第140話 あたかもカードの表裏のように
今現在のこの場所から彼方に、その人によく似た姿をした標的の一群を機体のカメラアイが捉えた。映像化された照星の十字をソレに重ね合わせ、操縦者の指が半球状の操縦桿から突き出した火器管制トリガーを押し込んだ瞬間、人の形を成した機動兵器SFの金属に覆われた機械仕掛けの右腕で抱えた大型銃の銃口から熱を纏った金属の飛礫が高速で放たれる。
操縦者の手に返る反動の大きさに反し、閃光と見紛う速度で空を切った弾丸は外れることなく標的の一群、その先頭の一体の胴体中央に着弾、音速を超過した金属の飛礫に遅れ、到達した衝撃波が弾丸の穿った創を無理矢理に押し広げ、標的の一群を全て諸共に大きく後方へと吹き飛ばした。
画面に映る標的の一群が地面に倒れたまま溶け崩れていくのを確認し、機体を操っていた操縦者は呆けた様子で自機の手にする大型銃へと視線を落とす。
「え……あの……、こほん。“シャーリィ”、機体の状態はどうですか? それから、周囲の索敵情報をひょうじしてください」
黒いパイロットスーツを身に着けた少女はコクピットで咳ばらいを一つ、機体制御システムへと機体の状態を訊ね、機体制御システムは返答を文章にして出力、操縦者である少女へと返した。
SFの操縦者はガードナー私設狩猟団SF部隊隊長、エリステラ・ミランダ=ガードナー、そして彼女が搭乗するのは“FAILNAUGHT”だ。彼女とその乗機が今居るこの場所は、“樹林都市”から十数㎞離れた大樹林の中にぽっかりと開いた円形の平野で、過去、ほんの百数十年前までは人間の暮らす都市が存在していたとされ、幾つもの朽ちた廃墟や人が暮らしていた痕跡がわずかに残っている。その場所にフォモールの群れが出現していることが確認、それが隊商の障害となることが予想された為、場所柄、射撃戦仕様のSFと狙撃銃の双方を運用するのに適した遮蔽物も多く、“樹林都市”からも近い事から、エリステラは一人と一機でここに足を運んでいた。
『機関、出力ともに正常、機体各部異常なし。半径1km以内に敵性存在を感知せず』
表示された制御システムからの返答に、柔らかなウェーブを描く金髪を頭の後ろで一つに束ねた少女はため息を吐くと、機体制御システムへと次の要望を伝える。
「ダスティンおじ様へ繋いでください」
『了解、団本拠格納庫への直通回線に接続します』
ガードナー私設狩猟団団本拠への回線を繋いだ。エリステラがさほど待つ間もなく、口元に髭を蓄えた厳つい顔の初老の男性が通信窓に顔を見せる。
『おう、お嬢か、どうした新型銃に何か不具合でも出たか?』
「不具合というか、ですね。おじ様、あの、この銃一体何なのですか? 反動の小ささの割に威力が高すぎるのですが。ついさっきだって、ポーン種の一群をたった一発で壊滅させたんですよ? 群れが固まっていたからという点があるにせよ、これはいくらなんでも……」
『ああ、その新式長距離狙撃銃、お嬢の新型機体の名が“FAILNAUGHT”だっつうから対にして“TRISTAN”て名前にしたんだが、いや今はそんな事ぁどうでもいいか。お嬢、ちょっと新型銃の射撃データを回してくれ』
「ええ、試射という程の回数は撃っていないのですけれど、お待ちくださいね。“シャーリィ”、今日の射撃データを団本拠に送信して。はいおじ様、送信しましたので確認してください」
エリステラはダスティンの言葉に素直に応じ、機体制御システムへと命じた。
画面の中で、技師長は顔を下に向け、手の中の端末に送られてきたデータにざっと目を通すと、少女の方へと顔を向け直した。
『坊主の姉貴だっつうあの例の娘がな。今後は最低でもそれくらいの威力がねえと、ポーン種にすら通用しなくなるとか言ってきやがってよ。まあ、あっちからも色々と俺も知らなかった技術の供与もあったしで、ものは試しと応用して組んでみたんだが……、はっはっはっ、……ひでぇなこれ、誰だこんなの組みやがったのは、って俺か! いや、事前の計算じゃここまでのもんじゃ無かったんだがなぁ』
ぼやくようにしながら、ダスティンは片手で額を抑えている。そして、エリステラに案じるような視線を送ってきた。
『どうもデータを見る限り、こりゃ、おれが想定した以上の反動が機体に出ていてもおかしくないはずなんだが、……お嬢、本当に反動が小さかったっていうのか? なんか無理してたりはしてねえよな?』
パイロットスーツの少女は画像のダスティンへ顔を向けたまま、右手の人差し指を伸ばして顎に当て、斜め上の虚空を見上げる。
「ええ、射撃の反動は小さかったですよ。それに私も無理なんて特にしていないです」
『ああ、ならいいんだが。いや……待てよ、お嬢が今乗っている機体には、坊主の“救世者”から移殖された“簡易神王機構”をダウングレードした制御システムが走っているんだったな。そうか、それで……』
「“シャーリィ”、あなたがこの銃の反動をわたしに届かないようにしてくれたの?」
映像の向こうで腕組をして何事か考え始めたダスティンから視線を外し、エリステラは自機のコンソールに向けて問い掛けた。機体制御システムは通信回線の映像をサブスクリーン化し縮小すると、少女の視界の中央に短い文章を表示した。
『Yes,My mistress』
†
大鎌を手にした鳥と皮膜の翼をもつフォモールともSFともつかぬその存在、“対立者”と呼ばれていたモノは、ネミディア連邦首都をトゥアハ・ディ・ダナーン主教国上空に飛来、先の事件より展開されたままの光波障壁に大鎌を持たぬ方の腕を突き立てた。
同時に教国全体の防衛機構が発動、都市内の防壁が閉鎖され始め、いきなり街壁が閉じ始めた事で市街は騒然とし始める。
“対立者”は眼下の様子など気にすることなく光波障壁に突き立てた腕を振り回した。“対立者”の装甲を覆う防御膜が光波障壁に干渉、ガラスを砕くように障壁の一部に穴が開く。大鎌を手にした鳥と皮膜の翼をもつ“対立者”と呼ばれていたモノは自身の通り抜けられる大きさにまで障壁の穴を広げるとただ一点を目指し、四枚の翼で虚空を打ち、眼下の街へと降下して行った。
教国の中心に立つ大神殿、その中央にて天を突く大鐘楼、それが目指すのはそこであり、それが迎えるべき存在が待ち受けているのもまたその場所のようだった。
それの視界はすでに存在を確認している。大鐘楼の上に立つ者、それは女の姿をしていた。それはどこにでもいるような容貌の、特にこの街ではありふれた名前をしている年若い少女、ダナ=ハリスンという名の少女であるはずだった。
“対立者”は大鐘楼を砕く勢いで少女の身体を掴み取り、肉食動物の顎のように大きく開いた胸部装甲のその奥に、その身体を投げ入れる。
同時に開かれていた装甲が瞬く間に閉ざされ、“敵対者”は羽ばたいて舞い上がると再度都市の光波障壁を突き破り、そのまま、夜空の闇に溶け込むように消えて行った。
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