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第119話 帰還を待つ少女

おくれて申し訳ありません

 柔らかなウェーブを描く長い金髪を、シュシュを使って首の後ろで一つに束ね、柔らかな曲線を見せつける肢体にフィットする操縦服(パイロットスーツ)に身を包んだ少女、エリステラ・ミランダ=ガードナーはつい数時間前に砕け落ち、空が覗くようになったSF格納庫の天井の大穴を見上げていた。すぐ傍に立ち同じように天井を見上げていた作業着姿の熊のような白髪の中年男、狩猟団整備班技師長ダスティン=オコナ―に一人の作業員が走り寄って耳打ちして少女の顔を一目見ると逃げるように足早に去っていく。ダスティンは少女に近づくと声を掛けた。


「お嬢、すまんが見ての通り、ここらに散らばった破片やらを片付けにゃならん。でないと何をするにも場所がない。お嬢の機体の話は格納庫が片付いた後にしてもらえんか?」


 少女はいつもは柔らかな表情を浮かべる顔に、きゅっと眉根を寄せ、大柄な初老の技師長を見上げてきた。


「仕方ありませんね。ダスティンおじ様は整備班の皆さんと一緒にこの場の作業を優先してください。それと⋯⋯おじ様とベルティンさんには後でお話がありますので」


「おう、片付けのほうは任せときな。お嬢はSF部隊への連絡を頼む。あいつ等との通信が途絶えてから、もう結構時間が経ってんだろ」


 エリステラは恨みがましく技師長の顔を見上げると目を伏せて唇をわななかせた。


「ええ、そうです。おじ様やベルティンさん達がわたしのTESTAMENT(テスタメント)に仮程度でも修理をしていてくれさえすれば、わたしも団本拠(ハウス)でやきもきしないでもいられたんです! それにしても、ジョンさんもジョンさんです! わたしを放って、あの公王さまと一緒に格納庫をこんなにして飛んで行ってしまいますし」


「お、おう、⋯⋯で、もう俺、行ってもいいんだ、よな」


 明後日のほうを向く少女の剣幕に、初老の大男は目を白黒させながら絞り出すように訊ね、エリステラは顔を向けるとそれに冷ややかな様子で返した。


「はい、構いませんよ。皆さん待っているのでしょう。行ってください」


「すまんな、お嬢」


 コクコク頷くとダスティンは言葉少なで少女に背を向け、その場を後にしようとする。歩き始めたその背中へとエリステラは釘を刺すように声を掛ける。


「ですが、⋯⋯逃げないでくださいね、ダスティンおじ様? わたしの機体についての件は後ほどゆっくりと伺わせていただきます。その際には⋯⋯ベルティンさんもご一緒にお呼びしますので」


「へいへい、そんときゃ、ベルの奴は俺が首根っこを捕まえてきてやらあな」


 背を向けた技師長は軍手に包まれた手の片方を挙げ、ひらひらと振る。そして、格納庫の奥に向かいながら、誰に聞かせるでなく思わず口をついた様子で一言(こぼ)した。


「⋯⋯だがまあ、あの姫さんだか王さまだかは、まあ大したタマだな。こんだけ他所様の所の格納庫を破壊しておきながら、お嬢や俺ら整備班のモンを含め、人員にはそれが直接原因の怪我は、誰にも負わせてねぇんだから」


 一人その場に残されたエリステラは、技師長の言を聞きとがめ、リスのように頬を膨らませる。


「——むぅ、おじ様ったら、あんな人を褒めていくなんて! ——冷静になるのよ、わたし。そう、そうでした」


 少女はダスティンが向かった方向と真逆の団本拠(ハウス)の建物へと足を向けると歩き出し、首元のカフス型通信機に指を触れ。団本拠(ハウス)内の管制室に宿直として詰めている女性に呼び掛けた。


「エイナさん? エリステラです、数時間前からの通信障害について何か解った事はありませんか?」


 カフス型通信機から穏やかな女性の声が響きエリステラへ返答する。


『こちら団本拠(ハウス)管制、エイナ=ブラウンです。エリスさんがお訊ねの通信障害の件ですが、その原因については未だ不明なままです。ですが、おおよその効果範囲までは特定できました。映像を交えて詳しく説明しますので管制室(こちら)まで来て下さい』


「はい、今丁度、そちらに向かっている所です。待っていて下さいね、エイナさん」


 通信機にそう返し、少女は息を弾ませて団本拠ハウス内に駆けていった。人影のまばらな早朝の廊下を、徹夜したとは思えない軽やかな足取りでエリステラは走る。自室へ通じる階段の前を素通りし、彼女は祖父の部屋である団長室と反対の端にある一室に駆け込んだ。

 肩上で切りそろえた茶色い髪(ブルネット)のショートヘアの狩猟団の制服に身を包んだ細身の女性は、室内に飛び込んできた少女に振り返り、笑顔を向けて挨拶する。


「おはようございます、エリスさん」


「おはようございます、エイナさん。わたしもみなさんも今日は寝ていませんけれど。それで、エイナさんさっきの話なんですが⋯⋯」


 挨拶を返すのもそこそこに本題を切り出したエリステラへ、エイナは壁面に据えられた大きなモニターをを指し示した。


「はい、ではこちらを見てください」


 幾つかのSFを示すマーカーと“樹林都市(ガードナー)”を示す大きな四角いマーカーが、大樹林や大陸樹幹街道などの周辺図に重ねられて映像化されている。


「今回の作戦開始からSF部隊との通信が途絶した時まで、時系列に沿ってデータを洗い出しました。今映っている映像は、まずはどの地点からウチのSF部隊との通信が途絶えたのか、それを分かり易くしたものです。これに樹林都市(ガードナー)森林警備(フォレストガード)にいただいた。あちらのSF部隊がいくつか、昨夜出撃したもののフォモールの襲撃がなく、通信途絶後、直ぐに帰還し回線が復帰したそうで、それまでのデータを重ねてみました」


 映し出されていたのは、ある一定地点を越えた瞬間に消失する三機のSFを示すマーカーと、その地点を越え直ぐに樹林都市へ帰還するSF部隊のマーカーだった。


「これ……、ガードナー私設狩猟団(わたしたち)の部隊展開指定区域内全体、が? つまり、この通信障害は、障害では無く、通信妨害だとでもいうのですか!?」


 エイナは少女の顔も見ず、映像に視線を固定したまま、推測を述べる。


「おそらくはですが、確実に解っている事はこの通信障害の範囲だけです。けれど、狩猟団(ウチ)の作戦行動範囲全体が覆われている事から見ても、その可能性は極めて高いです。この広大な空間領域を通信妨害する方法なんて、私には想像も出来ませんけれど、ね。ですが、確実に悪意を感じます。誰か、意思を持つ人の」


 エリステラは年長の女性の言葉に、いきなり氷の刃を突き刺されたような冷たさを感じ、自身の肩を強く抱いた。


「……あら、エリスさん、何やら、南東から団本拠(ハウス)へと急速接近する飛行物体があるようです。大きさはそれほどではないようですが……? ああ、公王様の機体のものと同じ信号が出ているようですね。ですが、何でしょうかこれは? 映像を切り替えますね」


 エイナの操作によって壁面の映像が切り替わり、朝日の昇りきった空を飛翔し、光り輝く球体を包む、竜の機体の翼を思わせる流線形の飛翔体が飛行機雲(ヴェイパートレイル)をたなびかせ、此方へと接近して来ている姿が映った。


 

 







お読みいただきありがとうございます。

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