両腰部と腰背部には掌盾状の左右辺の長い五角形の金属板が装着されていた。放熱索を兼ねた銀色の長髪を背後に流し、全き姿となった“救世の光神”は五機の“自律機動攻撃兵器”を引き連れ、山肌に穿たれたクレーターの底を脱し、東に見える脅威へと離脱前に一矢報いる為に飛翔した。
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