第125話 銀に染まる世界
左腕を欠落し機関の停止した“銀腕の救世者”、外部映像が途絶え、緊急用に据えられていた予備の小型エネルギーキャパシタからの供給により点灯した警告灯の放つ暗い赤光に照らされるコクピット内で、ジョンはそれでもコントロールグリップを握る指先から力を緩めることはなかった。
「簡易神王機構、コクピット内の生命維持系統を全てカット、たとえ僅かでも、反応炉の再稼働にエネルギーを回せ!」
『ご主人様、ですがそれでも……』
「……わかってる。それでも再起動に必要なだけのエネルギーが工面できるかは分からないんだろ。でも、もうすぐそこまで敵は来てるんだ!」
重い金属の塊で構成される動体がゆっくりと近付いているのを、動かなくなった機体を通して伝わる地面の規則的な振動でジョンは敵の接近を知る。実際、‟救世者”が倒れたのを見計らったように姿を現したSFは、とても緩慢な動作でジョンの乗る機体の方へと近づいてきていた。
『申し訳ないですが、機体の外部探査センサーは全基沈黙しています。ワタシには周囲の状況を知ることが出来ません』
「簡易神王機構、いいからやれ! 僕はまだ、このまま終わる気なんてない!!」
『承りましたご主人様、これより反応炉の再起動に注力いたします。ワタシ自身もこれから出力機能を限定し音声での出力を停止しますので、しばしのお別れを。多少なりと簡易神王機構に振り分けられているエネルギーを使用すれば反応炉再稼働にも少しは足しになるでしょう』
そう言い残すと、赤く染まるコクピットから簡易神王機構の機械音声が止み、後に残るのは少年の息遣いとコントロールグリップを強く握り締める音のみとなる。少年はハッと顔を上げ、映像の映ることのない外部へと顔を向けた。機体を通してジョンの下まで伝わってきていた振動が、規則正しく足踏みを行うものから、不規則で連続する速い振動へといつの間にか変わっている。それはゆっくりと歩を進めていたモノが、自身に備わる機構を用いて不整地の大樹林の地面を疾走し始めた事を意味していた。
ジョンが気付いたのは時すでに遅し、見通せぬ装甲の向こうにいる姿も分からぬSFは歩行したままであればまだ僅かながら猶予の有った“救世者”との距離を詰め、風を巻く音とともに振り上げた得物を地に蹲り微動だにしない隻腕のSFへと叩き付ける。
「……ぐっ……」
重い打撃兵器によって引き起こされたコクピットを突き抜ける強烈な衝撃に、ジョンは思わず声を漏らした。“救世者”の機体を構成する構造材が“銀色の左腕”が初めて接続された際に量子機械によって変質している為か、突き抜けた衝撃の割には機体は拉げる事もなく姿を保っている。しかし、力を失ったままの隻腕のSFはその一撃によって地面にめり込まされていた。敵対者のSFは“救世者”腹部を踏み付け、隻腕のSFの動きを封じている。何か金属のこすれるような音が鳴り、組み替えられたパーツがロックされていく堅い金属音が鳴り、敵対者のSFから、先程、少年の座るコクピットに響いたものと同じ声が外部スピーカーから発せられた。
『――堅ってえなぁ、どんな装甲をしてやがるのかねぇ。っと、よう、ジョン。どうせまだそいつの中で、生きてやがんだろ? そのまま聞けよ、大して長い話でもねえ』
「やっぱり……、アンディさん、何故」
少年は誰にも聞こえない言葉をコクピットの中に零し、視線を落としたジョンの視界の隅に簡易神王機構から反応炉の再起動を開始したというメッセージが飛び込んでくる。
『反応炉再起動開始、臨界まで残り300sec』
「あと5分も、か。せめて、右腕が動けば」
その一文が告げるのは、絶望的なほどに長く感じる5分間だった。しかし、各種センサー類を再起動させるだけのエネルギーは賄えたようで、コクピット内に頭部カメラが捉えた外部映像が再び映し出す。
太陽に照らされる重装騎士を思わせる姿のクェーサル製SF、“BLAZER”が、“救世者”の腹部を踏み付けたまま、右腕に着けた見覚えの有るパーツで構成された多連装炸薬式杭打機の尖った杭先をこちらの胸部中央に突き付けていた。
『悪いが、あそこに落ちてる左腕は貰っていくぜ。……もちろん、テメェの生命もな』
言うが早いか、アンディの“BRAZER”は杭打機を作動、回転式弾倉が回転し、撃鉄が雷管を叩き、炸薬を爆ぜさせる。打ち出された杭は“救世者”の胸甲、その中心を正確に穿った。
『フン、ヤッパ、一発じゃ貫けねえか。まあ、貫くまで続けるだけだがよ。お前がコイツに貫かれるまでに、動けるようになりゃいいなぁ、ええ、ジョン?』
雑務傭兵の声は、ジョンの行動を見透かしたように嘲弄している。その言葉を吐く間もアンディのSFは杭打機を作動させ続けてた。やがて回転式弾倉が一巡しても“救世者”の胸甲は貫けなかった。雑務傭兵の男は舌打ちし、自機の右腕を振って回転式弾倉をスウィングアウト、薬莢を無造作に投棄するとリローダーを使って新しい薬莢を装填、杭先を“救世者”の胸甲に改めて当てなおした。
「簡易神王機構、右腕はまだ動かせないのか!?」
断続的な衝撃に身体が跳ねるコクピット内で、少年は機体制御システムに今一番望んでいる可動箇所の復旧を訪ねる。いかに強固な物に変質しているとしても、連続する正確に同一個所を狙った杭打ちに、“救世者”の胸甲も次第に亀裂が穿たれ始めていた。遂には強固な装甲もその用を為さなくなり、一撃ごとにひびが広がっていった。
『間に合わなかったなあ、ええ、ジョン? 残念だが、これで終いだぜ?』
アンディは少年に宣言し、彼の機体へと最後の一撃を放つ為、銃爪に指を掛ける。……そして、杭が放たれた。ほぼ同時に、ジョンの目に新たなメッセージが飛び込む。
『ご主人様、反応炉再起動完了、機関臨界。機体駆動可能』
刹那、少年の精神は機体と融合、“救世者”の右の掌底が、打ち出された杭を、より早く横合いから殴りつけ、自機を踏み付けるSFの背を跳ね上がった“救世者”の脚先が蹴りつけた。雑務傭兵の男の機体は蹴り足を嫌がって“救世者”の上から跳び退る。“救世者”は蹴り足の勢いのまま、跳び上がって地面を踏み起き上がった。
『うぉっ!? 癖の悪い脚してやがる。なぶり殺しになってりゃ、俺もテメェも楽だったのによ』
少年と一体となった“救世者”は肩から離れ、いまも地面に転がっている“銀色の左腕”に意識を繋ぐ。
“救世者”の肩と“銀色の左腕”の付け根の断面の双方から銀色の粒子が奔流となって溢れだし、“銀色の左腕”が“救世者”の肩に再接続され、少年の機体を中心とした半径1㎞の世界が銀色に染められた。
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