第131話 女神の影
“いたい、いたい”
“いたい、いたいよ”
“めがみさま……”
“めがみさま……”
“たすけて”
“たすけて……めがみさま……”
“みんなどいて、ぼくがいく”
“だめだよ、だめだよ”
“そうだよ、だめだよ”
“ぼくがおとりになるから、みんなはめがみさまのところにいって”
“いかないで、いかないで”
“いっちゃった、いっちゃった”
“なんで、ぼくらはよわいんだろう”
“あのおおきなてつのから”
“ぼくらなのに、ぼくらじゃないの”
“めがみさま、ぼくらはなにかわるかった?”
“めがみさま、あのこをたすけて”
“たすけて、たすけて”
“めがみさま、どうかあのこをたすけてあげて”
“めがみさま、ぜんぶあげるからたすけてあげて”
†
隊商の車列を護衛しているガードナー私設狩猟団以外の狩猟団も、その多くは“樹林都市”に本拠を置いており、ネミディア連邦を構成する他都市に所属する狩猟団よりもポーン種との戦闘経験は多く。フォモールの大群といえども、ポーン種のみにより構成されるその群れにより倒れるSFは少なかった。
レビンの駆る僚機の“TESTAMENT”を先頭に、隊商と並走しながらポーン種を相手に立ち回る護衛のSF達が作る防衛線の向こう側、街道脇の大樹林の木々の奥から次々に現れるポーン種を外部映像に重なって表示される照準の中心に捉えると、車列中央側面に足を止めた“銀腕の救世者”の構える長距離狙撃銃“雷光”の銃口が弾丸を吐き出し、同時に銃口付近に据えられているマズルブレーキが銃身の上部へと斜め後方に炎を吹き出す。
脚部機動装輪を格納し足を止めた“銀腕の救世者”により放たれる弾丸は、走行時の射撃とは比べ物にならない命中率を見せ、一発の弾丸がポーン種複数をまとめて貫いて、汚泥へと変えていた。一発撃った後、ジョンは“救世者”に長銃を構えさせたまま脚部機動装輪を展開し、隊商の車列と並走し前線を追いかけていく。
「このフォモールの群、あとどれぐらいでてくるんだろ? “簡易神王機構”、“雷光”の予備弾倉って、確かあと2本だったよね?」
“銀腕の救世者”に構えていた“雷光”を下ろさせ、空になった弾倉を排出しながら、少年ジョン=ドゥは機体制御システムへと問い掛けた。“簡易神王機構”は外部映像の隅にSFの簡略図を表示、機体腰部左右の予備弾倉数を提示する。
『はい、ご主人様、御覧の通りです。そろそろ近接戦闘に切り替えられてもよろしいかと』
「そか、この先もあるし、団のSF搬送車が随伴していて補給できるって言っても、全部撃ち尽くすのはやめとこう」
“簡易神王機構”の報告に従ったジョンはそう言って頷くと、手にしていた“雷光”の銃身を折り畳み、腰背部へとマウント、入れ替えるように腰背部装甲になっていた折り畳み式騎剣抜き放ち、僚機へと通信を開く。
「レビン、こっち弾切れなんで、これから騎剣を持ってそっちに混ざりに行くよ」
『む、そうか、今のところは我々が圧している。それでもフォモール共はこの物量だ、抜けていく奴から優先で頼む』
戦闘機動を行いながらの応答らしく、レビン機の視線はジョンの方には向けられておらず、音声のみでの返答だった。
「了解、じゃ、レビンも気を緩めずにね」
ジョンはそう声を掛けると“銀腕の救世者”を前線へと向かわせ始める。レビンの“TESTAMENT”が眼前のポーン種を討ち取ると、フォモールの群の奥から、ひときわ体格の大きい一頭の雌ライオン型ポーン種が猛スピードで駆け寄って来ていた。そのポーン種は他のポーン種を庇うように立ち塞がり、護衛のSFを威嚇する。しかし、フォモールを囲むSF達は無造作に銃口をその雌ライオン型ポーン種へと向けると引き金を引き絞った。硝煙を上げる幾つもの銃口から同数の弾丸が撃ち出され、ポーン種を交点に扇状の軌跡を描いて空を切る。
ほぼ同時にジョンの脳内を不協和音のようなノイズがかき回す。少年は額に手を当て、探るようにあたりを見回した。
「なに!? ……これ……うた?」
ジョンは突如脳内に響き始めた歌を思わせる響きに進ませようとした“銀腕の救世者”の機体を停止させる。その時、視界の隅には雌ライオン型ポーン種が数機のSFの放った何発もの弾丸を浴びてよろめき、その場に倒れようとしている姿があった。その時、ポーン種を中心に旋風が巻き起こり、その中心の雌ライオン型ポーン種が突如として猛烈な光を放った。
†
遠き海の底に微睡むとてつもなく大きな存在のもとに、何故かその時、彼女の愛し子たちの慟哭の叫びが届く。
普段は決して届くことのない声に、それは悠然と瞼を開き、その座より天を見上げる。遥か上方に存在する海面を、その上を覆う夜の蒼に染まった空を仰ぎ見た。
大きな存在は唇を震わせ、水底の音の無い世界にその歌声が響き始める。莫大なエネルギーを秘め、海水を震わせた歌声はその存在の顔の前に大きな渦を生み出し凝縮、やがてそれは天上へと立ち上る竜巻となり空へと上がると、急速に世界中へと広がっていく。
世界中へと拡散していく最中、歌声は目に見えない微小な粒子となって光を放つが、微細すぎるその光源の為に誰の瞳にも映ることはなく惑星全体を刹那の速さで覆いつくし、大きな存在の愛し子の体内へと溶け込み、その存在の一端を刻み付けていった。
†
『やった……、やったぞ!』
どこかの狩猟団のSFからの通信に乗ってそんな声が届いた。
その時、その場所でSFを操りフォモール・ポーン種と戦っていた誰もが、その雌ライオン型が倒れ汚泥へと姿を変えることを確信していた。しかし、その想像は脆くも崩れ去る。
「いや……待て、おかしいぞ!?」
レビン=レスターは声を上げ、自身の他のSFを制止した。彼は前線に並ぶSFパイロットの内で誰よりも早くその違和感に気付き、機体を咄嗟に後方へと退かせる。雌ライオン型ポーン種に止めを刺さんと彼らの銃口から放たれ、殺到した弾丸は、一発たりとも攻撃対象を貫くことは適っておらず、ポーン種を中心とした旋風が止み猛烈な光が途絶えた後にレビン達が目の当たりにしたのは、そこに存在していた雌ライオン型には弾丸を受けた様子はなく、その姿がその直前までものから大きく変貌していたという事実だった。
その身体はフォモールらしからぬ色彩に彩られており、中でも一際目立つのは頭部から背中にかけて浮かび上がった女性の姿を象ったらしきレリーフだろう。さらにはそのレリーフの頭部と雌ライオンの頭部は立体的に融合したような形状へと変貌しており、正面から見たポーン種の頭部は人の女性の顔とライオンの顔を歪に捏ね繰り合わせたように見えるものとなっていた。
レビンの“TESTAMENT”を除いたSF達は、数機はレビン機の動きに従うようにして機体を後退させたが、その他の多くはポーン種の変貌に危機感を抱くことなく雌ライオン型へと殺到していく。
ポーン種はその場で大きく咆哮し、軽い調子でその四肢が地面を蹴った。その直後、ポーン種に殺到したSFは全て爆散、生き残っていたのは機体を咄嗟に後退させたレビンの“TESTAMENT”と彼の機体に従って後退した他の狩猟団のSF数機のみだった。
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