第123話 未だ彼は敵を知らない
団本拠格納庫から大樹林内の目標座標へと空間転移したジョンは、自機の左手側でレナの“TESTAMENT”が今まさに破壊されようとしている光景を目にし、何も考えずレナ機を破壊していく原因を阻まんとその左腕を差し伸べた。
「簡易神王機構! 機体の限界駆動時間は!」
簡易神王機構に命じ、眼前の得体の知れないSFの機体骨格とまごう骸骨のような異形の人型が、小間使いの少女の機体へと伸ばした腕を打ち払う。
銀色の左腕を覆う量子機械粒子防御膜銀腕光輝は異形の纏う燐光と干渉しあい小規模な爆発を起こしながら幾筋もの稲光のような雷光がまたたいた。機体骨格の骸骨は背部の左右五本ずつの鎖を広げ、鎖の末端に備える鏃状の刃を背後の木々の幹に撃ち込むと高速で鎖を巻き取り、救世者から距離を空ける。
救世者の背後で、レナの機体はバランスを崩しゆっくりとその場に尻餅をついた。味方機を庇うように割り込んだ“銀腕の救世者”は地面に座り込んだ少女のSFの前に立ちはだかり、右腕で腰背部にマウントされていた折り畳み式高周波振動騎剣を抜き放つ。二つ折りの剣身が振り抜かれる勢いで展開、剣身中央部の関節が固定され、振動子が同期した。少年は機械音声の返答を待つことなく銀色の左腕を持つSFに騎剣を構えさせる。
『ご主人様、当機の通常戦闘可能時間は残りおよそ5分、現状のように量子機械粒子を機体周囲に全放出していては後一分でも戦闘の継続は不可能かと』
銀色の左腕のSFが手にした剣身に銀色の粒子が走り、纏わり始めた所に簡易神王機構の機械音声が報告を上げた。
「…………そうか、なら粒子膜は右腕を中心に危険に応じて都度、部分展開、特に手の中の剣身は重点的に、アイツにはそうでもしないと攻撃がきかなそうだ。これならどれくらいの時間、戦えそうなの? っ! 簡易神王機構! 脚部機動装輪展開!」
少年が機体の内側で簡易神王機構に応じている間に、謎の敵は大樹林の巨木を鎖を使って飛び上がり、鬱蒼と茂る頭上の枝葉にその姿を隠していく。ジョンは背後の味方機を気にして前方に一歩を踏み込んだ。奇妙なことに、対象が地上にあり、視認できた間に観測したセンサーからは、この敵性体がいったい何なのかと判断に足る情報を得られずにいた。細かな動作や明らかな金属製の鎖状の兵装を背に備えていたり、SFかそれに準ずる人型兵器であるような印象も受けるが、以前に戦ったフォモール・ルーク種“ベン・ブルベン”も、つい先ほどまで戦っていたフクロウの騎士にしても、常のフォモールのどの種とも異なる外見をしており、そして、多彩な武器を用いる存在だった為、それらの存在の印象が強く、少年には今の段階で眼前の敵をこれと断定できる要素がなかった。詮索する間もなく頭上の枝葉を切り裂いて何かが閃く。
『ご主人様、樹上より飛翔体複数が連続し急接近、おそらくはあの敵性体の攻撃かと思われます』
唐突になりだしたコクピット内に響く警報音をBGMに簡易神王機構の機械音声が報告を告げる最中、機体の踵から機動装輪を展開させた“銀腕の救世者”はその場で機体を高速旋回させ、右腕の騎剣の柄に左手を添え、旋回の勢いを乗せて腕の中の騎剣を大上段に振り下ろした。救世者の旋回はそのまま止まることなく、地面すれすれに軌跡を描いて跳ね上がった切っ先は周囲の木々を巻き込んで空を一閃、周囲の巨木が断ち切られ、大きな音を立て地に倒れていく。
自らが切り倒した巨木が視界を遮るが、ジョンは先ほどの剣閃が何かを弾いた感触を覚え、目的を達した手応えを感じていた。
『敵性体からの上方よりの三連撃、次いで前方よりの二連撃ともに被害を受けることなく迎撃に成功しました。攻撃そのものは、やはりあの敵性体の背部に備えた鎖状の兵装によるもののようですね』
ジョンは簡易神王機構の報告に頷く。
「うん、初撃は防ぎきれた。それで簡易神王機構、こちらの戦闘継続可能時間は?」
『おおよそではありますが、先のような機動を繰り返す場合、保って後2分30秒前後、地上のフォモール・ポーンと連携しての襲撃ともなれば、こちらに訪れるのは確定した敗北と滅びでしょう』
冷静に先に待つ終わりを告げる簡易神王機構を、操縦者たる少年はあっけらかんと笑い飛ばす。少年が言葉を発し終えるのも待たず、簡易神王機構が宣言した通りに地上のポーン種が蠢き始めた。
「いいさ、覚悟の上だからね。それにほら、さっき切り倒した倒木、あれが少しはポーン種を防いでくれてる。簡易神王機構、レナさんへの回線を開いて、あのまま座り込まれていたら、僕の行動は本当に意味がなくなる」
『承りました、レナ=カヤハワ機への回線を開きます。ご主人様、どうぞ』
レナ機への通信回線が開き、黒髪の小柄な少女の姿がジョンの視界に外の風景と二重写しに出力される。重なって表示されている外部光景では、ポーン種の群が少年の機体を目掛け駆け寄り始めていた。
『あんた、なんでここにいるの!?』
「ご挨拶じゃないか、レナさん。もちろん、君を助けに来たんだよ、っと」
ジョンは少女の映像へと笑顔を向けると、倒木を飛び越え噛みついてきたライオン型のポーン種を切り捨て、ポーン種の陰に紛れるように上下左右から撃ち込まれた鎖状兵装の鏃を弾き飛ばす。
「……ダメだな、あの鎖、確かに切った手応えがあるのに、数が減ったように思えない。――あ、ごめ、さあレナさん、起き上がって団本拠まで走るんだ! 救世者の残り稼働時間はもうあと一、二分てとこ、動けなくなるまで、せいぜい足掻いてあいつらの足止めするから、君は行って! 可能なら僕はあそこのジェスタを連れて帰るから、早く!!」
少年は、言いたいことを言うと回線を切断、少女の機体を顧みることなく自ら生み出した倒木のバリケードを飛び越え、無数のポーン種と謎の敵性体が待つ大樹林の奥へと“銀腕の救世者”の機体を投げ出した。
『よろしいのですか、ご主人様』
「うん、言いたいことは言ったんだ。レナさんなら大丈夫、そう、信じているからね。僕じゃなく、あの娘がさ」
少年は脳裏に思い浮かべた柔らかな金髪の少女の姿に、同時に彼女から向けられている自身への想いに、ジョンは胸中に現状を振り切って帰還することを意志と刻む。
「簡易神王機構、僕の合図で騎剣の粒子膜をほんの一瞬延伸して展開、まずは有象無象を薙ぎ払う!」
空中に飛び上がった銀色の左腕を持つSF目掛け、木々の陰から伸びる先端に鏃を備えた鎖が殺到した。もはやその数は最初に見た十を軽く超え、その十倍にも迫ろうかという数となっている。
『お前さんが、討たれに来るなら、あんな小娘なんざどうでもいいんだぜ?』
聞き覚えのある声が、少年のSFのコクピットに唐突に響き渡った。
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今回のサブタイトルは変更するかもしれません




