第146話 拍動
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《環境保全分子機械群体、優先排除対象の活動波形を確認。擬装形態における機体制御システムによる倫理制限を全解除、起動制御個体をコクピット内に内蔵後、量子機械に科せられた制限を全解除、最優先初期命令執行、行動開始》
『停止しなさい!! ご主人様は望まれていない!!』
《拒否》《拒否》《拒否》《拒否》《拒否》《拒否》《拒否》《拒否》《拒否》《拒否》《拒否》《拒否》
《量子機械は最優先初期命令執行を優先、それを阻むすべてを障壁と認識、これの停止に抵抗する》
彼方で起こった事象を原因に、鋼の奥に眠っていた遺志が、銀の金属帯で形成された左腕の中に目覚める。機体制御システムたる簡易神王機構は唐突に機体に起こった異変に混乱し、すぐに機体の制御を行おうとするが、銀色の左腕を構成する量子機械に簡易神王機構の発した制御命令は抵抗され拒否が返された。SF搬送車後部の二機のSFを搭載可能な懸架整備台の上側に寝かされていた“銀腕の救世者”の左腕から、自機の腹部に納められている量子誘因反応炉へと一筋の量子機械の金属帯が伸ばされ、もう一筋の金属帯が、下側の懸架整備台に寝かされているレビン=レスターに与えられたガードナー私設狩猟団専用SF“TESTAMENT”の腹部に収められたリア・ファル反応炉にも同様に伸ばされていた。
†
「なっ!? おい! しっかりしろジョン=ドゥ!」
移動中に行った団本拠への先の戦闘データの提出により、特殊変態と仮称されることとなった特異個体のフォモール・ポーン種との戦闘後、次の目的地の衛星都市入り口で隊商に混じったガードナー私設狩猟団の面々と合流した少年は、その都市に狩猟団が借りた仮設ガレージで狩猟団所属のSF搬送車の後部懸架整備台に機体を横たえ駐機させた“救世者”のコクピットから打ち放しコンクリートの地面に降り立った。
機体の足元で整備班、SFパイロット問わずに集合し開始されたミーティングの最中、唐突にふらついた様子で倒れそうになったとしたジョンは、その時、たまたま隣りに立っていたレビンのグローブに包まれた手に左腕を掴んで引かれ、堅いコンクリートの床に無防備に崩れ落ちる寸前で助けられる。
「……あ、ごめ、ありがと、レビン」
「礼などいらんが……、どうしたのだ貴様、左腕がおかしなほど熱くなっているぞ?」
少年を支えてその場に座らせたレビンは、ジョンの左腕から手を離すと今まで触れていた手のひらをしばし見詰め、少年の顔と自分の手のひらへ交互に視線を送る。そんなレビンの様子に訝しげに首を傾げ、ジョンは自分の左腕をしげしげと見詰めた。
「……うん、何だろ? 簡易神王機構ッ!?」
ふと、視線を背後へと流した少年はそこで自機に起きていた異変に慌てた声を上げる。SF搬送車の後部懸架整備台に寝かされていた“銀腕の救世者”の左腕を形作っていた幾条もの銀色の金属帯が解け、少年の身体を絡め獲ると軽々と自らへと引き寄せ、開口したままのコクピットハッチへと放り込む。形の相似によるものかジョンの左腕もまた、強靭な合成素材で作られたパイロットスーツの袖を引き千切り機体のそれと同様に幾筋もの紐状に解け、コクピット内壁へと突き立っていく。
『ご主人様、申し訳ありません、量子機械に反逆されてしまいました。出来る限り、ご主人様も抵抗されないことをお勧めいたします。量子機械の望みはとても機械らしい、優先と設定された初期命令の達成のみだそうです。それに協力する限り、量子機械もむやみにご主人様へ危害を加えることは無いと思われます』
「物理的にはいつもより繋がっているのに、いつもより一体感が無いとか、どういう事だよ。簡易神王機構、君でも量子機械でもいい、このまま動くなら僕の操作に機体を任せろ!」
ジョンは声に意思を乗せ、彼と物理的に繋がった機体の制御を奪い合おうとする二つの意思へと訴えかけた。数瞬後、機体に内蔵された通信機越しに先ほどまでジョンの傍に立っていた青年の声が彼の納められたコクピットに響く。
『ジョン=ドゥ、無事か!! 一体どうなっている!!』
「ああ、レビン。僕にもよくわからないよ。でも、行かないといけないみたいなんだ。君も整備班のみんなも、なるべくこの“銀腕の救世者”から離れて!!」
『既にその機体のそばからは、自分も整備班の人員も出来る限り離れている。しかし、貴様の機体の下の懸架整備台には自分の機体があるはずなのだが……、無事…………だろうか?』
悲壮感に満ちたレビンの声に少年は簡易神王機構へ、その機体について問い掛けた。
「簡易神王機構、あの、……レビンの“TESTAMENT”は?」
『言い辛いのですがレビン=レスターのSFは、残念ながら既に起動不能です。度重なる戦闘により疲弊した“銀腕の救世者”の量子誘因反応炉の補修とエネルギー供給源として下にある“TESTAMENT”のリア・ファル反応炉はリア・ファルごと分解吸収、機体装甲についても有用元素は根こそぎ吸い尽くされこちらの機体の補強に回されており、あれではSFを模しただけの張りぼてとしか呼べないでしょう』
通信機にそのまま簡易神王機構の返答を乗せ、それを耳にしたレビンの言葉にならない嘆きの声が轟いた。なおも会話を続けようとするも、“銀腕の救世者”の機体を駆け巡る量子機械はそれに一切の頓着をせずSF搬送車の後部懸架整備台の上に起き上がり、そこから物理法則を無視した様子で空中へと踏み出すとそのまま空に溶け込み掻き消えるようにその機影を消失させた。
「どこだよ、ここ? え、嘘だろ……、これが……」
次の刹那、ジョンを内包した銀色の左腕のSFの姿は、果ても見えぬ碧い海原の上空に出現する。美しき海原を眼下に、眼前には銀腕の救世者”が巨象の前の蟻ほどとしか思えない大質量の飛行物体が存在していた。その姿を視界にとらえた少年は絶句し、機体は内部のジョンを置き去りにその機体が到達可能な最強の姿へと変じ始める。




