第124話 量子誘因、その果てに
言いたいことを言い放った少年ののSFが、目の前で斬り倒された木々を飛び越え、正体不明の人型とポーン種が蠢く場所へと飛び込んでいく。レナは自機のコクピットで顔を上げ、コンソールに指を這わせ始めた。
「……言われっぱなしじゃ、いられないよ」
機体復旧のために作業を行いながらガードナー私設狩猟団のパイロットスーツに身を包む長い黒髪の小柄な少女、レナ=カヤハワがそう呟くとほぼ同時に、レナの背中側、急造されたもう一つのパイロットシートに意識のないまま身を委ねていた少女の吐息が漏れ聞こえる。
「………う、……ぅうん………」
レナは聞こえてきた声を意識的に無視し、機体操作のために自身の手足を動かすことに集中していた。その甲斐があってか両腕を失い、地面に尻餅をついていたSFは両腕の無いままに起き上がり始め、ついにはよろめきながらも少女の機体はその場に立ち上がる。
「脚部機動装輪は活きてる。デッドウェイトにしかなってない給弾装置はこの場に除装してっと、行くよ、名も知れない後ろの人!」
急造の後席を振り返る事もせず、黒髪の小間使いの少女は機体を団本拠の方向へと向かせ、巨木が倒れて出来たバリケードに背を向けてTESTAMENTを走らせる。機体を旋回させた際、一瞬、飛び出していった銀腕の救世者が空中で無数の鎖に絡め獲られようとしている姿がレナの目に飛び込んできた。
小間使いの少女はその光景に機体の足を止めそうになったが、頭を振って迷いを振り払い、展開させた脚部機動装輪の回転を上げ、後ろ髪をひかれる思いを抱きながら戦う力を失くした機体を進ませる。
「絶対に大丈夫……」
レナは内心の不安を払拭するようにわざと口に出してもやもやとする感情を押し殺し、木々の間を縫うようにしてTESTAMENTを走らせた。
小さなうめき声を漏らしているものの、後席の少女は未だ目を覚まさないまま。
†
空中で機体前方の全周から鏃に牽かれた鎖がその刃を突き立てんと襲い来る。ジョンはつい先ほどコクピットに響いた声が気になりながらも、咄嗟に量子誘因反応炉を作動させ量子誘因を開始、極小ヒッグス場を限定展開し、自機にかかる重力方向を極短時間改変、慣性で前に進もうとする機体をほんの数十cm後方に落下させた。僅かに生まれた空間に右腕を突き出して騎剣の柄を手の中で一回転、剣身にまとわせた量子機械粒子膜を防御力場として疑似展開し、それを隠れ蓑に救世者はポーン種の群の只中に落下する。ところが総数にして百を超える鎖状兵装は少年の機体を追尾して伸長、量子機械粒子膜を通過する際に焼かれ、その数を減じながらもながらも数十の鎖状兵装がその鏃状の刃を突き立てんと、救世者の周囲にたむろするポーン種の群を諸共に貫いていく。
「くっ! 簡易神王機構、空間転移での回避は!?」
『不能です。反応炉の稼働率は最大、ですが空間転移を行うに必要なエネルギーまでは供給が間に合っていません』
ジョンは答えを待つ間に右腕の折り畳み式高周波振動騎剣で飛び掛かってきた機体落着点付近のポーン種数体に着地と同時に斬撃を見舞った。開きにされ倒れ行く鋼の獣たちを一瞥することもなく少年は鎖状兵器の群へと向き直る。
「っ! なら、粒子膜の最大展開を!?」
『可能です。しかし、その後の機体駆動は保証しかねま「ならいい!! 剣身を起点に粒子膜最大展開、刃の延伸は不要! 高出力での展開状態を出来るだけ保たせろ!!」――了解、量子機械粒子放出、粒子膜最大展開、開始します』
“銀腕の救世者”が右腕に掴む騎剣の剣身が発光、その直後、無数の鎖状兵装が全周からほぼ同時に少年の機体に着弾を始め、ジョンは高出力のエネルギーを纏った刃で自身の機体の幅に進路を閉ざす鎖状兵装を切り捨て、鏃が機体を掠めるのに構わず溶け崩れ始めたポーン種の骸が横たわる木々の狭間の空間に救世者を飛び込ませた。
立ち塞がるポーン種をすれ違い様に斬り捨て、機動装輪を駆使して大樹林の木々を躱し救世者は進む。ジョンの機体に残された時間は最早指を折って数えられるだけしか残ってはいないのだった。
少年の機体がその手の中の騎剣を振るう度に高出力の粒子膜が空に格子状の刃の軌跡を描き、僅かな時間で消えていくその軌跡に触れた鎖状兵装は鏃状の刃を消失する。
『ご主人様、このままでは敵の攻撃を凌ぐだけでこちらの機体が動かなくなります』
「考えろ考えろ考えろ……、出来るかどうかは不明、でもどうせこのまま終わるなら、ここで一発賭けてやる!! 簡易神王機構、粒子膜の展開を解除、続けて量子誘因開始、機体を構成する全量子を疑似超加速粒子に置換、往け!」
“銀腕の救世者”の腹部に収められている量子誘因反応炉が装甲を透過して渦巻き状に発光、その光が収まるとすぐに少年は世界に起こった異変に気付く。敵の鎖状兵装は空中に張り付いたように静止、地上のポーン種達も彫像と化したようにその場で凍り付いたかのように動かない。
全てが静止した世界でジョンは無造作に救世者を動かした。それと同時にガラスの砕けるような音が鳴り響き、少年の機体の銀色の左腕は空中に張り付いたまま引き千切られ、少年の機体は再び左腕を失った姿となる。空中に張り付き残された腕と千切り取られた救世者の左肩との間には煌きで線を引いたようにつながっていた。
少年は右腕の騎剣を軽く振るう。
「……うん、機体は普通に動く。なら!!」
機体の動作に問題を感じなかった少年は、展開したままだった脚部機動装輪を高速で回転させて勢いをつけると、木々の幹を足場に静止したままに見える鎖状兵装へと躍りかかった。
左肩から煌く粒子を尾のように伸ばし、救世者は質量を失ったかのように宙空を舞い鎖状兵装を無効化していく。
救世者に向けられていた鎖状兵装をすべて打ち払い、彫像と化したポーン種に一太刀をみまったジョンは導かれるように空中に張り付いた“銀色の左腕”の下に舞い戻った。
そして少年のSFは唐突に機体の全駆動系統が停止、時の流れが戻り“銀色の左腕”は地に落ち、致命傷に溶け崩れるポーン種の群の中、砕けた鎖の破片が散らばり頭上から落ちてくる只中で、静かにカメラアイからその光が失われていく。そして、一機のSFが救世者の前に姿を現した。
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