第111話 静止した世界で
07は空へと駆け上がって行くジョンの機体を目で追い、“対立者”の頭を上に向け、空を文字通り駆け上がった機体内の少年の状態を想像し、瞳を伏せ傷ましげな声を漏らした。
「……08、あなたは、もう、そこまで……。──っ!?」
07が物思いに耽る僅かな時間もなく、ふいに“対立者”の周囲で何か、重い金属同士が擦れるような音がして、少女は機体の頭部を巡らせ、辺りに視線を配る。そこには地に倒れていたはずの何体もの変異フォモールの死骸が、溶け崩れ失った部分はそのままに、黒い鎧の破片を擦り合わせながら地を這いずり、一所に集まり始めていた。
ビショップ種の爆発で穿たれた窪みに嵌まり、のそりと蠢きながらも窪みから逃れる事が無いものもある様から、このフォモールの死骸が単に蘇ったようには思えず、元の黒鎧の変異フォモール達は原始的な生物の姿をしていたが、地を這い蠢きながら変異フォモールの頭部が、生物が歳月をかけて進化を遂げた過程を一瞬で辿るように変化し、骨格を持つ鳥類と爬虫類の中間のような生物のものに成り変わって行く。そのいずれの個体にも鋼色の羽根を生やしていた。
「いったい、これは!? 鋼色の羽根? もしや、08が目指す、あの個体、ですか? ……目の前のこれがどんなものになるにせよ、まだ、時間はあるようですね。──“対立者”、戦女神輝石を起動なさい! 分子機械操作機構システムに全てを割り振ります。機体修復を全力で、今、戦女神絹が無ければ、空に居るあの子に加勢も出来ません」
しかし、“対立者”の特殊機構は起動せず、少女に沈黙を返す。少女は瞳を閉じて、囁くような声で呟く。遥か彼方で少女を監視している者へと。
「っ、また!? やはり、……貴方の仕業ですか、01?」
少女に応えるように、“対立者”のコクピットに通信映像が投影され、少女の見知った顔が映し出された。尊大な口調の声が狭い空間に響きだす。
『ふん、気付いていたか。──随分と頑張っているようだな、07よ。……だが、貴様は既に廃棄と決まった。──そこで終いだよ。そら、上を見ろ!』
「あなたの指図は受けません! そんな手にっ、……え?」
敵愾心から07はその声に反発し、それが故に、その時、反応を遅れさせてしまう。何か大きな影に夜空からの光が遮られ、それを気にした少女が空を見上げると、そこには、フクロウの下半身を持つフォモールの騎士が巨大な刃を振り下ろし、少女の機体を斬り裂こうとしていた。
「……08、ごめんなさい。私……」
その時を悟り、少女は少年へと謝罪を告げる。機体を斬り裂く刃は呆気なくコクピットまで貫通し、少女の目前に姿を現した。刃が身体に触れる刹那、少女はそっと瞳を閉じた。まだ生きている通信機能が01の声を届けている。
『我に従って居ればまだ生きておれたものを。……その機体を弄ったのも我が手の者ではあるが』
(こんな者の声に看取られるなんて……、嫌な終わりですこと)
そう不満を抱きながら、少女はその身を事象の流れるままに任せた。
†
眼下でフォモールたるフクロウの騎士が“対立者”を、今まさにその手の中のミミズクの戦斧で斬り裂こうとしている。
「……あああああああああああ!」
届く筈の無いその場所へと少年は、ジョンは無意識に手を伸ばす。その唇からは、知らず咆哮が洩れていた。その刹那、ジョンの意識は、彼のみが時間の流れから乖離したように、世界が静止したように感じ始めた。
“救世者”はジョンがようやく慣れ始めていた機体との完全同期よりもずっと強く精神と機体が一体化し、静止した世界の中、伸ばした腕をそのままにジョンはひたすらに地上を目指した。
銀髪を靡かせて飛翔を始めた白銀の鎧に身を包むその姿は、“銀色の左腕”はそのままに何時の間にか、ルーク種ベン・ブルベンとの戦闘時、最終盤にみせたそれへと変化し、手にしていた騎剣は何処かに消えている。
静止した世界を降下した“救世者”はフクロウの騎士の身体の下に機体を割り込ませ、ミミズク型の戦斧の刃を左腕で受け止めると、コクピットまで切り裂かれた“対立者”に右手を突き入れ、死地に身を置いていた少女を量子防御力場に包み込み救い出す。
それまで静止していた少年の主観的世界は急速に時間を取り戻し、“救世の光神”は右腕に抱えた少女の身体を保護したまま、フクロウの騎士に左脚で回し蹴りを叩き込んだ。
戦斧の食い込んだ少女の機体ごと吹き飛ばされたフクロウの騎士は翼を広げて空中に静止し、“対立者”から刃を抜くと、何かに気付いたように最早、少年そのものと成った“救世者”に顔を向ける。
“救世者”は傍らに降下してきた“善き神”へと意識を失っている少女を預けると右腕を前方に突き出して呟いた。
「来い、“FRAGARACH”」
呟きと共に“救世の光神”の右肩や右下腕、左右両腰部と腰背部に装着されていた掌盾状の左右辺の長い五角形の金属板が機体から分離、右下腕のものは掌部に移動し、五角形の底辺から伸びた量子機械群の形成した柄を握ると底辺以外の全周から放出された量子力場が長大な刃を形成、“救世の光神”の掌に騎剣が出現する。
「往け、“ANSWERER”よ」
ジョンが騎剣の切っ先をフクロウの騎士に向けると、騎剣に変化したもの以外の四枚の掌盾状金属板は量子力場の刃翼を十字に展開、掌盾状自律機動攻撃兵器となって、“救世の光神”の周囲をぐるぐると浮遊し、フクロウの騎士へと刃を向けて空を駆け出した。
自律機動攻撃兵器を追い掛けるように地を踏み込んだ“救世の光神”は一歩でそれらを追い越し、フクロウの騎士へと右腕の騎剣を振り抜く。フクロウの騎士は空中に舞い上がってその斬閃を回避するが、主に追い付いた自律機動攻撃兵器が加速、フクロウの騎士へと吶喊し、フォモールの騎士の腰部から生えた鋼色の翼を不揃いに切り裂いた。
フクロウの騎士は、ミミズク型の戦斧を取り込み、下半身を人型に近付かせるように変化させる事でリソースに余剰分を生み出すと切り裂かれた翼を瞬時に再生、新生したばかりの翼を力強く羽ばたくと上空へと退避する。
自律機動攻撃兵器を伴った“救世の光神”は機体の周囲に量子力場を展開、発生した力場が惑星重力に反発し、斥力場を形成、地を蹴った脚力のみで空へと舞い上がった。更に空中では斥力場の発生方向を変換し、翼の無い機体が自在に空間を機動してみせる。
“祭祀の篝”の上空で、“救世の光神”とフクロウの騎士との空中戦が始まった。
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