第128話 手向けの花、新生の弓
ジェスタの喪われた長い長い一夜が明けてから、あっという間に数週間が過ぎていた。
よく晴れたその日、ガードナー私設狩猟団関係者専用墓地の一角に一人の少女の姿がある。
起伏に富んだ体の線がはっきりと見て取れる黒いツナギ状のパイロットスーツに身を包む、緩くウェーブのかかった金色の長い髪をした少女、エリステラ・ミランダ=ガードナーは、足元の小さな墓石の前にしゃがみ込むと手にしていた花束をそっと手向けた。
その墓石の主は随分と人々から慕われていたのか、少女の手向けた花束の他にも色とりどりの花々がところ狭しと小さな墓石の周囲に彩りを添えている。
「ジェスタさん、わたし達の狩猟団の為に、長い間ありがとうございました。今はただ、貴方に感謝を」
聞き慣れ声がまた一つ減り、エリステラは墓石の前に立ち上がると手を組んで瞑目する。あの日、団関係者周囲の者達から止められたために彼女は目にしていないが、今は足元に眠る青年の最期の姿は、遺された機体の残骸から遺体をサルベージした整備班の面々の言では、直視するのを憚られるほどにとてもひどい有様であったという。
故人の葬儀そのものは二、三日に済まされており、少女が墓地を特にその墓前に参ったことには、故人を偲ぶ以外にも理由があった。
エリステラの身を包む黒のパイロットスーツにはアクセントのように銀糸のラインが目立たないように全身にわたって幾筋も走っている。エリステラは襟元に手を当てると小さく呟く。
「“シャーリィ”、こちらに来てください。墓地の入り口で合流を」
少女が柔らかそうな唇を震わせたその声に高いトーンの機械音声が返事を返した。
『Yes,My mistress』
その音声が返ってからしばらく後、墓地の入口へと移動したエリステラの前に、一機のSFが土煙を立ち昇らせ、脚部機動装輪の駆動音を奏でながら駆け付けて来る。曲面を多用したそのSFは、白を基調にアイボリーと銀色のラインでアクセントをつけたカラーリングとなっており、遠目には右肩の露出したワンショルダーのドレスの女性を思わせる特徴的なデザインのシルエットをしていた。
そのSFは、エリステラ・ミランダ=ガードナー専用機としてダスティン、ベルティンのオコナ―親子によって設計され、半壊した彼女の“TESTAMENT”を基にガードナー私設狩猟団整備班により修理、改修された機体である。新生し新たな姿を得た今、そのSFはガードナー私設狩猟団団長であるエリステラの祖父、アーヴィングによって新たに“FAILNAUGHT”と命名された。
頭部形状は“TESTAMENT”の物を踏襲しエルフの長い耳を思わせるサイドセンサーアンテナはより大型化され、全体的には女性的で華奢なシルエットをしているが、比較的大きな左肩部装甲はスズランの花を思わせる形状をしており、それを覆うセンサーユニットを内蔵した半球状の防盾を装備、右肩部にも装甲はあるものの、その機体の右半身は、左半身よりも装甲が軽量化されており、機体全体としては一貫したデザインラインを保ちながらも非対称の印象を周囲に与えていた。
下半身については上半身と異なり左右対称となっており、腰部側面装甲は涙滴を逆さにして細長く引き伸ばした形状の装甲が数枚、フィン状に重なっている。機体膝部に届く長さの最も内側の側面装甲には細剣状の展開式姿勢固定アンカーを内蔵、さらには装甲間の隙間に予備弾倉が搭載可能となる機構を備える。腰背部からは二本の二つ折り折り畳み式騎剣が刃を立て、斜め後方へと平行に伸びていた。他に特徴的なのは脚部の踵部から脚部機動装輪が展開される際には踵が上がり、ドレス姿の女性がハイヒールを履いた様に見える事だろう。それはこの場所に眠る青年と時を同じくして喪失した07の機体であったSF“CONFLICT”の物と同様の機構だ。
今も少女の視線の先で、“FAILNAUGHT”の上がっていた踵がつい先ほどまで使用されていた脚部機動装輪の格納とともに下がり、そのまま流れる動作で機体腰部を覆う装甲が広がってエリステラの前に跪き、片膝をついた駐機姿勢をとる。
「よくできましたね、“シャーリィ”、ではその場でコクピットハッチを開放、わたしを中へ迎え入れて」
エリステラに命じられたSFは首を垂れるようにして、機体頸部に内蔵されたコクピットハッチを露出させた。
圧搾空気の漏れる音とともに解放され、陽光に晒された隔壁の内部には何者の姿も無く、“FAILNAUGHT”が無人で少女の要請に応え、この場所に現れたことを物語っている。
エリステラが跪くSFに歩み寄ると肩口の装甲の一部が前方にスライドし、その内部に格納されていた先端部にステップと少女の背丈に合わせた位置にグリップハンドルを持つワイヤーロープが垂らされた。
少女がステップに爪先を通し、グリップを掴むとワイヤーロープの基部に設置されている巻き取巻き取りがワイヤーロープをごとエリステラを宙に舞い上げる。
少女はワイヤーロープによりある程度の高さまで自身の身体が持ち上げられると、腕部装甲の継ぎ目や胸部装甲の段差に擬装されているステップを踏んで機体上部によじ登り、解放されているコクピットハッチの内側へとその身を滑り込ませた。
コクピットに搭乗した瞬間に、エリステラの身を包む黒のパイロットスーツに走る銀のラインが発光、金髪の少女の指がコントロールグリップに這わされるとコクピット内部に張り巡らされた銀色のラインが連動して発光し、機体システムが自動で起ち上がる。
「機体状況はどうですか、“シャーリィ”?」
“FAILNAUGHT”に搭載された新型の機体制御システムは、“簡易神王機構より提供された基幹情報のコピーデータを基礎に構築された“劣化簡易神王機構”と呼べるものとなっている。エリステラは簡易的な疑似人格を備えるそのシステムに“シャーリィ”という呼称を与えていた。少女の問い掛けに“機体制御システム”はディスプレイにメッセージを浮かべて応じる。
『問題なし、状態良好』
エリステラはその返答に一つ頷くと次に向かう場所を示した。
「では、団本拠へと戻りましょう。貴女が身に着けるべきわたしたちの装備が待っていますよ。あなたにとっては来た道を戻るわけですが、帰り道はゆっくりと歩いて戻りましょうね。帰り着くまでも試験起動ですし、同じ動作ばかりではチェックシートも埋まりませんので」
幼子に言い聞かせるように笑みを浮かべながら、柔らかな金髪を揺らして少女は語り掛け、コクピットハッチを閉鎖した“FAILNAUGHT”はゆっくりと起き上がり、来た道を今度は一歩一歩踏み占めるように進み始めた。
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