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第132話 二対の羽、再生の黒

 大樹林“ケルヌンノス・ヘルシニア”を東西に貫く大陸樹幹街道にて、ジョン=ドゥ達と対峙していた一頭のポーン種が変貌を遂げたのと時を同じくして、“祭祀の篝(ウシュネフ)”と呼ばれ、大陸南部二国間に戦端を開く切っ掛けとなり焼失した森でも異変が起こり始めていた。

 世界に尋常の存在には聞くことの出来ない歌が響いたその時、焼失した森の奥にボロボロな姿で転がっていた一機の黒いSFの残骸の上に、空気中に遍在する塵よりも細かい粒子、環境保全分子機械(フォモールナノマシン)群が収束し、高密度の球体を形作る。胸部に大きな貫通痕の開いた女性的なデザインの鋼の骸、その穴から機体の中枢へと球体は入り込んでいき、スクラップ同然の機体の、胸部前面の装甲からコクピットまで貫通していた大穴が粘性に富んだ泥状の物質によって瞬く間に塞がれ、専門家をして修復不能と断じられるほどの機体全身の損傷に同様の物質がにじり込み急速に修復、分子機械結晶体(リアファル)が霧散した(から)のリアファル反応炉(リアクタ)が再起動し、機体の奥、無人のコクピットに据えられたコンソールが発光、機体の制御システムまでもが起動され、土の上に横たわったままSFのカメラアイに光が灯り、無人の機体がゆっくりと上体を起こし、地面に手をついてその場に立ち上がった。

 何時の間にかそのSFが立つ上空に姿を現した白鳥の姿をした鋼色の巨鳥フォモール・ビショップが翼を(すぼ)めて一直線に急降下、地表すれすれで大きく翼を広げると黒の機体の背中に飛び込んでいく。白鳥型ビショップ種は機体の背に激突する瞬間にその大翼のみを残して繊維状にその身体を分解、大翼は背に融合して接合され、分解されたフォモールの身体は黒のSFの全身に纏わりついていった。その機体の腰背部の特徴的な大型の姿勢制御翼状装甲(バインダースカート)は元はビショップ種だった環境保全分子機械(フォモールナノマシン)群の糸状組織の融合により再生されると共に大型化し、地に打ち捨てられていた刃こぼれの目立つ大鎌にも伸びた環境保全分子機械(フォモールナノマシン)群の糸は、それをもまた再生させ、それまで存在しなかった側にも薄い鎌刃を伸ばし大きな三日月のような刃を形成、回転して地から跳ね上がり宙を飛んだ大鎌は無人の機体の伸ばした右の掌に自らその長柄(ながえ)を収めに行く。

 白鳥の大翼を背に生やした機体の装甲表面が(うごめ)くように波打ち、それまで存在していなかった蔦状の複雑なパターンが独りでに彫り込まれていった。

 腰背部から後方へと伸びる姿勢制御翼状装甲(バインダースカート)がもとよりの内臓機能に従って左右に分割され、融け流れるように姿を変じ、爬虫類や蝙蝠のそれに似た皮膜の翼となる。

 かつてCONFLICT(コンフリクト)と呼ばれたSFは、フォモールの手による変異を経て、背部の四翼を羽ばたかせると大空へと舞い上がっていった。

 東を向いたまま、上空に身を移したSFの視界の彼方に砲火を交える黒い機械の群が映るが、敵対者(コンフリクト)は何の反応を見せることも無く雲の上で方向を転換し、東に広がる戦場に背を向けると西の方角へと向きを変える。同じ西の方角と言っても樹林都市(ガードナー)のある方角ではなく、より東寄りのネミディア連邦首都“ネミド”のある方へと機体を向ける。

 そしてSFともフォモールとも呼べぬ人型機械は風を引き裂いて飛行、後ろに白い飛行機雲(ヴェイパートレイル)の軌跡を残して飛び去って行った。





 少年は自身の内の深くから発せられる危機感に急かされるように、自身の機体“銀腕の(セイヴァ―・)救世者(アガートラム)”を、その一個体のフォモール目指して駆けさせる。

