第127話 戦火、燃ゆ
彼ら、クェーサル国境監視所所属の即応部隊が、最早見る影もなく破壊され尽くしたその森“祭祀の篝での消火活動とも呼べぬ消火活動を終え、朝の日の光の差し込む森の外縁を抜けたその時、先頭を走っていたクェーサル連合王国製SF“TRAILBLAZER”の足元に、不意を衝いて横合いから撃ち込まれた砲弾が地面に突き刺さった。
先頭のSFが咄嗟に出したハンドサインを受け、後続のSF、DSFを含む全機は直ちにその場に停止し、先頭に立つSFに搭乗する彼らの内で現状での最上級階級者は、砲弾の放たれた方向に集うフィル・ボルグ製SFからなる黒騎士集団へと外部スピーカーを用いて誰何の声を上げる。その集団が見るからにフィル・ボルグ帝政国の部隊の物であることに気付いていながら。
視線の先に並んでいる黒のSFの総数は十一騎、その内訳は、フィル・ボルグ帝政国最新鋭の“AVENGER”が三機とその前世代騎であり、射撃戦仕様の“RETALIATE”が四騎、うち一騎の手にした火砲の砲口からは白煙が昇っていた。それに加え、旧式騎の“REVENGER”が四騎と、現状の戦力比を単純に比較してみてもSFが二機とDSFが一機のクェーサル国境監視所所属の即応部隊を大きく上回っている。
“AVENGER”はフィル・ボルグ帝政国製SFであり、騎体造型は代々継承されている為、前々世代の“REVENGER”と同様に刺々しい全身甲冑を纏う黒騎士を思わせる姿をしており、機体の基本構成として、左肩装甲には可動腕式が備えられ、その先に機体下方に向けられた先端と側縁部中程までが高周波振動刃となっている楕円形の攻性防盾を装備する。反面、機体本体の装甲は二世代前の“REVENGER”よりも軽量化されており機動性に富んでいる。攻性防盾の裏側には折り畳み式騎剣を内臓していた。
“RETALIATE”もまた、フィル・ボルグ帝政国製SFで、一世代前の帝国軍制式採用騎。造型の基本路線はリヴェンジャーと変わらず全身甲冑の黒騎士の姿をしている。機体色も基本的に暗色系だが、前世代騎“REVENGER”より細身でセンサーが増強された射撃戦仕様の機体だ。腰背部に“REVENGER”の物より可動域が広く、伸縮式の可動腕式防盾を装備している。可動腕式防盾は未使用時にはアーム部が折り畳まれ、防盾は背部中央上部からバックパックを覆い、このSFの搭乗者の多くは防盾の裏にも携行型火砲を装備している。
“REVENGER”は、フィル・ボルグ帝政国製のSFである前述の“AVENGER”から数えて二世代前、“RETALIATE”の前世代にあたり、同様に刺々しい全身甲冑を纏った黒騎士を思わせる造型をしている。機体色は主に暗色系、通常仕様は両肩に前後をカバー可能な可動腕式防盾を装備し、その内側の接続端子に、左側には折り畳み式騎剣を、右側には対人小口径機関砲を装備していた。
『何をする!? いきなり発砲するとは、何者か貴様ら!?』
問い掛けに帰ってきたのは、黒のSFの群の中から進み出た一騎の“AVENGER”のパイロットの発する上級士官の問い掛けを掻き消すような怒声だった。
黒騎士のSFは攻性防盾から折り畳み式騎剣を抜剣、背後に控える麾下の“RETALIATE”、“REVENGER”の装備する十を数える銃口が一斉にクェーサル国境監視所所属の即応部隊へと向けられる。
『そちらから我が国の国境を侵犯しておきながら、なんという言い草か! この痴れ者どもが!! ――だが安心しろ、先ほどの砲撃は威嚇である。我らはフィル・ボルグ帝政国東部国境監視部隊なり! 我、東部国境監視部隊隊長イーサン・エルム=デネブラエが名において勧告する。これより貴官らを国境侵犯の現行犯としてこの場で逮捕する。なお、反抗、および逃亡を企てる者あらばこの場で容赦なく断罪されるものとしれ!!』
