第130話 樹幹街道の戦闘
緑に塗装されたSF、ガードナー私設狩猟団所属のSF、TESTAMENTの一機が脚部機動装輪を用い、他に車両の姿の無い大陸樹幹街道を走る隊商の車列の脇を駆けている。事前に察知できた情報通りに街道脇の巨木の間から姿を現したジャガー型のフォモール・ポーン種を皮切りに総数も分からないポーン種の群が姿を現した。
緑衣のSFは隊商の車列先頭付近のトレーラーに横合いから飛び掛かろうとするジャガー型のフォモール目掛け、右手に装備した騎剣を振り抜いて払い除ける。
情けない鳴き声を漏らし地面を転がるように跳ね飛ばされたポーン種にTESTAMENTは走り抜けざまに上体を捻り、左腕に装備する短機関銃の銃口を向け銃爪を引き絞った。
真っ先に戦闘を開始したガードナー私設狩猟団のSFの姿に隊商の護衛を務める他の狩猟団のSF達も押っ取り刀で戦列に加わっていく。
「隊商の者達に告げる! このまま走り続けろ! 足を止めればフォモールどもの餌食となるぞ!」
戦闘機動の為に進行速度の遅くなった彼の機体を後から駆け付けた他所の狩猟団所属SFが追い越していく中、機体の足を止めレビンはジャガー型ポーン種が街道の路上に溶け崩れ始めたのを一瞥し、周囲へと外部スピーカーで発信した。そして自機を次の目標へと走らせようと機体を翻すTESTAMENTが僅かにみせたその隙に、巨木の樹上に息を潜めていたサーバルキャット型ポーン種が飛び出して襲い掛かる。
唐突にコクピットに鳴り響いた接近警報にレビンは機体を旋回させ、空中に躍り出たサーバルキャット型に向き直ろうとするも間に合わず、ポーン種はしなやかな動きで鋼の獣爪を繰り出し、前肢が素早く振り下ろされた。
機体装甲に鋭い獣爪が突き立てられんとした刹那、空を裂いた一発の狙撃弾がTESTAMENTを襲う空中のポーン種の胴体を貫き抜けていく。
胴を撃ち抜かれたフォモールは弾丸の衝撃に押され、攻撃の為に前肢を振りかぶった姿勢のまま、緑色緑色のの傍から大きく引き離された。しかし、狙撃弾の弾道は急所から僅かに逸れていたらしく、ダメージを負いながらもポーン種は身じろいでネコ科特有のしなやかさで空中で姿勢を整えようとする。それとほぼ同時に隊商後列に位置している僚機からの通信が届いた。
『レビン、追撃して止めを!』
コクピット内のスピーカーを通して響いたさして特徴の無い少年の声に、レビンは息を飲み込んで弾かれたように機体を操作、満身創痍といった様相ながらも姿勢を整え牙を剥き、こちらを威嚇するサーバルキャット型に接近、二つ並んだ三角耳の間に騎剣の切っ先を突き入れ、そのまま地面に打ち付けるようにして砕き割る。
鋼色の獣毛の奥へと突き入れられた騎剣が引き抜かれると、サーバルキャット型は大きな傷口からどす黒い体液を溢れさせ、痙攣してて動かなくなった。
地面に汚泥となって溶け崩れ出したポーン種から視線を外し、周囲の状況を確認しながら青年は隊商後列に視線を移し僚機へと通信を開く。
「すまない、だが助かった。礼を言っておく」
『いいよ、仲間だからね。僕はこのまま他所のSFへの援護に回るよ』
僚機のパイロット、ジョン=ドゥは左腕のみ銀色の機体にサムズアップさせてレビンに返し、青年は苦笑して顔を引き締めると他狩猟団所属のSFが戦闘を続けている隊商の先頭へと機体を翻し、路面を蹴ってポーン種のなれの果てを避けて走り出した。
†
緑に塗装された僚機が路面に積もった砂を巻き上げながら脚部機動装輪で駆けて行く。
その機体の背から視線を外し、外部映像に重なるように表示されたレーダーを確認、長距離狙撃銃“雷光”を“銀腕の救世者”の右の肩口から水平に両腕で支えて構え直し、車列脇を脚部機動装輪を展開し並走を始め、少年は機体制御システム“簡易神王機構”へと語りかけた。
「簡易神王機構、照準補正を-0.005修正」
『承りましたご主人様』
“簡易神王機構”の返答の直後、ジョンは“銀腕の救世者”の構えた“雷光”を樹幹街道の路面を疾走しながら発射させる。
救世者は目標を補足すると一射毎に僅かに銃口を動かし、狙撃した。まるで自動連射と見紛う速度で“雷光”から吐き出され、装填されていた弾倉一つが瞬く間に空になる。
左腕のみ銀色のSFが銃口を向けた先では、放たれた弾丸とほぼ同数のポーン種が遠間からの狙撃に大きなダメージを受けているようだった。そのうちの半数ほどはその場で動かなくなり溶け崩れていくが、残る半数は重傷を負いながらもまだ息があり、だが狙撃のダメージに動きが鈍くなったところへ数機のSFやDSFが殺到して止めを刺されて前者と同じ末路を辿り、大陸樹幹街道の広大な路上に溶け崩れていった。
後方に流れる景色を映す外部映像の奥に自身の狙撃の結果を知り、ジョンは大げさにため息を吐く。
「外れなかっただけでも御の字か。でも、エリスみたいにはいかないね。簡易神王機構」
『狙撃手でもない方の戦闘機動中の偏差射撃でここまでの命中率ならば、敵対存在からしてみれば十二分に驚異でしょう』
“雷光”の構えを解き、空になった弾倉を排出、左腕で腰部左側の接続端子から予備弾倉を取り外すと即座に交換した。
「それも簡易神王機構、君がしてくれる照準補正のおかげだよ。エリスだったら照準補正を受けなくても、少なくともさっきの僕と同数を撃ったら七、八割は撃墜してるだろうしね」
『それは流石に比較対象が悪いと告げざるを得ません。平均的なSFパイロットの射撃能力と比較するならば、ご主人様の技量は遥かに高いものと結論付けられるかと』
構え直した“雷光”から響く、装填された弾倉から薬室へと弾丸が送り込まれる音を聞き、少年は機体制御システムとの会話を続けたまま、フォモールへの狙撃を再開する。
「慰めの言葉をありがとう、簡易神王機構。でも、僕にはこれといった特別な能力といえるものはないから、そういった特別に憧れる気持ちはあるさ。まあ、ないものねだりでしかないけれどね」
『そんなものですか、人間的な考え方というのは理解しがたいものですね』
軽口をたたき合うようなコクピット内の光景と裏腹に、機体外部では“銀腕の救世者”の放つ狙撃弾をその身に受けたポーン種達が次々と倒れていっていた。
そして、人の操るSFの攻撃により窮地に陥ったその場のポーン種達全ての身に、唐突に変化が起こり始める。
後に特殊変態と呼ばれるようになる能力を秘めたポーン種がその戦闘の場で世界で初めて観測されることとなった。
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