第117話 旧き王統
複合型銃砲発射装置から電磁誘導効果により加速された弾体が放たれた直後、レナ機の右肩の複合型銃砲発射装置の機関部に小さな爆発が起こり、少女の機体にはその自重を支える腕が無くそのまま横倒しに地面へと倒れ込んで行く。
「レナ=カヤハワ!?」
傍らにあったレビンは機体の腕を咄嗟に差し伸べ、レナの“TESTAMENT”が倒れ込まないように両脇から支えた。機体同士が接触したからか自動で接触回線が開き、少女の悔しそうな声が青年の納まるコクピットに響いた。
『レビン……ダメだったみたい……』
青年の機体に支えられながらも、レナ機の頭部は弾体の飛翔した先に固定され、自身の行為の結果を見詰めている。
撃ち出された擲弾は襲撃者のSFに直撃するも、不発したのか弾体から爆炎は広がらずただ黒煙が広がっていた。敵機には大した損害を与えられ無かったようで、少女の悔しそうな声音はそれが故のものだった。
しかし、砲撃そのものは無意味では無かったのか、ジェスタ機が多連装炸薬式ハンマーの直撃を避ける猶予を与える事は出来たようで、地上に降り立ったジェスタの駆る“TESTAMENT”が再度、黒煙の向こうへと“BLAZER”に躍り掛かって行く。
レビンはレナの機体を抱えさせたまま、黙って自機を起き上がらせた。
「……行くぞ、レナ=カヤハワ。自分と貴官は二機共に戦闘不能だ。この場はジェスタ=ハロウィン先任に任せ、我らは団本拠まで後退する」
レナ機を抱えたまま相争う二機のSFに背を向け、レビン機は“樹林都市”を目指し駆け出した。自機の腕の中、少女の機体が暴れ始め、激昂したレナの声が青年の耳を打つ。
『何言ってるのよ!? ジェス姉の援護はどうするの! このまま、見殺しにする気!?』
腕の中の僚機は梃子でも動かぬと踏ん張り、少女の怒鳴り声にレビンは怒鳴り返した。
「それが先任どのの命令なのだ! ……俺とて、何も出来ぬまま逃げ戻りたくなどない! だが、大樹林は両腕を無くしたSFが一機で易々と踏破出来る場所ではない! 俺は、レナ=カヤハワ、先任どのに貴官を託されたのだ」
『レビン……でも』
「デモもへちまもない。先ほどの先任どのの言葉を思い出せ、ジェスタ=ハロウィン先任どのはこう仰った『その機体を急いで修理させなさい』とな。使わぬ物を直させようとする酔狂もそうはいないだろう? 少しは納得したか?」
『……うん』
レナの答えに頷くとレビンは声をかけながら、少女の機体を支え起こす。
「レナ=カヤハワ、時間が惜しい、さっさと団本拠へと戻るぞ! 自分の機体はとって返して援護せねばならん戦場があるのでな。だが、配属されたばかりの自分だけでは心許ない、何処かの誰かにも手伝いを願いたいだ」
レビン機は僚機を支え、脚部機動装輪を作動、SF同士の戦闘に背を向けて樹林都市を目指し走り出した。
彼の機体に支えられるレナ機も今は彼に抗う事なく、その両脚の機動装輪で団本拠への帰路を辿っている。
†
アンディは“BLAZER”の多連装炸薬式ハンマーが打ち下ろしのモーションに入ったと同時、視界の隅にそれを捕らえていた。
「仮にも人間相手に使う装備じゃあねえだろ、そりゃあ……」
口からこぼれた言葉とは裏腹に、その視線は宙に浮かぶ一機の“TESTAMENT”に固定され、視界の端で向けれた砲口を嘲笑うように、雑務傭兵の口の端が上げられている。
「鬼札なら、“BLAZER”にもあるんだぜ? ──分子機械起動、敵砲撃着弾箇所予測、予測箇所に集中展開」
アンディは打ち下ろしのモーションに入った“BLAZER”に多連装炸薬式ハンマーを振り抜かせる。空中に浮かぶSFを真芯に捉えた多連装炸薬式ハンマーが敵機に叩きつけられた。
空中にあった狩猟団のSFは上半身を捻り、その右手に握られた騎剣でアンディのSFへ向け斬撃を放とうとしている。
巨大な鈍器がSFを砕いて快音を響かせる刹那、横手から撃たれた弾体が雑務傭兵のSFに着弾、機体は微かに横へ押し出されていた。
ジェスタ機の右腕が突き出され、騎剣の切っ先で突きを放つ。
多連装炸薬式ハンマーの機関部で撃鉄が回転式弾倉内の薬莢の雷管を打ちつけて轟音が轟き、彼方から放たれた擲弾から巻き起こった黒煙が“BLAZER”と“TESTAMENT”の周囲を包む。
黒煙に敵機の姿を見失い、“BLAZER”から操縦桿へと返る妙に軽い多連装炸薬式ハンマーの手応えに、アンディは苦笑をこぼし、周囲の反応を探った。
「結構、揺れたな。“道化師”の野郎はっと、うぉ、ふん、まだ元気かやっぱ」
黒煙を裂いて“高周波振動騎剣”の切っ先が迫り、アンディは“BLAZER”の機体装甲が切り裂かれるのも気にせずそちらへと一歩を踏み込む。“BLAZER”の機体に食い込んだ高周波振動騎剣は装甲表面で留まり、それ以上びくともしなくなり、騎剣の柄から手を離し飛び退いた狩猟団のSFから、パイロットの声が聞こえてきた。
『いったい、どういう装甲をしてやがる!? 本当に“BLAZERなのか!?』
「見たまんまさ。ああ、そういやあ、手前でも好いんだな」
晴れた黒煙の向こうに遠ざかって行く二つの機影が見える。二機はこちらを振り返らず土煙を上げ高速で去って行く。
『なんだ? 何を言っていやがる!?』
「今から、“BLAZER”の秘密を教えてやるよ」
アンディのSFに食い込んだジェスタ機の高周波振動騎剣が軽い音を立て地面に落ちる。刃を失ったその柄のみが。
刃が食い込んでいた場所を起点に“BLAZER”の機体全身の装甲に無数の亀裂が走り始める。
「コイツは間違い無く本物の“BLAZER”だ。……そう、世界で唯一、本物の、な。──偽装装甲解放」
“BLAZER”の全身を覆う装甲が地に落ち、或いは霧散していく。一番大きい物は両腕を覆う装甲までが多連装炸薬式ハンマーを握ったままに落ち、内部で肩部から指先までの機体骨格を像る絡み合う数本の鎖状自在間接肢が露わになる。鎖状自在間接肢の束が繋がる肩部だった部分が背面に90°回転し放射状に広がり、そして、現れたのは落とされた胸部装甲の内側で左右の手で肩を抱き、腕を斜めに組む細身の機体だった。
頭部形状に変化はみられないものの、周囲が受ける印象は180°違う姿をしている。
「分子機械物質化再形成」
アンディの命令に地面に落ちた装甲が変化し、新たな形を取り始めた。アンディの機体の周囲に幾つもの武装となって地に突き立つ。
「序でに教えてやる。俺の名はアンドリュー・ローウェル=クェーサル、旧く廃れた王統に連なる者だ」
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