フィル・ボルグ帝政国東部国境監視部隊は夜が明ける前に出動態勢を整えると、日が昇り始めるのとほぼ時を同じくして隊長イーサン・エルム=デネブラエの出動命令をを受け、駐屯地を出撃していたのだ。帝国の最高意思たる帝王の命を守り、出撃命令を遅らせたがために。クェーサル所属の即応部隊の側もフィル・ボルグの言い分に黙って従う理由もなく、三機のパイロットそれぞれが声を上げて反論する。
『待ってくれ! こちらの部隊は貴国の国境を越える際に、あくまでも森林火災の鎮火を目的とした国際協力であると宣言している!! 我らの側に国境侵犯の意図はない! このまま本国に帰投するのみなのだぞ!?』
『そうだ、その内容は我らの基地から国際通信帯で周辺国一帯に広域に発信している! そちらの、フィル・ボルグ帝政国東部国境監視部隊でもそれは受信しているはずだ! こちらの機体にはその通信記録も残っているのだぞ! 何を以て国境侵犯とするつもりだ!』
『私たちはただ、この森の異変の調査と消火の為に来たのです。……四ヵ国協定でも国際協力であると宣言した上で緊急時の災害援助が目的の場合、国境を通過しても……』
そうして尚も言葉を尽くそうとしていたクェーサル製のDSF“HARBINGER”に唐突に現れた一騎の黒影が駆け寄ると手にした高周波振動薙刀を投擲、空を割いた薙刀は機体諸共に内部のパイロットを切り裂いた。
ガスタービンの燃料が高周波振動の刃と機体が擦れておこった摩擦熱で引火、DSF“HARBINGER”は言葉を続けることもできず爆炎に包まれる。
一瞬の出来事に呆然としながらも、クェーサル国境監視所所属即応部隊のSF二機はすぐさま手にしていた高圧放水銃を突如現れた黒影へと向け、残り少ないタンクの残量に構わず連射した。
『問答無用か、フィル・ボルグの黒犬ども!!』
『うわあああああああ!!』
二機の“TRAILBLAZER”攻撃を避けるでもなく、黒影は両肩に装備した可動腕式攻性防盾を前方に展開、高周波振動させたその表面で高圧噴射される水の攻撃を受け流しながら、機体重心を落とし気味に脚部機動装輪を用いてクェーサル製のSF二機に接近、直前で水平に展開した攻性防盾ごと機体を旋回し、防盾側縁の高周波振動刃で二機の“TRAILBLAZER”を上下に分断、さらに防盾の裏側に納められていた折り畳み式騎剣を両手で逆手に抜き放ち、クェーサルのSF達を四分割して駆け抜けた。
『“円卓”、ヒューゴー・セピア=レイノルズ卿!! 何故、此処に!?』
東部国境監視部隊隊長イーサン・エルム=デネブラエの口から、その黒影の名が零れる。
『久しいな、イーサン・エルム=デネブラエ卿。至上の方からの命でな。ここで貴公とは永の別れだ……』
言ううが早いか、黒影は燃え続けるDSFの残骸に突き立った高周波振動薙刀を手に取ると、味方であるはずのフィル・ボルグ帝政国東部国境監視部隊へと襲い掛かった。
その日、フィル・ボルグ帝政国東部国境監視部隊は壊滅、クェーサル国境監視所所属即応部隊は帰ることはなかった。それから数日後、フィル・ボルグ帝政国は事の始まりはクェーサル連合王国側の武装部隊による国境侵犯に端を発するとして宣戦を布告、両国は国境に双方ともに大部隊を展開、フィル・ボルグ帝政国とクェーサル連合王国の両国は戦争状態へと突入することとなった。
その銃爪がフィル・ボルグ帝政国によって引かれたものであることは誰も知ることなく。
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