 機体足底、踵部に格納されていた脚部機動装輪(ランドローラー)はその限界と思える速さで回転し、舗装された路面に焦げた臭いの直線を刻み付けた。

 ジョンの視線の先では、僚機であるレビンの“TESTAMENTテスタメント”が周囲で発生した数機のSFが起こした爆発の衝撃から脱し、異形のポーン種へとその手に装備した短機関銃(サブマシンガン)の銃口を向け直している。彼の機体に追従するように、レビン機に同調して危機を脱した他所の狩猟団のSF達もそれぞれの手にした得物の銃口を同じ標的へと揃えていた。


「レビン、撃つなっ!」


 僚機が銃爪(ひきがね)を引き絞ろうとした刹那、切迫した少年の声が通信回線越しにTESTAMENT(テスタメント)のコクピットに響く。その声にレビンは思わず操縦桿(コントロールグリップ)から手を離していた。しかし、TESTAMENTテスタメントの周囲に展開するSFまではその声は届くことは無く。SFの構える銃が弾丸を吐き出していた。変異したポーン種はただ何もせずに悠然として立ち、その身は周囲から撃ち込まれた弾丸に見舞われる。そして次の瞬間、銃撃を放った機体が相次いで銃弾に貫かれて破損し、幾つかの機体はそのまま地面に倒れパイロットごと爆炎に包まれていた。

 少年は自身でも理解出来ない焦燥に炙られるままに機体を操り、ポーン種が弾丸を浴びる間際、抜き放った折り畳み式騎剣フォールディングソードを手に飛び込むと僚機とポーン種との狭間に救世者(セイヴァー)を無理矢理にねじ込ませ、銀色の左腕のSFはレビン機を背に、その場で真一文字に騎剣を振り抜いた。

 “銀腕の(セイヴァ―・)救世者(アガートラム)”の振るった騎剣の刃はレビン機へと届こうとしていた弾丸を空中で切り払う。


「っふぅ、レビン、無事?」


『あ、ああ、だが、何が起きたんだこれは!?』


 レビンの問い掛けに、ジョンは機体の頭部を左右に振って否定の意を返した。


「何かすごく嫌な予感がしただけなんだ。どういうことかは、僕も分からない。でも、どうやらあのポーン種には銃弾が届かない。いやそれどころか、こうして自身に向かって放たれた銃弾を好きなように反射までできるみたいだね」


 ジョンは“銀腕の(セイヴァ―・)救世者(アガートラム)”に騎剣を構えさせたまま、レビン機を制しポーン種と対峙する。少年の答えを耳にしたレビンが愕然とした声を漏らした。


『待て、ジョン=ドゥ、それではフォモールに対するSFの優位性が皆無となるに等しいという事だぞ』


 一般的に、フォモール・ポーン種とSFの戦力比はおおよそ3:1、パイロットの練度にもよるがSF1機でポーン種3体と同等の戦力があるとされ、フォモールの群を構成する家で多くを占めているのはポーン種であり、そしてポーン種とは鋼色の獣の姿とその姿に準じた身体能力を有するものである。

 獣の運動能力に対し、人間が近接戦闘で対処するという事は並大抵のことではない。

 そっれでも、人型兵器であるSFが鋼の獣を相手に戦力比で上回ることが出来る理由の多くは、偏に人間と同じく銃器を用いた戦術が使用できるという点に尽きるのだ。

 ジョンやレビンをはじめとするガードナー私設狩猟団SF部隊の隊員はシミュレータや実戦でのフォモールとの近接戦闘の経験がある分まだいい、しかし、世の多くのSFパイロットは銃器の威力に頼っての対フォモール戦の経験しかない者が多く、銃器を封じられるという事は即ち、対フォモール戦での戦力比の逆転を意味する。

 それは、先の愕然としたレビンの言葉ですら、まだ甘い認識であるという事でもあった。

お読みいただきありがとうございます

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