第122話 再会もしくは邂逅
ぽっかりと開いていた空間に粒子光が瞬いてわだかまり、渦巻いて大きな人型を模ると次の瞬間、そこには一機の銀色の片腕を持つSFが音もなく出現していた。
現れたSF、“銀腕の救世者”はセンサーユニットを内蔵する兜状の装甲に覆われた頭部を巡らせて周囲を窺う。
「――ここは!? “簡易神王機構”、なんで僕はここにいる!?」
ジョンは視界に映るその見覚えの有り過ぎる場所の光景に、目を見開いて声を荒げた。周囲には今人気はなく、離れた場所から作業用重機を動かしている動力音が聞こえる。拉げた鋼材や砕けた屋根材の散乱する只中に佇む機体の内で、冷徹にも聞こえる“簡易神王機構”の機械音声が少年の疑問に返答した。
『ご主人様、貴方もお気づきの通り、あの空の覗く天蓋からも推察できるように、こちらは我々の飛び立ったガードナー私設狩猟団団本拠の格納庫です』
「そんな事は言われなくても分かる! 今は急いでいるんだ、寄り道している暇なんてないはずだろ!!」
どこかずれた受け答えをする簡易神王機構に、内心の焦りを隠せない少年は気を鎮めることが出来ず怒鳴りつける。しかし、簡易神王機構はそれを意に介した様子もなくジョンへと語りかけた。
『いえ、ご主人様、目的座標までの直接の空間転移を行わなかったことにも理由があります』
「目標地点への転移を進めろ。……それから、理由っていうのは何なのさ?」
少年の命令に静かに従い、与えられた目標地点の座標を再設定しながら、簡易神王機構はジョンへとその理由を解説し始めた。
『まず第一に、転移前の上空の座標からでは、直接の空間転移を行うには目的座標までの距離が遠すぎました。空間を飛び越えるには距離があればあるほどに、遠ければ遠いほどに過剰にエネルギーを消費します。転移先の目標地点の精査が必要になるために、です。この機体の空間転移機能そのものは、たとえ宇宙の彼方、数億光年先の星系にある惑星上への転移であろうと、僅か数cm先への転移であろうと、一度の空間転移で消費されるエネルギーにはさほどの違いはありません』
「なら!」
口を挿んだ少年が言葉を連ねようとするのを遮って、簡易神王機構は解説を続ける。
『ですが、目標地点の精査は距離が離れれば離れるほど、情報の確度が損なわれてしまいます。もし、転移先座標に小さな石や木などが生えていれば、対消滅を起こしてこのSF一機程度の質量でも、この惑星そのものを宇宙の塵へと化す事でしょう。ご主人様が安全な転移を望まれるのであれば、地上での空間転移などワタシは推奨できません。極度に物質密度の薄い真空の宇宙空間等、転移先の空間に何もないと確信できる場所であるならば別なのですが。――空間転移再設定完了しました。量子誘因反応炉機関正常。量子誘因作動、空間転移開始します』
機械音声が言葉を終えた数瞬の後、銀色の左腕を持つSFの姿は現れた時と同じく粒子光を散らしてその場から消え去っていた。
†
黒く長い髪の小柄な少女は自機が新たに手に入れた新しい腕を思うよう操れず、鋼獣たちを前に苦境に立たされていた。レナ機の周囲にはポーン種が群れを成して立ち塞がり、その群れは何者かの意思に従ったかのように、彼女が団本拠へと戻ろうとするのを阻んでいるように思える。
「く、こんのおおおお!」
眼前に立ち塞がり、我先にと駆け寄ってきた一頭の狼の姿のポーン種に、レナは腰背部の給弾装置により隠されるようになっていた折り畳み式騎剣の柄を握りしめさせると勢いよく振り抜いた。しかし、新しい腕に使用されている素材の軽さゆえに、それに最適化されていないレナの“TESTAMENT”のOSによる機体駆動は、実機と操作データ上に大きな齟齬が生まれており、その一閃は虚しく空を切るのみに止まる。
大顎を開きレナ機へと噛みつかんとした狼型ポーン種は、レナ機の左右から回転しながら飛来した一対の竜翼にかちあげられ、その場から大きく引き離された。
どういう理由か、竜翼はレナ機に腕を与えると肩部との接続を切り離し、機体を庇う機動でSFの周囲を飛び回っている。だが、飛来時に見せた特異な能力は鳴りを潜め、その攻撃の威力もポーン種を一撃で沈めるには程遠いものでしかなかった。
その翼の存在ゆえにレナは助かったが、また、その翼の存在がために、無数のポーン種に囲まれる羽目にも陥っているようにコクピットの小柄な少女は感じていた。
何の前触れもなく複座へと変貌させられた自機のパイロットシート、レナの一列奥のシートに意識もないまま身を預ける、身に着けるのは手術着を思わせる貫頭衣のみと、ひどく無防備な格好の自身より少し年上に見える少女の存在も現状はレナの頭を混乱させる要素の一つでしかない。
木々の間、僅かに開いた空間へと機体を飛び込ませ、背後からの攻撃をうけないことを優先、思うように動かせない両腕を駆使し、不格好ながらもレナは防戦に徹することでその場を切り抜けようともがいていた。
そこへ少女の思いもしない方向から、彼女の努力を嘲笑うように一機のSFが姿を現す。
ポーン種の群の奥から何かに投げられたかのように、放物線を描いて地面に叩き付けられたその機体は、四肢を、頭部を失っていた。その機体にもし搭乗者が居るとしても、傍目にもその生存は絶望的なものに見えただろう。無論、それを目にしたレナにも同様に。
緑に塗装されていただろう装甲には、ところどころに不規則な線が走り、少女にも見覚えの有るパーソナルマークは大きく鋭いもの深いバツ印が刻まれていた。
「そん、な……、ジェス姉!?」
息を呑み、絶句するレナの前に一体の異形の人型がポーン種の群を割り、悠然と進み出て来る。群れを作るフォモール・ポーン種はその人型を前に、まるで従属するかのように自ずから頭を垂れて道を開き地に伏せた。
翼のように肩の後ろから左右それぞれに五本の鎖を棚引かせ、装甲を纏わずSFの機体骨格そのものに燐光を纏うそれは、SFのようにも見えたが、まるで人型のフォモールのようにも見える。
『……どういうことだ? 機体が変形してやがる。――だが、マーカーしといた識別番号には変化はなし、か。ちぃとばかり見てくれが変わっちゃあいるが、あの小娘の機体で間違いはないな』
男の声が、その異形の内部から聞こえてきた。それはまるで、わざと聞かせたかのようにはっきりと。聞かせた所で逃れようはないのだと、その声は言外に告げているようだった。
レナがハッと気が付けば、その異形は地面を滑るように疾り、節くれだった燐光に包まれた左手を少女の機体へと叩き付けようしている。
咄嗟に頭部を庇おうとレナは自機の両腕をクロスさせ、衝撃に備えた。自在に動かなくともポーン種の攻撃をいくら受けようともびくともしなかった新しい両腕は、その異形の燐光に触れた瞬間から呆気なく崩壊し、その指が触れた瞬間に砂細工のように簡単に砕け散る。
それが少女の機体の頭部に触れんとした刹那、新たな銀色の粒子光が沸き上がり、レナ機の右側から伸ばされた銀色の左腕が異形の腕を弾き飛ばしていた。
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